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第30話 一生懸命
しおりを挟む二宮さんは、三条さんの遠縁にあたる人らしい。高卒で田舎から出てきた。
彼女のほうが、僕には近い人なんだよな。してみたら、羨ましいと思うのも当然だ。彼女だって玉の輿を夢見た日があるかもしれない。
年齢は僕と変わらない感じだし、長い黒髪を二つに結んで、顔は小作りだけど、しっかりものって感じの可愛い人だ。
――――シンデレラかあ。でも、これはフェイクだからな。そんなことにはならないから安心してほしい。とは言えないけど。
二宮さんと話していて、危うく遅刻しそうになった。送迎の立花さんを困らせるとは僕はなにをしてるんだ。
「すみません。あの、講義には十分間に合うので……」
「承知しているので大丈夫です。二宮がまたお時間取らせたようで」
「え? いえいえ、二宮さんは全然悪くないです」
彼女が叱られるようなことがあっては大変だ。僕は慌てて否定した。それに僕も本当はもっと話を聞きたかったんだ。
「相模原様は優しい方ですね。さすが晄矢様が選んだ方だ」
う……どう返していいものか。
「優しくなんかは……ないです。ホントのこと言ってるだけだから……」
声が小さくなってしまう。晄矢さんが選んだわけじゃない。榊教授がえいやでピックアップしたのをそのまま選択しただけだ。時間もなかったから。
「私もね……相模原様みたいに苦学生だったんですよ」
沈黙が嫌だったのか、立花さんが話を続けた。
「あ、そうなんですか」
「今では珍しいけど、お手伝い兼書生として城南家に入りました」
そうか。だから事務所では僕のことを『書生』になってるんだ。前例があったから。
「祐矢様が城南法律事務所を継いで間もない頃でした。大学にも行かせて頂きました」
立花さんは祐矢氏の希望もあって弁護士ではなく裏方に回ることを選択した。
「いやあ、私では司法試験なんて受かりませんから。それよりも、早く城南家の皆様のお役に立てたくて」
なんて謙遜するけど、きっとそんなことはなくとても優秀な人なんだと思う。
「僕は……祐矢先生がとても怖くて。でも、城南家や晄矢さんのことを思えば僕を嫌うのも当たり前ですよね」
と、少々自虐的に言う。
「ああ、それは……」
もうすぐ大学に着きそうだ。それでも立花さんは、はっきりとした口調で応じてくれた。
「先生は輝矢様が出て行かれたのに、本当は心を痛めてられるんです。奥様が亡くなって以来、お子様たちのことを誰よりも大事に考えておられましたから。まあ、輝矢様たちがそう感じていたかはわかりませんが」
「そうなんですか……じゃあ、駆け落ちされたのはショックだったんですね」
「それはもう……落ち込みようは酷いものでした。私にだけは、そういうところもお見せになるので」
立花さんは、主従の関係以上に祐矢氏を信頼してるんだな。
けれど、そんなにショックなら、輝矢さんと腹を割って話し合い、その奥様のことを認めてあげればいいのに。そしたら僕も晴れてお役御免だ。貯金通帳が暖かくなって終了ということになる。
「祐矢様も強情なところがあるので……。けど、御心配されなくても、相模原様のことはお嫌いじゃないですよ」
「え……いやあ、慰めてくださらなくても……」
「ほんとのことです。一生懸命努力されてる方を、祐矢様は嫌ったりしません」
車を停め、こちらを振り向いて立花さんは言った。大学の手前、いつも僕を下ろしてもらう場所。
「そう……ですか。ありがとうございます」
僕は頭を下げてから、降車した。
――――一生懸命努力か。確かに僕はずっと懸命に生きてきた。努力なんてカッコいいものじゃないけど。
でも、今は祐矢氏をだましている。そんな僕を許したりはしないんじゃないかな……。
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