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第89話 緊急事態
しおりを挟むその日の夜。僕は古い鞄を膝に抱いて、晄矢さんの車の助手席にいた。喉が渇いて仕方ない。心臓が痛いほど胸を打っていた。
「大丈夫か。心配するな。明るくなる前に着くから」
「あ……うん。大丈夫」
全く大丈夫じゃなかった。
僕は帰宅してから、再びばあちゃんに電話した。けど、やはり応答はなかった。僕が帰省するから街に買い物にでも行ったのだろうと思ってその時も気にしなかった。
――――明日の夜、こっちを出るときかけてみるか。どうせ着くのはその翌朝だ。
帰省の準備をしようと鞄に下着なんかを入れていると、スマホに着信があった。ばあちゃんの家電だ。あれ、僕が電話したことわかったのかな。
「もしもし、今日何度もかけたんだよ」
ばあちゃんの明るい声を待った。でも、それは瞬時に裏切られた。
『涼君か? 脇田だよ。覚えとるか?』
すっと血の気が引いた。なぜ、脇田さんが電話を? 脇田さんはばあちゃんの友達でマタギの人だ。
「もちろん。脇田さん、なにかあったんですか?」
声が上ずるのがわかる。僕はスマホを握りしめた。
『真紀さんが倒れたんだよ。さっき救急車で病院に運ばれた。涼君に知らせにゃと思うて』
真紀さん。それはばあちゃんの名前だ。いや、そんなことはどうでもいい。ばあちゃんが倒れたって……どうして!?
10時を過ぎていた。新幹線は間に合わない。夜行バスに空席はあるだろうか。とにかく行かなきゃ。僕は適当に荷物を詰め込み、アパートを飛び出した。
「涼っ!」
地下鉄の乗り口まで走ろうとしたその時、僕の名を呼ぶ声がした。そこには車の窓から叫ぶ晄矢さんの姿があった。
「晄矢さん……なに、僕……」
あんたに構ってる暇はない。そう喚きそうになった。
「車で行こう。今からなら夜明け前に着ける。夜行バスより早いだろ」
「ど……どうして」
「説明は後だ。とにかく乗れ!」
晄矢さんの言う通りだ。僕はとにかく帰らなきゃ。ばあちゃんが運ばれた病院はわかっている。車に乗ったらそこに電話したい。
僕は不安に胸を押しつぶされそうになっていた。だから、晄矢さんが現れた謎などどうでも良かった。
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