王子様と一緒。

紫紺

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第16話 見えない壁(トーゴー視点)

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 ショウこと田中明夫が隣の沙知子の部屋に行っている間。田中の部屋ではアスランとトーゴーが神妙な顔で向き合っていた。

「どう? なにか気になることとかあった?」
「いや。銭湯もアパートも今のところ問題ない」
「そう。やっぱり心配のし過ぎだったんじゃない?」
「馬鹿を言うな。油断をしたらおしまいだ。今日だって、あっさり暴漢にやられてさ。危機感が足りないんだよ、アスランは」

 本日、自分を撒いたことにトーゴーは今でも許しがたく感じている。じろりと金髪の貴公子を睨んだ。

「あ、藪蛇だったね。うん、彼らは僕を狙ってる連中とは違うって思ったから。本気出せなかったんだ。ごめん」

 あっさり鞄や時計を盗られたのも、最大限、怪我をしないように考えたことだ。どうせトーゴーが取り返してくれる。

「もう俺を撒くのは止めてくれよ。まあ、今後一切、おまえの言うことは信用しないからな」
「はいはい。ちぇっ、酷いな」

 ――――酷いな、か。おまえがあいつらの手に落ちて、恐ろしいことが起きるくらいなら、俺はいくらでも嫌われてやるよ。


 トーゴーは、来日する数日前のことを思い出した。それは大学の夏休みを迎えた英国でのこと。
 アスランが暮らしていた大学近くのアパートメント。彼とアスランの前には、ラメリア共和国軍諜報部のリヨン大佐が厳めしい顔つきで立っていた。

「まさか、そんなことがあるわけはない」

 ノートパソコンを置いたデスクの前、アスランはそう吐き捨てた。彼にしては珍しく憤慨しているようだ。

「王子、そう思われるのは無理ありませんが……捨て置けない筋からの情報です」

 他国であるため、軍服ではない。タートルネックのシャツにジャケット、白髪の大佐はなかなかのロマンスグレーっぷりだ。だた、その眉の中央には深い皺が寄っていた。

「大佐。その情報が正しければ、帰国は延ばしたほうが良さそうですね」

 王子の隣、起立したままでいるトーゴーが動揺するアスランを横目に冷静に応じた。

「トーゴー! そんな噂にしかならんことを信じるのか?」
「噂でもなんでも、最善は尽くすべきです。時間を掛けることで情報の真偽も判明します」

 あっさり言い返されたアスランは『そうだけど……』と少々不満げながら沈黙した。

「そこでどうでしょう? 予てから王子が希望されていた日本へ旅行というのは? トーゴーも土地勘がある。それに日本は治安がいいですし」
「え? 日本!?」

 その大佐(というより諜報部)の提案に、アスランは一も二もなく賛同した。さっきまでの不満顔はどこに行ったのか。全てポジティブに考えるアスランらしいと言えばそうだが。

「日本の治安がいいというのは、今や都市伝説になってますが。まあ、比較論て言えば、まだいい方でしょう」

 自分にとっても、言葉一つにしてもストレスが少ない。悪くない提案だとトーゴーは思った。尤もどこにいようと、アスランを守ることに違いはない。

 ――――アスランに手を出そうとする奴を、俺は絶対に許さない。おまえに俺が選ばれた時、どれほどに嬉しかったか。それが、日本人だというだけが理由であったとしても。

 トーゴーの脳裏に、彼を初めて視野に収めた日の光景が過る。青い空、海、舞い飛ぶ白い海鳥たち。

 ――――海岸での訓練中、王族の一人として、あいつは視察に来たんだ。

 その後トーゴーはアスランの姉の護衛になる。その時から、彼はさりげなくアスランの様子を窺っていた。彼が危ない目に合わないよう、気を配っていたのだ。なぜなら……。

 ――――俺にとって手の届かないところにある文字通り高嶺の花。それでも……俺はおまえのことしか見えない。考えられないんだ。

 すぐ目の前に居たとしても、そこには見えない壁がある。

 トーゴーの切れ長の双眸にアスランの美しい金髪がきらきらと輝いて映る。ふと触れたくなる思いを、今日もまたぐっと抑えるトーゴーだった。



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