王子様と一緒。

紫紺

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第29話 バイト初日

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「いらっしゃいませ!」

 どこかの居酒屋にでも来たような、凄い勢いのいい掛け声が店内に響いた。

「あ、アスラン、そんなに元気に言わなくて大丈夫だよ」

 ドアを開け入ってきた客が間違いなく引いてる。僕が慌てて愛想笑いしながらお辞儀をすると、ホッとしたような表情でおにぎりの棚へと足を進ませた。

「で、でも店長さんが元気よくと」
「元気がないのは困るけど、挨拶は普通の声量でいいから、な」
「うん、わかった。ちょっとはしゃぎすぎだよね」

 てへぺろみたいにアスランが笑う。まあ、テンション高いのはわかるけど。

「いいじゃないの。若い人は元気が良くないと。田中君も昔はもっと元気あったわよー」

 なんて、ベテランのパートさんに言われてしまった。僕が元気あった? うーん、身に覚えないよ。

「アスラン君、バックヤードに来て、荷物の搬入するから」
「はい! よろしくお願いします」

 パートさんの後ろに犬みたいにくっついていくアスラン。イケメンはどこでも得だよな。まあ、嫌われるよりずっといいけれど。

「あ、いらっしゃいませ」

 レジに客が並びだした。僕も明るく手際よく、やってみせるとするか。昨夜は午前3時ごろまでパソコンのキーを叩き続けていた。
 眠いけど、久しぶりにじっくり書けて充実感の方が大きい。また頑張れる。そんな気がしていたんだ。



 シフトは午後4時で終了。なんとか無事初日を終えることが出来た。僕とアスランは二人のバイトと引継ぎをして家路につくことに。

「どうだった? 初日の感触は」
「ああ、とっても疲れた。体というより心と脳が。でも、うん、楽しかった」

 木陰を選ぶように歩くアスランは、さすがに疲れた様子。でも、最後はにこやかに笑った。

「でも、思った以上に覚えが早かったよ。バイトは初めてじゃないの?」
「あ、うん。イギリスではカフェでバイトしてたんだ。大学生活は王族とか関係なく割と自由にさせてもらえて。とはいえ、トーゴーがいつも張り付いてたけどね。それが条件だったから」

 なるほど。まあ、今回も彼はどこからかアスランを見張っているんだろう。全然気配を感じさせないのはさすがだ。

「アスランは……トーゴーとはすぐ仲良くなれたの?」

 前々から気になっていたことだ。王族と護衛が年が近いといっても、すぐに友人になれるだろうか。アスランの自己防衛、あるいはせめてもの抵抗かもしれない。
 ただ、トーゴーの気持ちがもしかたらと気付いた時からは、その意味からも聞きたかったんだよね。アスランの気持ちや彼らの仲を。
 僕は不自然に聞こえないよう尋ねてみた。

「ああ、そうだね。やっぱり憧れの日本の人だし。漫画やアニメのことも多少は知ってた。私の方が詳しかったけどさ。
 彼、厳しくて真面目の塊みたいだけど、私が日本の文化を持ち上げたりすると変に照れちゃって、面白いんだよ」

 ふふっとアスランが右手を唇に当てて笑った。なにか思い出し笑いをしているようなそぶりだ。

 ――――もしかして。いや、まさかな。

 その時のアスランを取り巻いた空気が、一瞬僕の胸をざわつかせた。まるでそれは、彼の周りにハートマークが浮かんで消えたような、そんなほんわかした雰囲気が醸し出されていたんだ。


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