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第43話 銀縁眼鏡と童顔(多視点)
しおりを挟むアスランと田中の話のネタになっているなんて知らないトーゴーは、ミレンの不可思議な行動に頭を傾げていた。
――――なにやってんだ。あいつ。
トーゴーは屋上から、花束を抱えて待っているミレンを見下ろしている。そこに、成田が疲れを引きずったまま帰ってきた。
今朝、成田とミレンの隣人トラブルについて、トーゴーはもちろん知っている。アスランが通訳兼仲裁を買って出て、沙知子とともにミレンの部屋を訪ねたのも屋上から見ていた。
『ミレン、夜中に腹筋とかしてるんだってさ。トーゴーみたいだね』
一緒に出掛けた湘南への道すがら、アスランはトーゴーにそう言った。
――――部屋で運動だと? あいつ、マジで下に響くとか思わなかったのか? どうかしてるぜ。それとも、他になにかやってるのか。
『どうでもいいよ。それより着いた。降りるぞ』
いつものようにアスランがミレンの話をすると、トーゴーは全く取り合わない。アスランもそれ以上、話すことはなかった。
「あの、貴方は……」
「204号室のミレンと申します。随分とご迷惑をおかけしまして……」
「あ、ああ」
近くで見ると、日本人ではない。明るい色の髪もどうやら地毛のようだ。銀縁眼鏡の奥には形の良いグレーの瞳が覗いている。
そうか、彼が上の階に入居した外人さんか。
――――へえ。沙知子さんからは大学の先生だと聞いていたけど、随分若いんだな。
もし、成田が異性に対して普通の感覚を持つ者なら、花束を持つ彼の姿に、胸の一つもきゅんと鳴らしたことだろう。
成田はミレンをイケメンだとは思ったが、それだけだ。例えるならそれは、形のよいスポーツカーを目にした感じ。それを美しいと認めることはできるが、それだけだ。
「お詫びになにかと思いましたが、思いつかず……どこかに飾っていただければ」
花店で用意してもらった季節を感じる花束だ(との店員の言)。目の前に捧げられ、成田は無意識に手を伸ばす。
「綺麗……」
それには自然にそんな言葉が出た。
――――白と薄桃色トルコ桔梗にピンクとオレンジの薔薇か。センスのいいお店だわ。
花束を受け取ると、成田は愛でるように眺め、思わず頬が緩む。
「良かったです。気に入っていただいて」
「あ、ああ、はい」
「今後気を付けますので、よろしくお願いします」
目の前で茶髪が頭を下げる。外人にはお辞儀の習慣はないと聞いたことがあるけれど。
「わかりました。気を付けていただければそれでいいので。お花、ありがとうございました」
成田は素直にその誠意を受け取ることにした。だが、それ以上彼と関わるつもりはない。さっさと部屋に戻っていった。
「花束しか見てなかったな。色男も形無しか」
「うるさい。あなたがいるから、気が散りました。気の利いたセリフも言えませんでしたよ」
成田が部屋の中に消えたと同時、ミレンの横に一人の男が音も立てずに舞い降りてきた。
「へえ、そうか? その眼鏡が似合ってないんじゃないか」
トーゴーが屋上にいることなど端からお見通し。銀縁眼鏡を揶揄われてむくれた。
「少しでも童顔をカバーしたいんですよ。でも、目が合っても全然興味なしでしたね。まだまだです。僕も」
「童顔は悪くないだろう。彼女、男に興味ないんじゃないか。そういう人もいる」
――――童顔は悪くない? それって……トーゴーは童顔が好きってこと?
ミレンはすぐにもトーゴーに問いたかった。トーゴーはミレンの気持ちはおろか、彼がゲイであることすら知らない。その無防備な言葉に、ミレンの心は千々に乱れた。
ミレンは銀縁眼鏡をそっと外してみる。指に残った薔薇の香りが鼻孔をくすぐった。
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