62 / 151
第60話 我が儘(アスラン視点)
しおりを挟むその日の夕方、田中は昭和荘に戻れたが、アスランは1日入院することになった。大事を取ってということらしい。
――――僕は大事を取らなくてもいいってわけか。ま、そりゃそうか。
と、田中は当然そう思ったことだろう。
「ショウは本当に大丈夫だったの? 彼も1泊すればいいのに」
特別室の豪華なベッドで、アスランは体を起こしている。病衣に身を包んではいるが、煩わしい点滴は先ほど終わり、ようやく自由に動けるようになっていた。
「美味しそう」
目の前には果物やプリンが置いてあった。大使館員の誰かが気を利かせたのだろう。アスランはシャインマスカットを一粒口に放り込む。
「そんなわけにいくか」
戸口近くに仁王立ちしているトーゴーが応じた。外にも警護の人間が立っている。襲われたばかりの王子に対する警護としては、当然だろう。
「おまえ、少しはしゃぎ過ぎだ。襲われたんだぞ」
トーゴーの言葉にアスランは首を竦めた。検査中も、ずっと何かしら田中に話しかけていた。アスランにも身に覚えがある。
「うん。わかってる。その……気を紛らせていたのもあるよ」
――――本当のところは、嬉しさの方が勝っていたんだけどね。ミレンのこともだし、トーゴーと気持ちが通じたような気がして……。
「それはわかる。だが、ショウを帰したのは他でもない。おまえの今後を決めないといけないからな」
――――ああ……やっぱりそうなるか。
アスランは何も言わず、布団をギュッと握った。そう、それは彼が恐れていたことでもある。
「私は……まだ夏休み中だ」
「わかってる」
「それに、帰国はまずいんじゃないかな。今回の襲撃。兄上でないとすると……」
トーゴーは何も言わずに頷いた。その後に続く言葉は、敢えて言わないようにするが、二人には共通理解があった。
――――叔父である、王位継承権三位のフェリプス殿下
「おまえの気持ちもわかるが……ショウの気持ちは無視できないだろう? あいつも危ない目にあったんだ。おまえとの同居は嫌だと言っても責められない」
「それは……そうだけど。やっぱり、難しいかな。私は、昭和荘が好きなんだ。ショウと沙知子さんと、それに大貫さんもいる……ミレンもいるじゃないか。彼がいれば……」
「あいつはジョルジュ王子の指令で動いている。今回のことで帰国も大いにあるからな」
「そ、そうか……」
ふうっと、一つトーゴーは息を吐く。田中の部屋やアパート周辺にカメラやセンサーを取り付け、ガードを強固にする。
それと……大使館側にスパイがいるなら、そいつを炙り出す必要がある。アスランが残るには、この二つは絶対必須だ。
――――タイミングよく、ザイカム中尉が大使館入りした。リヨン大佐が派遣してくれたのだが、大使館の方を彼に任せられるのは大きい。
「トーゴー……私は我が儘かな……でも、ここでの生活は、多分私の人生で最も大切で忘れてはならない日々になる。そう思ってるんだ。ここで離れるのは……耐えられない」
さっと顔を上げたアスランのサファイアの瞳から、まるで泉から湧き出る聖水のような涙がこぼれた。
「アスラン……そうだな。おまえは我が儘だよ」
「トーゴー……」
ぐすんと鼻を鳴らす。トーゴーは仕方なさそうにベッドの端に座ると、ティッシュで涙を拭いてやった。
――――でも、そんな我が儘なところも、俺は惹かれて仕方ない。
「大丈夫だ、アスラン。おまえの我が儘を聞くために俺がいる」
「トーゴー!」
思わず飛びつこうとするアスランだったが、いつものように人差し指一本で阻止されるのだった。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】俺とあの人の青い春
月城雪華
BL
高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。
けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。
ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。
けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。
それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。
「大丈夫か?」
涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。
おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~
天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。
「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」
「おっさんにミューズはないだろ……っ!」
愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。
第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
Promised Happiness
春夏
BL
【完結しました】
没入型ゲームの世界で知り合った理久(ティエラ)と海未(マール)。2人の想いの行方は…。
Rは13章から。※つけます。
このところ短期完結の話でしたが、この話はわりと長めになりました。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる