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第63話 壁(ミレン視点)
しおりを挟む「ごめんなさい。こんなこと、聞きたくなかったですよね。どうかしてました。見ず知らずに近い人に……」
オレンジ色だった空が、段々と薄暗くなっていく。夜が近いのだ。少しずつ風も涼やかになっていた。
しばらく無言の二人だったが、その沈黙を成田が破った。
「いいえ。僕で良ければいくらでも。同じ昭和荘の住人じゃないですか。ましてや、僕は一時的にあそこにお邪魔しているだけです。壁にものを言ったのだと思えばいい。もしそれで、少しでも心が軽くなればなおのこと」
ミレンは諜報部に配属されてから、他人と心を通わせる日常から遠ざかっていた。誰に対しても疑うことから入るためだ。例外はジョルジュ皇太子とトーゴーだけ。
けれど今、遠く離れた日本にいて、宮廷内と違い自分や王子の敵は少ない。成田がラメリア共和国と一切関係がないことだけは保証されていた。
「ああ……そうか。そうですね。だから、私も正直に言っちゃったのかな。なんか、変なの」
「いいじゃないですか。変でも。僕も、そんなまともじゃない」
これも本心だ。
「まともじゃない?」
「僕もまあ、マイノリティーの一つです。ゲイなので……」
「あ、ああ。そうでしたか」
何故、自分が初対面に毛が生えた程度の彼に自分の本性を話したのかがわかった。
常に異性に対して、彼らの突拍子もなく感じる言動に警戒心を持っていた彼女は、ミレンの注意が全く自分に向いてないとどこかで勘づいていたのだろう。それが、逆に心地よかったのだと納得した。
「ミレンさんもなんか元気なかったですね。私も壁になりますよ?」
「ええっ。あはは。ああ、元気なかったですか? そうですね。そうかもしれません」
ふっと小さくため息を吐いた。彼女は何も言わず、ミレンの次の言葉を待っている。
「僕は……僕はある人がずっと好きで。そう、十代の頃から思い続けている人がいるんです」
「そうなんだ。素敵ね……」
正直なところ、成田にはその感情が理解できない。それでも、羨ましいとは思えた。
「でも、昨日、やっぱりこの思いは届かないって思い知らされちゃって。あはは」
今度はミレンが渇いた笑い声を立てた。
昨夜のアスラン連れ去り未遂事件。雷雨の中、トーゴーがその命を張ってアスランを守り切った。それは彼の任務だし、優秀なトーゴーが彼の職務を全うしないわけがない。
――――けれど、あの時のアスランは……。
銃を掲げた男の前に、彼はその身を投げ出そうとした。あえなくトーゴーに阻止されたけど、アスランが本気だったのはすぐ前にいたミレンにはよくわかった。そして、その時のトーゴーの表情も、稲光の中ではっきりと見えていた。
事なきを得た後、トーゴーに怒られていたアスラン。そのじゃれ合いも、ミレンは直視できなかった。心深く、棘が残った。
――――ずっとわかってた。彼らが思い合ってるってこと。自分がどんなにトーゴーを想っても無駄だってこと。
たとえ身分の差があったとしても、きっと乗り越えようとするだろう。邪魔が入れば入るほど、絆は深くなる。
「ミレンさんのように綺麗な方がですか? それは意外です。人間に興味がない私でも、顔立ちも美しくてスタイルもいい、そして優しいというのはわかりますから」
成田は真面目な表情で言う。彼女の感じ方は独特だろうけれど、嘘や世辞ではないようだ。
「相手に、好きな人がいるのですよ。そして、その人も……まあ、相思相愛ってわけでして」
出来るだけ暗くならないように伝えたいのだが、自然に声のトーンが落ちていく。
「その方、日本にいるのね」
「あ……ええ。はい。同じ研究をしている仲間で。一緒に来日したんです」
あっぶない。アスランやトーゴーと、元々知り合いだったと知られるわけにはいかない。
沙知子さんにも内緒のままだ。成田は勘が良さそうだが、バレなかっただろうか。
「その人が言ったの?」
「え、何をですか」
「眼鏡は似合わないって」
成田が首を傾げて言う。ああ、そうだった。トーゴーが言ったんだ。
『眼鏡が似合ってないんじゃないか。童顔は悪くない』
鼻の頭がツンとする。こんなことで涙するとは……アスランのこと言えないな。
ミレンは柵に体を預けて池を覗く。もうすっかり、鯉たちは岸から離れていなくなっていた。
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