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第71話 ドア
しおりを挟む結局、身長の高いミレンとアスランではサイズがないということで、モールにある専門店に行くことに。
品選びは成田さんに任せることにして、僕と大貫さんはお店の前の通路に置かれたベンチで待つことになった。
「大貫さん、忙しいだろうから、最後まで付き合わなくていいんだよ?」
大貫さんは浴衣は既に持っていた。毎年縁台将棋に参加しているから当然だ。
先回、下駄が壊れたので、今日は下駄を買いに来ていた。それももう購入済みで、袋に入ったそれは彼の膝の上に乗っている。
「いえ、ちょっと煮詰まってて。今はいい気分転換になってます。歩くのは運動になるし」
寝不足なのに、昼寝をしようにも興奮して眠れないのだという。
「もどかしいね。すぐにも戦いような、もっと時間が欲しいような」
「ああ、そうなんです。本当に……」
そう言って、苦笑いを浮かべた。
「こんなこと言っていいのかわからないけど……」
「はい?」
「僕は少し……いや、大分羨ましいよ」
言おうか迷ったけど、僕は自分の気持ちを正直に吐露した。それが彼にとっていいことなのかもわからないけれど。
「随分前にさ、僕ら、自分たちの夢を語り合ったよね」
それは5年も前の話だ。僕は既に大学を卒業していて、コンビニでバイトの日々を送っていた。大貫さんはその年の4月に、三段昇段を果たした。それもあって、二十歳の誕生日に僕の部屋でお酒を飲んだ。
『1期抜けとかしたら、凄いニュースじゃない? 頑張れ!』
『いやあ、もう今期は駄目です。でも、大分慣れたし、順位も上がりました。来期は頑張ります!』
『うんうん。僕も今年、ようやく二次まで進んだんだっ』
そう、この年、僕の小説が初めて某公募で二次まで進んだ。その時の僕はもう、天下を獲った気分。これからどんどん上り詰め、最終まで残ったら担当者が付いて……とか夢を見ていた。まさに夢だったけど。
「そうでしたね。あれから9期、4年半。気付けば10期目になりました。残りは2期です」
フッと大貫さんはため息をのような息を吐いた。
「でも、それももう少しで終わりそうじゃないか。少なくとも、君は手を掛けてる。次のドアの取っ手に」
「田中さん……」
「それが、とても重くて大変なドアだってわかってる。でも、僕は羨ましい。僕はまだ、取っ手どころかドアの場所もわかんないんだ」
僕は自虐的に笑った。
「でも、勘違いしないでね。羨ましいのは本音だけど、大貫さんにそのドアを思いっきり気持ちよく開けて欲しいって思ってるよ! これに嘘はない」
「あ……ありがとうございます」
「けど、一発勝負で緊張しないわけないよね。平常心なんて、無理な話だよ」
僕は彼に何を言いたいのか、僕にはこういう経験はない。小説と将棋では全く土俵が違うんだ。けれど……。
「緊張してもいいじゃん。寝れなくてもさ、対局中だけ目が覚めてればいいよ。僕も徹夜しても、コンビニで寝たことないよ。ははっ。何言ってんだろ、僕」
本当に、何を言ってるんだろう。僕は。
「田中さん、ありがとうございます。なんだか、あの夜の自分の馬鹿さ加減が今は妬ましいです。でも、あの時の無敵の自分を思い出しました。なんか、行けそうな気がします」
「ホント!? いやあ、なんの根拠もなかったんだけど、肩の力が程よく抜けたなら良かったな。もう、ド派手にドアを開けてよ!」
「そうですね。ド派手に。あの……田中さん、僕からもいいですか? あの、素人が何言ってんだと、聞き流してもらって構わないので」
大貫さんは笑顔から一転、今度は神妙な顔つきでそう言った。
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