王子様と一緒。

紫紺

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第72話 ジャンル

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「ショウ、私が買った柄、絶対トーゴーに内緒だよっ」

 全ての買い物が済み、僕たちは帰路についている。大きな紙袋を重そうに抱えているアスランだが、足取りは軽い。
 ミレンもなにか買ったらしいが、正直こいつの柄はどうでもいい。成田さんと親し気にしているのは気にならなくもないが。

「大貫さん、色々ありがとう。付き合ってくれて助かりました」

 昭和荘の前で、アスランが頭を下げた。

「いえいえ。僕もなんかいい運動になりました。凄く眠いので、今から寝ます」

 大貫さんは明らかに出発した時よりも表情が柔らかい。固くこおばっていたのが吹っ切れたのか。あくびをしながら目をこしこしと擦った。

「田中さんもありがとうございました」
「いや、礼を言うのは僕の方だよ。ありがとう」

 僕らは階段の下でどちらともなく頷いた。


『僕、何度か田中さんの……竜ケ崎翔の小説を読ませていただいたことがあるんです』

 大貫さんがついさっき、和服店の前で僕に言った。

『ええっ……それは、随分と恥ずかしいな』

 正直な僕の感想だ。プロの作家になりたいと思っているのに、自分の小説を読まれて恥ずかしというのは、結局そういうことなんだよな。

『さっき、ドアを開けるって言ってましたよね。僕が昇段するって比喩で』
『ああ、うん。ド派手にね』
『ええ。ふふ。田中さんの文章ってそんなふうに言葉選びにセンスがあるっていうか、そういうのに何度も僕はドキッとさせられて。いいなって思いました』

 これは……稀に感想や講評をもらった時、褒められる唯一の点だ。やっぱりみんな、思うところは同じなのか。それとも、褒めるところはそこしかないのかも……。

『現在もし、壁に突き当たっているのなら、ジャンルを変えてみるというのはどうです?』

 ジャンルを変える?

『素人の戯言と思ってくださって構いません。ミステリじゃなくて。そうですね。歴史時代小説なんてどうです? それともラブコメやヒューマンドラマのような』

 大貫さんは真面目に考えてくれているのはわかった。でも今更そんなことが出来るだろうか。僕は器用でもないしな……。

『小説と将棋じゃ関係ないかもですが、僕も実は宗旨替えをして、調子が良くなったんです』
『え? どういうこと?』
『将棋には大ざっばに飛車を初めに動かす「振り飛車党」と、序盤は同じ筋に置いておく「居飛車党」という二派があるんです。現在は居飛車の方が多いんですが……』

 それは僕も聞いたことがあった。戦術の違いだが、かなり大きく違うらしい。

『僕は元々居飛車党だったんですが、なかなか勝てなかった時、やけくそで振り飛車やってみたんです。そしたら凄く嵌って……。それからはしっかり勉強し直して振り飛車もさせるようになりました。それが今期の快進撃に繋がっているんだと思います』

 現在の大貫さんは、3割ほど振り飛車で対戦しているらしい。両方を器用に指しこなすことをオールラウンダーというそうだけど、それも凄い才能だと僕は思った。

 ――――でも、それが自信になっているんだ。

『だから、気分転換でもいいので、1作でも違うジャンルのものを書くのもいいんじゃないかと思うんです』

 真っすぐ僕の目を見て、大貫さんはそう言った。夢を熱く語ったあの二十歳の頃と、全く変わらない真摯な瞳だ。

『ありがとう。うん、考えてみる。本当だよ。悪くないと思うんだ』



「おい、ショウ。アスランはどんな浴衣買ったんだ。あいつ、俺に見せようとしないんだ」

 夜、僕はパソコンの前にいた。アスランは既に夢の中。トーゴーがベランダから入ってきて、手持ち無沙汰の様子で聞いてきた。

「さあね、僕も見てないから」
「嘘つけ! 選ぶとき助言してたじゃないか」

 あ、バレてた。でも、なんでトーゴーもそんなこと気になるのか。やっぱり彼らは相思相愛なんじゃないのか? あーあ、めんどくさ。

「祭りの日のお楽しみだろ? なんだよ、なんでそんなこと気になるのさ」
「え? そ、そりゃ……護衛するのに柄がわからんとだな……」
「アパートから一緒に出れば関係ないだろ。今、僕は乗ってるんだから、邪魔しないでくれ」

 図星を突かれたトーゴーはそれ以上はなにも言う事が出来なかった様子。すごすごと屋上に戻っていった。

 ――――しかし、アスラン。さすがにアニメ柄は選ばなかったが……あれをトーゴーに隠す必要あるんだろうか。

 僕はあいつが嬉しそうに選んだ柄を思い出す。空色の地に白いカモメが舞う爽やかな柄を。



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