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第74話 朝顔の花
しおりを挟むジャンルの違うものを書く。と考えても、さっと書けるわけがない。大体、ミステリ以外書いたことがないんだ。何事もそんな簡単には出来ないよ。
――――でも、チャレンジする価値はあると思う。
ということで、まずは試しに短編をいくつ書いている。まさに思いつくままにって感じ。
短編を募集しているサイトや小説雑誌もあるので、そこに投げてみようかと考えているんだ。
結果はすぐ出ないとは思うけど、残された1年という時間、このやり方を貫いて方向性があってるかどうか見極めたい。背水の陣のつもりでやるつもりだ。
「中垣内さん、困ります」
「どうかした? 沙知子さん」
バイトに行こうと廊下に出ると、沙知子さんがアパートの住人、中垣内と立ち話をしている。背中を向けているので表情は見えないが、なんだか困惑したような声だ。
本日、アスランはお休み。トーゴーと早朝から出かけていた。
「あ、田中さん! おはようございます」
「うん、おはよう」
振り向いた沙知子さんが、一歩、僕の方に足を進ませた。その様子に、中垣内があからさまに嫌な顔をする。なんだよ、こいつ。沙知子さんを困らせんじゃねえよ。
「先輩、おはようございます。今からお仕事ですか? コンビニの」
なにが先輩だ。厭味ったらしく言いやがって。
「ああ、そうだよ。で? 中垣内君は大家さんを困らせているのか?」
「別に困らせてなんかいませんよ。じゃあ、沙知子さん。また」
僕がいると都合が悪いのか、中垣内は半ば不貞腐れたように踵を返す。そのまま、階下へと降りて行った。
この暑いのにスーツを着ているということは、会社説明会にでも行くのだろうか。ご苦労なことだ。さっさと就職決めて、このアパートから出て行けばいい。
「どうかした? あいつ。別に先輩面するわけじゃないけど、なにか困ってるなら、僕から言っておくよ」
まあ、僕が言ったところでだが。去り際、中垣内は沙知子さんには無理やり口角を上げて笑みを作っていた。クレームを付けてるわけではなさそうだ。
「あ、いえ……全然、大丈夫です!」
沙知子さんは大げさに右手を左右に振って否定する。まあ、なんでもないなら……良いけど。
「それならいいけど……。あ、この間はありがとう。大貫さんに話したら、モールまで付き合ってくれてね。アスランは浴衣を買えてご機嫌だったよ」
「ああっ。そうなんですか。それなら良かったっ。私も行きたかったんですけど、ちょうど佐伯さんの引っ越しがあって……」
102号室には、単身赴任でこちらに来ていた佐伯さんという会社員が入居していた。あまり接点がない人だったけれど、今月、異動で家族の元に帰られるとのことだった。
これでまた、昭和荘に空き室が出たわけだ。ミレンみたいに余程の理由がない限り、もう新しい入居者はないんじゃないかな。
――――もし、ここも取り壊して新しいアパートを建てると言われたらどうしよう。家賃が高くなったら、住めないかも。
「田中さん? どうしました」
僕がぼんやりしていたのか、沙知子さんが怪訝そうに僕を見上げている。
「ああ、いえ。あ、しまった、遅れちゃう。じゃあ、また」
「はいっ。あ、あの!」
「え? はい?」
急いで行こうとする僕の背中に沙知子さんが声をかけてきた。僕は足を動かしたまま振り向く。
「夏祭り、ご一緒しませんか? あ、み、皆さんと」
「え? ああ、僕は仕事が……」
言いながら、僕はなんでこんな時に仕事してるんだろうとの思いに至る。今年はいつもと違う夏なのだ。アスランが来て、王子様と一緒に過ごす夏。
「あの、鯉の池公園の縁台将棋に行きます。遅くなるかもしれないけど、必ず!」
思い切って、僕はそう叫んだ。
「はい! わかりました。楽しみにしています!」
朝顔の花が咲いたような笑顔を見せて、沙知子さんが手を振る。コンビニに向かって走りながら、僕はその笑顔を何度も何度も脳内で繰り返し再生した。
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