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第78話 夏祭りの朝(多視点)
しおりを挟む区民の憩いの場『鯉の池公園』は、鯉たちが泳ぐ池を中心に、誰でも自由に遊べる芝生広場、子供用の屋内施設であるプレイハウス、小動物がいるふれあい広場など様々な施設がある。
池では当然、ボートにも乗ることができ、休日には数隻の白鳥ボートが池に浮いていた。
本日、この鯉の池公園で、夏祭りが開催される。芝生広場には屋根のある部分があり、そこには朝早くから、縁台将棋の準備が進められていた。
その周りには、既にスタンバイをしているキッチンカーも数台あり、いい匂いが立ち込めている。
「おはようございます。大貫さん」
「おはようございます。本日はよろしくお願いします」
大貫は、他の奨励会員と共に、午前中から準備に出かけていた。縁台将棋は午後から開始なので、実は祭りのトップバッターなのだ。
「斎藤先生はいつ頃入るかなあ」
「ああ、斎藤先生ならもう来られると思いますよ。こういうの大好きな方なので」
本日は若手の棋士たちも数名参加する。祭りの実行委員たちは人気棋士が来るということでワクワクだ。ちなみに女流棋士も何人か来る。彼女たちの艶やかな浴衣姿も、毎年注目の的だった。
「成田さん、荷物はこれでおしまいですかね」
区役所前に停めたバン。出会い・結婚支援室の面々が、段ボール箱や折り畳みの机、いす等などを積み込んでいた。
「そうね。これで終わりだわ」
「了解です。じゃあ、行きますか」
男性室員が声をかけると、成田は頷き、助手席に乗り込んだ。
「行ってらっしゃーい。私は後から追いかけますねー」
「よろしく」
本日は室長以外の10名が全員参戦。室長は一応、不測の事態に対応すると言う理由で区役所に待機となっている。
『とはいえ、僕も祭りが始まったらそっち行くから』
などと言っていた。後輩女性が言うには、どうせ家族と散策するつもりですよ。ということだった。
鯉の池公園の芝生広場には、地区の役員たちがやぐらを立てている。ここで盆踊りが繰り広げられるのだ。加えて、周りには夜店が並ぶ。
キッチンカーとは違い、こちらは昔ながらの夜店。焼きそばやフランクフルト、金魚すくいに水風船などなど。現在は下準備中と言ったところだ。
「ねえ、ショウ。ショウは浴衣着ないの?」
バイトに行く前、どうしても公園の様子を見に行くと言ってきかないアスランと、仕方なく付いてきた田中だ。作り上げられていくやぐらを珍しそうに眺めている。
「着ないよ。持ってないし」
「なんだー。つまんない」
「つまんなくないよ。アスランは着方知ってるのか? 誰かに着せてもらう?」
バイトから直に祭りに行くつもりのアスランは、浴衣一式を大きなカバンに詰めて肩に担いでいる。
「うん、大丈夫。野々宮さんが着せてくれるって」
「ま、マジか」
野々宮というのは、パートの古参だ。彼女なら着付けが出来ても不思議ではない。
――――そういうの、あっさり頼めるのもアスランの強さだよなあ。
昨夜、アスランがなかなか眠れなかったのを田中は知っている。まるで遠足前の小学生のように。
それでも今現在、目が爛々としている彼の素直な姿を見るにつけ、羨ましくもあり、ほっこりする田中だった。
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