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第86話 下川の罠(成田視点)
しおりを挟む中垣内と沙知子がどういうわけか駐車場に向かっている頃、縁台将棋の横には仕事に戻った成田がいた。
祭りのチェックポイントを巡り、最後に縁台将棋や盆踊りを開催中の芝生広場にやってくる。
何人かのグループになっていたイベント参加者を出迎えるのが彼女の任務。彼らは上気した頬のまま、続々と最終地点にやってきた。
「お疲れ様でした。こちらに夜店のチケットをご用意しておりますので、後は皆さまご自由にお過ごしください」
「楽しかったー。ねえ、盆踊り行きましょう」
積極的な浴衣美人が男性を誘っている。誘われた方もまんざらでもなさそうに頷くとやぐらの方に向かった。
――――良かった。これで何組かカップルが出来たら御の字だわ。
イベント参加者は全部で24名。四つのグループに分かれていたのだが、気の合う同士はさっさと二人組になっていた。当然、そうなれない人もいるが、それなりに楽しんだようで、そのままグループで移動していった。
「成田さん、お疲れ様です」
細かいものを片づけていた成田に、浴衣姿の男性が声をかけてきた。聞き覚えのある声に、成田はびくりとする。
「あ……下川さん。どうかされましたか?」
ちょっと前に、彼はグループの人たちとゴールをしていた。チケットも受け取っていたのだが。
「手伝いましょう」
「え? いえいえ、大丈夫です。皆さん、夜店に行かれたのではないですか?」
なんで、ここに戻ってきたのよっ。『下川さん、成田さんのこと気になってるんじゃ』後輩の言葉が脳裏に過る。冗談じゃない。
「実は……困ってるんです」
「なにかあったんですか?」
なんて思っていたら、眉を顰め、ため息を吐く下川。
「スマホを落としてしまって。あの、多分、池の周りの遊歩道を歩いていた時だと思います。あそこで、木の根に引っ掛かって転びそうになったので」
「本当ですか?! それは大変……」
「参加者の方が楽しんでおられるのに言い出せなくて。成田さん、もしよければ……一緒に探してもらえませんか? 懐中電灯、お持ちですよね?」
自分に気があるから戻ってきたのかも。なんて思っていた成田は自分を恥じた。いや、男女の恋愛に興味のある者なら、これも罠だと気付いただろう。
「もちろんです。行きましょう。親切な人が拾ってくれてればいいですけど、なかなかそうもいかないでしょうし」
だが、成田はその下川の災難をマジに受け取ってしまった。イベントのチェックポイントの一つに、鯉の池のボート乗り場というのがあった。そこに行くには林の中を縫うような遊歩道を通るのだが、そこはまあ、肝試しみたいな感じでルートに選んでいた。
――――あそこは反対だったのに、室長がどうしてもって言うから。
苦々しい思いを抱きながら、懐中電灯を手に持つ。
「さあ、行きましょう。下川さん」
「はい。ありがとうございます」
下川は何度も頭を下げながら、笑みがこみ上げるのを我慢できなかった。成田はわかっててこの嘘に乗ったのだ。そう信じてしまった。
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