王子様と一緒。

紫紺

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第88話 血の味

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 もうすぐ二人に追いつく。しかし、近づけば近づくほど、沙知子さんが笑顔なのが理解できない。やはり、女心なんて僕にはわからないのか。

 ――――もう、追うのは止めようか。祭りを抜け出して、ドライブにでも行くんだよ。

 僕の足がふと止まりそうになった時、中垣内の声が聞こえてきた。盆踊りの音楽が途切れた瞬間だった。

「先輩のこと誤解してましたよ。ああ見えて、将来のこともしっかり考えている人なんですね。すっかり意気投合しました」

 え? 先輩って……まさか僕のことじゃないよな。おまえと意気投合なんてしてないぞ。
 嫌な予感しかしない。僕は一度止めかけた足を再び進ませた。速度を上げて。

「あの、駐車場で待ってるのかしら、田中さん……」

 た、田中さん? 僕はここにいるのに! 大声で呼びかけようとした時、中垣内が笑った。

「ええ? 僕、いつ、田中って言いました?」
「え……」

 その一言に、空気が変わった。沙知子さんが驚いて中垣内を見る。あいつが卑しい笑い顔を向けたのを見て、僕は土を蹴った。

「おい、中垣内、遅いじゃないか。お、その子が沙知子さん? なかなか可愛いじゃん」

 その時、駐車場に停めた車に凭れていた男が、二人に迫ってきた。中垣内が沙知子さんの腕を掴む。

「は、放して!」
「沙知子さん、彼が僕の先輩ですよ。留年して同級生ですけどね。沙知子さんの隠れファン」
「そうそう。中垣内の話を聞いて、ずっと気になってたんですよー」

 男たちに腕を取られた沙知子さんが怯えている。なんでもたついてるんだ、僕の両脚は。

「やめろ! 沙知子さんに触るな!」
「田中さん!」

 ようやく間に合った。振り返った沙知子さんが、僕に向けて精一杯手を伸ばしてきた。

 ――――もっと早く声を掛ければ良かったんだ。後をつけるみたいなことしないで!

 僕はチキンな自分を呪った。それなら、まだ中垣内一人だったんだ。先輩という奴は、いかにも体育会系の厳つい奴。

「あれ? 田中先輩じゃないですか。どうしたんですか、息せき切って。あ、この方はアメフト部の真柴先輩です。喧嘩っ早いのが玉の瑕でねえ。でも、夢はでっかく日本人初のNFLプレーヤー」

 そんな有望な選手が母校にいるとか聞いたことない。だが、前半部分は事実なんだろう。真柴という男は野蛮な笑みを浮かべた。

「田中さん、私に構わず行って下さい!」
「なに言って」
「あっははっ! 先輩には無理だってことですよ。賢明な判断だ。いやあ、たまらん!」
「なにが無理だ!」

 元ミステリ研究会じゃ勝算あるわけない。でも、ここでなんとか僕が暴れて、沙知子さんだけでも逃げてくれれば。

 ――――他力だけど、トーゴーを呼んでもらえば。

 僕は今の今まで、トーゴーやアスランに連絡しなかったことを悔やんだ。その思いのまま、まあやけっぱちで、真柴に突っ込んだ。

「沙知子さんを放せ!」

 腕を目掛け、頭突き上等で突っ込む。しかし、奴はびくともしない。

「おいおい。なんだこれは」

 だが、沙知子さんを掴んでいた腕が離れている。

「沙知子さん、逃げて! 逃げて、トーゴーたちに」

 そう言い終わらないうちに、僕は襟元を掴まれる。奴の握りこぶしが眼前を埋めた。

「きゃああっ」

 沙知子さんの悲鳴とともに、目から火花が散った。僕は思い切り地面にたたきつけられる。口の中が切れたのだろう、血の味がした。

「田中さん! 逃げて下さい!」

 馬鹿言うな。いくら僕がチキンでも、ここで逃げられるか。沙知子さんは中垣内の手から逃れようと必死に抵抗している。僕は再び起き上がり、今度は中垣内に向かっていった。

「おいおい、おまえの相手は俺だよ」

 しかし、それは無残に失敗。後ろから襟を掴まれ引き戻された。再びあいつのパンチが。けどそれを見事に躱し、腰のあたりにタックルを入れた。

「俺にタックルとか、ふざけてんのか」

 びくともしない。でも僕は絶対こいつを放さない。真柴は腹にケリを入れたり、肩に手を入れて剥がそうともがく。
 けど、僕だってジムに行ってはいないが、毎日コンビニで重たい荷物を運んでるんだ。見た目ほどやわじゃない。

「うぐっ!」

 業を煮やしたのか、背中に強烈なハンマーパンチが降ってきた。両手を組んで叩きつけてやがる。これはキツイ! くそ……倒れるものか。

 ――――逃げてくれ、沙知子さん! 叫びたいのに声が出ないっ。

 腕が痺れてきた。次やられたらヤバイ。あいつが一撃しようと息を吸ったのがわかる。万事休すだ。

 だが、その時。思いも寄らぬことが起きた。



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