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第95話 ミレンの好きな人
しおりを挟むその日、バイトが終わった僕らは「松葉の湯」で汗を流しに行った。バイト終わりに銭湯に寄るのはルーティンの一つでもあるが、夕食後の時もあるのでマチマチだ。
「ふう、気持ちいい。労働の後の風呂は格別だね」
などと、どっかのおっさんみたいなことをアスランが言う。ま、同感だけど。
「あ、ミレン!」
シャワーを浴びたミレンが湯舟にやってきた。いつの間に来たんだろう。
「おや、お二人お揃いで」
「トーゴーもいるよ」
アスランが顎をくいっとする先には、トーゴーが修行僧みたいな顔で水風呂に浸かっている。
「知ってる」
水音をさせず、ミレンが僕の隣に入った。
「ねえ、ミレン。昨夜は危ないところを助けてくれてありがとう。君だろ? 石を投げたの」
「え?」
まつ毛をクルンとさせたミレンは、大きな目をより一層広げる。
「誤魔化さなくていいよ。さすがにミレンしか考えられない」
「あー、まあ、たまたまなので、お気になさらず」
口角をきゅっと上げてミレンはほほ笑む。
「やっぱり。助かったよ。もう少しで足腰立たなくなるとこだった」
あの真柴という野郎がどこまで本気かはわからないが、僕が気絶するまでは力を緩める気はなかったんじゃないかな。
「でも、田中さんも勇敢でしたよ。沙知子さんも惚れ直したんじゃないですか?」
「ほ、惚れなおすとか」
「そうそう、それはあるよっ」
アスランが話に乗ってくる。そんなに熱い湯じゃないのに、のぼせそうだよ。
「あ、トーゴー、待って」
水風呂から上がったトーゴーを追って、アスランが慌てて出て行った。なにか話したいことでもあるのか。今日は一日中、わかりやすくはしゃいでいたけれど。
「ミレンはその後、どこにいたの? そのまま姿見えなかったけど」
「え? あ、ああ。それは。あの後、偶然成田さんと会ったので、一緒に花火を見てました」
「成田さんと? へえ、そうなんだ。なんだか随分親しいよね。気が合った?」
これはもしやと、僕は思わなくもない。ただ、露骨になり過ぎないよう探りを入れた。
「田中さん」
「な、なに?」
なのに、もの凄くマジな表情でミレンが僕を見た。なにか、まずいことを言ったか?
「誤解してるかもですが、そういうんじゃないです。僕には他に好きな人がいますしね。成田さんに迷惑がかかりますので、変な推測だけはしないで下さい」
「え? あ、ああ。ごめん。そうなんだ」
ミレンに好きな人がいるというのも初耳だし、なんか凄く気まずいんだけど。
――――なにか事情があるんだろう。詮索しないほうがいいんだよ。きっと。
「ところで……アスランはどうしてあんなにご機嫌なんですか? いつも明るいけど、かなり違和感がある」
「ああっ。なんかねえ、祭りでトーゴーといい感じになったみたいだよ。あ、アスランの気持ちとか……」
「もちろん気付いてましたよ。トーゴーみたいに鈍くないんで。そうですか……それは、良かったですね」
ミレンは視線を落として小さく息をついた。僕はその時、その小さな息が示すものがなにか、全く気付くことはなかったんだ。
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