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第103話 追跡(ミレン視点)
しおりを挟む田中がコンビニでタトゥーを見てから数分後のこと。ミレンは駅前の歩道を歩いていた。健康のためでも遊びでもない。任務中だ。
『ミレン、今どこだ?』
先ほど、待機していたミレンに連絡が入った。イヤホンに直接届くトーゴーの声。やはりぞくりとする。
『あなたのおそばにいますよ』
などと遊び心たっぷりの返事をしたが、別に嘘ではない。最近、二人が組むようになったのは彼らだけの秘密だ。それもちょっとにやける案件。
『じゃあ、わかってるよな』
けれど、トーゴーは全く普通の受け答えをする。そうとわかっていても、ミレンはちょっと落胆した。
『もう追ってます』
『さすが。よろしく頼む』
さすがと言われて、落胆がやや上昇する。全く、自分ながらいつまでもトーゴーに依存しているのが嫌になる。ふうっと軽くため息をついた。
「あれ? ミレンさん?」
そのミレンに背後から声をかける人が。振り返るまでもない、声に覚えがあった。
「おや、大貫さん。お出かけですか?」
昭和荘の住人、将棋棋士の卵、大貫将司だ。ノーネクタイだが半袖シャツにチノパンといったソフトカジュアルな雰囲気。
「はい。先輩棋士のところで研究会を……あ、えっと、何人かで集まって練習将棋を指すんです。それで、みんなで検討しあう」
研究会では伝わりにくいだろうと、大貫は丁寧に説明した。電車に乗って、その棋士の家まで行くのだと言う。
「ああ、なるほど。棋士同士でも勉強しあうんですね。凄い」
お互いがライバルであるなか、棋理追及のためなら頭を突き合わせて考える。
スポーツでも黙々と一人で練習するよりも、お互いが切磋琢磨する方が効率がいい。そういうことだろうとミレンは納得した。
「近々、大事な対局があるんでしたね」
夏祭りの縁台将棋で、ミレンも成田や沙知子たちと大貫に将棋を教えてもらっていた。対局の話は自ずと耳にした。
「ええ。例会の最終局です。なので、外出は今日でおしまい。あとは日曜日まで家で研究するつもりです」
「そうですね。体調管理も大切だ」
「ミレンさんも駅?」
「あ、ええと、いえ。駅前の書店に」
本当は目指す場所は決まっていない。ミレンには決められないのだから。大貫と雑談しながらも、ミレンは任務遂行中だ。
「そう言えば、トーゴーさん」
「え? トーゴーがなにか?」
でも、その固有名詞には如実に反応してしまう。
「彼、将棋強いんですよ。びっくりしました」
「あ。ああ。そうなんだ」
大貫がトーゴーと指したのは、ミレンが沙知子を探しに行ってからのことだ。そんなことがあったなど、今初めて知った。
大貫はトーゴーにあっさり持っていかれたことを楽し気に話す。負かされても平気なところを見ると、大分手加減はしたようだ。
「なんでも器用にこなす人なんですねえ」
トーゴーと実は旧知の仲だと、知っているのは田中だけだ。他の誰にも教えていない。
アスランが言ってたけど、彼が本当に将棋が強いなんて知らなかった。なんだかまた彼に惹かれる理由が出来たみたい。嬉しいような苦しいような複雑なミレンだ。
「あ、大貫さん。ちょっとここで……あのお店に入ってみたくなりました」
ミレンが突然指を指したのは、通りを挟んで向こう側の、なんの変哲もない衣料品店だ。
「あ、はあ」
外国人が興味を持つ基準は日本人にはわからない。大貫も電車の時間があったのでそのまま別れようとした。だが……。
「え? わあっ、ミレンさん、危ない!」
ミレンは大貫に背を向けると、通行量の多い道路を渡っていく。大貫の声が聞こえたのか、右手を軽く上げて。ふわっとまるで舞うように、ミレンは道路を横切っていった。
――――嘘……。なんだか昭和荘には不思議な人が多い気がする。
大貫はどこか狐につままれたような感覚のまま、駅へと向かった。
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