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第110話 人質(アスラン視点)
しおりを挟む車の中で、アスランは両手を縛られ、目隠しをされた。口にもガムテープだ。
誘拐時の対処を、王子として幼い頃から教え込まれている。と言っても、こうなってしまっては、大人しく言う通りにするしかない。
右折、左折、信号待ちと記憶はしたけれど、そこがどこかははっきりしない。ただ、駅前を通ったのは音でわかった。商店街のBGMが聞こえてきたからだ。
「大人しくしてるな。おい、王子様を下ろして差し上げろ」
バンはどこかに到着して、ドアが開かれた。王子様……こいつらは自分を王子と知っている。どこでその情報を入手したのか。
――――やはり母国が……大使館が絡んでいるんだ……。
アスランはやはりという想いと、残念な気持ちが同時に涌いた。車の中で靴を替えさせられたのもそうだ。靴底にGPSが入っているのを知っている。
「ガムテープと目隠し外していいぞ」
どすんと椅子……多分ソファーに座らされた。部屋には人が何人かいる。後ろにいた誰かが目隠しとガムテープを取った。ようやく自由に息が出来る。
「ここは……」
ぼんやりとしていた視界がようやく明らかになる。ビジネスホテルの一室といったところか。
広くもない部屋に応接セットが一つ。アスランはそこに座らされていた。自分の前には覆面をしたままの男が一人、覗いている髪は短く刈られているよう。ジャケットが不自然に振らんでいるのが気になった。
その背後にも大柄な男と……痩せた小柄な男が立っている。二人とも顔がわからないよう、目だけをぎょろつかせている。
――――痩せた男、多分、コンビニに来た人だ……。
「ゴホン」
パーテーションの向こうから咳が聞こえてきた。どうやらベッドがあるようで、そこにも誰かいた。
「おまえら、失礼のないようにしろよ。なにしろ、大金を運んでくれる大事な人質だからな」
こういう場合、大使館では金銭との取引に応じるのか王道だ。だから誘拐があっても警察には連絡しない。それが最も無事に人質を解放できる。
これはなにも王族に限った話ではない。テレビドラマでは誘拐は成功しないと言うが、大企業や資本家などの誘拐は、多くの場合、金銭での取引で解決させている。警察は知らないだけだ。
「王子様は大人しくしててくださいな」
この中ではリーダー格であろう男が、アスランに嘲笑の視線を向けた。
「わかっている。だから、私の友人たちには手を出さないでくれ」
「へえ? まあ、それはお国次第でしょうねえ」
思い切り睨みつけるアスランだが、縛られたままでは何もできない。
「フン。じゃあ、俺たちは交渉に行く。頼んだぞ」
「へえ、兄貴。お任せください」
痩せた小柄な男がぺこりと頭を下げる。この声、やはりあの時の男だ。この誘拐は、あの時から計画されていたのか。
半端なやくざみたいな連中だが、それなりに頭があるのだろうか。
「そっちの新入りもっ!」
リーダー格の男がパーテーションに向かって叫ぶ。
「へええい。了解」
まるで緊張感のない声とともに、その主がのっそりとパーテーションから姿を現した。背の高い、だが横幅もあるプロレスラーのような男だ。
革ジャケの上からも盛り上がった筋肉を想像できる。もちろん顔はわからない。サングラスに帽子、頬が膨らんだ顔には黒いマスクをしていた。
「全く、おまえには期待してるんだからな。そうだ、あとで若いのに食事運ばせるから」
二人の見張りは顎を引いた。これからどのくらい、ここに居るのか。自分は生きて昭和荘に戻れるのか。
――――トーゴー、ミレン。私は信じているから……。
アスランは目を閉じ、キュっと唇を噛んだ。
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