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第131話 記者会見(大貫視点)
しおりを挟む2局目が開始され、約1時間。本日午後の対局で最も注目されているのは、大貫三段と本間(ほんま)三段の盤だった。
大貫三段は午前中の対局で負け、11勝5敗。間三段は勝って12勝4敗だ。この対局で大貫が勝てば勝敗は並ぶが、順位の差で大貫三段が昇段する。本間が勝てば、本間が上がる。
昨今、12勝での昇段は珍しいが、今期は上位陣が星を潰し合い、この数字になっている。25歳が目前の大貫にとっては、最後のチャンスと言っても過言ではなかった。
重苦しい空気の中で始まった三段リーグ前期最終局だったが、駒音が響く室内は、息遣いさえ尊い神聖な場に代わっていた。
「村瀬さん、戦況どうですか?」
将棋会館記者室には、本日いつも以上にマスコミ関係者が詰めかけていた。年に2回、新しい棋士が誕生する。この後は昇段者のインタビューがある。
午前中に昇段を決めた吉永はまだ10代の期待の星。そして午後、可能性を残して戦う二人は、どちらも20代で後がなかった。
「本間君のほうが優勢そうですね。大貫三段はちょっと苦しいかも」
記者であっても対局室に出入りできない。部屋を映すモニターから、村瀬は言った。記者の中にはさほど棋力のない者もいるが、村瀬は学生チャンピオンになったこともあるアマ強豪だった。
――――どちらが昇段するか。二人とも負ければ次点も付かない。まさに天国と地獄だ。
既に1分将棋。大貫は静かに歩を飛車の頭に打った。
不味い状況だ。ほぼ受けがない(王の逃げ場がない状況)。大貫はぐっと唇を噛み締める。
――――攻め続けるしかない。相手も1分将棋。攻め続けて、間違いを誘うか、詰めろ逃れの詰めろを放つか。
勝負手を打つにしても、まともなものでは勝ちはつかめないだろう。本間は経験もあるし、落ち着いた手を指す男だ。交流はないが、人柄もいいし勉強家。
――――だが、勝ちを譲る気はない。
1分ぎりぎりまで読み耽る。指はテープのおかげで痛みは薄れ、駒をしっかりとつかんでくれている。
――――道は必ずあるはずだ。たとえ、細い道であっても。
必死に探る。自分の王が生きて、相手の玉を抑え込む筋を。そこで大貫はふと気が付いた。相手の視線は大貫の陣しか見ていないことを。
――――そうか。
大貫は駒台から歩を取った。落とさないよう、しっかりと持つ。そして静かに、飛車の頭に置いた。
目の前に、なにかを期待したようなたくさんの顔が並ぶ。そして、一斉にカメラのフラッシュが光った。思わず目を覆う。
――――眩しい。でも、綺麗だ……。
「四段昇段おめでとうございます! まずは吉永さん、今のお気持ちを!」
ふわふわとした気持ちのまま、大貫はテーブルについた。隣には若い吉永がいる。
大貫は最終局に勝利し、この会見に臨むこととなった。
会見の直前、なんとかスマホのメッセージを見ることができ、アスランの無事を知った。だからこそ、心置きなくこの勝利を喜べた。
「大貫さん、難しい将棋でしたが。あの歩打ちで状況が変わりましたね」
ベテラン記者の村瀬が、注目の吉永ではなく自分に聞いてくれた。
「はい。もしかしたら、本間さんは予想していなかったのかもしれません」
飛車を惜しんだ本間は、咄嗟に逃げてしまった。だが、それが命取り。将棋は一手の悪手で勝敗がひっくり返る逆転の競技だ。その一手がまさに本間の指した手だった。
攻守逆転した瞬間を大貫は逃さない。攻め続け、生きていたなかで最も大事な勝利をもぎ取った。
「最後にお聞きします。四段昇段をどなたに伝えたいですか?」
吉永に続き、自分にマイクが回ってきた。
「お世話になった師匠や、支えてくれた両親はもちろんですが……今日、僕を信じて送り出してくれた仲間たち……昭和荘のみんなに、伝えたいです」
一瞬きょとんとした取材陣。だが、どこからともなく始まった拍手とシャッター音で、会場は弾けるような喜びに包まれていった。
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