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第136話 もう一つのキス
しおりを挟むずいぶんと気持ちよく酔っ払った。宴は日付が変わるころにようやくお開きとなり、住人たちは各々の部屋へと戻っていく。
僕はアスランとトーゴーを先に行かせ、一人、沙知子さんの部屋に留まった。もちろん、後片付けの手伝いをするつもりだ(若干下心があるのは否定しない)。
「これ、ここでいいかな」
彼女が洗った皿を拭き、食器棚に片づける。一人暮らしだから、さすがに食洗器はなかった。
「あ、すみません。もう明日にしますから、帰ってもらっても……」
「いや、迷惑じゃなければ……」
「え……もちろん、迷惑なんかじゃないです」
その一言が、なんとなく妙な空気に。ど、どうしよう。
「昨日は、ごめんね」
「なにがですか?」
「いや、映画も見れなかったし……その……デ……」
「あんな刺激的な初デート、きっと誰も経験したことないと思います」
きっぱりと言われてしまい、デートも言えない自分が恥ずかしいっ。
「そう、だよね。うん。結果オーライだけど、そう思えば、楽しかった。なんて言うと、アスランやトーゴーたちに怒られるかな」
「うーん、どうだろう」
沙知子さんはまた皿を洗い始める。
「きっと、怒らないんじゃないかな。だって……アスランさんとトーゴさん、なんか一層絆が深まったみたいだから」
そうか。沙知子さんも気付いていたんだ。だよな。あのトーゴーが、アスランが話すのを見ながら、なんかデレデレしてたんだよっ。僕は見逃さなかったぞ。
「僕もそれ感じた。そうか……」
なんだか感無量な気持ちになる。あの部屋で、涙の告白を聞いた時、僕はどうしてやればいいのかわからなかった。いや、なにも出来なかったんだけど。
それでも、願っていた。いつか、あいつの気持ちが実を結ぶこと。
「いやあ、いい夜だ……あっ、危ない!」
彼女が僕に渡そうとした皿が、つるりと滑る。
「キャ……」
シンクの中で、丸いお皿が割れた。その時だ。僕の手は彼女の手を掴んでいた。割れた皿に手を伸ばそうとしたから、それを止めようとしたんだ。
「て、手を切るから……」
「う、うん……ありがとう」
どうしよう。手を離せない。彼女も固まった動画のように動かない。
「た……田中さん」
「はい」
彼女が少しずつ、僕のほうに体を寄せてくるのがわかる。血が頭に向かってびよーんと昇っていく。
「私のこと……どう思ってますか? ただの、大家さんかな」
な、なにを言ってくるのか。
「そ、それは……あの、大家とかじゃなくて」
「私は、田中さんのこと好きなんです。高校生のとき、励ましてくれたときからずっと!」
急に僕の方を向いて、衝撃的な告白を浴びせてきた。もう30歳にもなろう男が、二十歳そこそこの女性に告られて、卒倒しそうになっている。
――――し、しっかりしろよっ。田中明夫!
「ぼ……僕も、沙知子さんのこと、好きです」
「ほんと?」
ここでまたグッと近づいてくる。もう。顔が触れそうなくらいだ。
――――もしかして、ここでキスするのか? 求められている?
思えば、キスなんて何年ぶりだろうか。大学卒業以来? いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。
――――ええい、ここで立ち止まるわけにはいかん!
僕は彼女の両腕を包み込むように触れた。それから、首を傾けて彼女の唇を目指す。沙知子さんが目を閉じたのを確かめてから、ゆっくりとキスをした。
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