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第137話 かち合わないはずの運命
しおりを挟むそれからしばらくして、僕は部屋に戻った。部屋ではトーゴーが、キッチンで珈琲を淹れていた。
「おかえり、アキ」
「お? なんだ泊まってこなかったのか」
トーゴーが笑いを堪えるようにして言った。こいつに揶揄われるとは!
「な、泊ってくるわけないだろ!? 片付けの手伝いしてただけだ!」
「へええ」
「なんだよ、その、へええっての」
アスラン見てにやけてるおまえに言われたくない。キスするのも舞台から飛び降りるくらいの覚悟だったのに、おいそれと先に進めるか。
大体、今夜はそんな大それた日になるなんて思ってなかったんだ。だから、今日の下着、何着てたか確信もてなくて……おっと、なにを馬鹿なことを僕は考えてんだ。
「冗談だよ。珈琲でも飲め。俺は屋上に行く」
僕とアスランのマグカップをテーブルに置くと、トーゴーはベランダに行こうとする。
「え? どうしてさ。今夜はここにいればいいだろう? もう、アスランを狙う奴はいないしさ」
おまえこそ、なんでまた屋上になんか行こうとするんだ。
「そういうわけにはいかん」
「布団なら、おまえとアスランが一緒に寝ればいいじゃないか」
さっきのお返しとばかりに僕が言うと、トーゴーは真っ赤な顔して。
「お、おまえこそ馬鹿なこと言うなっ。そんな必要はない!」
おやおや、めっちゃわかりやすい奴だな、こいつ。
「あのな。わかっていると思うが……」
気を取り直すかのように、トーゴーはコホンと一つ咳をした。
「おまえとアスランも、話したいことがあるんじゃないのかって、ことだ」
さっきまでの焦った様子はどこへやら。真面目な顔で僕を見る。そうか、確かにそうだな。
「じゃ、そういうことだから」
トーゴーは僕の表情を見て再びニヤっと笑い、ベランダへと消えていった。まあ、なんで玄関からじゃないのか、は聞かないことにしよう。
「あのさ……ショ……あ、いや、アキ」
「ああ、もうそれ、どっちでもいいよ」
笑いをかみ殺しながら、お互いの顔を見合わす。どちらかとも言わず、僕らはがしっと抱き合った。
「アスラン、無事でよかったよー! 心配したんだぞ、本当に!」
「私もアキに会いたかった。生きて会いたいって! 心配かけてばかりでごめん。それに色々頑張ってくれて、本当にありがとうー」
考えてみれば、アスランが解放されてから初めて二人になった。みんなの前では、こんな恥ずかしいこと言えないし出来なかったけれど、ようやくこれでアスランの無事を感じることが出来た気がする。
「ねえねえ、兄上に初めて会った時、どうだった?」
「いや、それはもう、アスランに似てめっちゃイケメンだと思ったよ。こう、ビシッと背筋が伸びてさ」
さっきまで、沙知子さんの家で話したことも、二人になると全く別の話になっていく。僕らはトーゴーが淹れてくれた珈琲を片手に、いつまでも話した。
それはいつの間にか、初めて書店の前で出会ったことや、銭湯でのこと、バイトでの失敗話やパートさんたちの話。それにお祭りの夜のこと。
――――もう、アスランとはお別れなんだ。もしかしたら、二度と会えないのかもしれない。
地中海に浮かぶ美しい島国の王子様と、日本のしがないバイト民。絶対にかち合わないはずの運命だった。
最初は面倒だって思ってたのに、今はかけがえのない友人になっている。彼やトーゴー、ミレンたちとの出会いを無にしたくない。
アスランの輝くような青い瞳を見ながら、僕は漠然とそんなことを考えていた。
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