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エピローグ 3 (本編最終話)
しおりを挟む春から初夏へと向かう季節。以前なら、梅雨までの気持ちのいい季節なのだが、今年もこの時期から既に暑い。
「ネクタイ曲がってないかな」
「大丈夫です。あ、でも……」
スーツなんて滅多に着ない僕だけど、今日はちゃんとしたかった。
こういう時、割とカジュアルな姿で登場する人もいるけれど、僕はずっと前からこうしようと決めていたんだ。
「値札、大丈夫よね?」
先ほどから、僕のスタイリスト(沙知子さん)のチェックも余念がない。
「さすがに大丈夫」
「田中先生、お時間です。お願いします」
「あ、はい、行きます」
田中先生……先生なんてこそばゆい。そんなふうには呼ばないで欲しいと言ったのだけど、この業界の常だということで押し切られてしまった。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい。私は会場で見てます」
沙知子さん、春のワンピース姿が可愛い。
会場に入ると、一斉にカメラのシャッターが切られ、フラッシュがたかれる。と言っても、そんな大勢ではない。会場もホテルとは言え、小さな会議室だ。
――――それでも、僕がようやく掴んだ賞だ。ドアを開けたんだ。
「それでは、ただいまから、『星空文学新人賞』の授賞式を行います。受賞者の皆様、どうぞこちらへ」
司会に言われて、僕を含めて3人の受賞者が壇上の椅子に座る。それから、星空出版社の偉い人が登壇した。
長い挨拶が続くが、人生で一番舞い上がってる僕の耳には聞こえず、当然のことながら脳内にも全く記憶されなかった。
「皆様、お待たせいたしました。これより受賞者から挨拶をいただきます。マイクはこちらにセッティング下さいませ。挨拶の後、短いお時間ですが、質疑応答も受け付けます」
挨拶のあと、授賞式が行われた。僕らは盾と賞金を受け取り、また椅子に座る。これから一人ずつの挨拶になる。
優秀賞二人のユーモアとウイットに富んだ挨拶のあと、いよいよ僕の番になった。
「改めましてこんにちは。田中明夫と申します。あ、地味な名前ですが本名です」
クスリとここで数人が笑った。
「実は僕は、10年もの長い間、別の……もっとカッコいい名前でミステリを書いてました。ただ、全く芽が出ないというか……惨敗の日々でした」
持ち時間は5分ぐらいと言われていた。僕はずっと小説家を目指していたこと、けれど全くうまくいかなかった事、アドバイスでジャンルを変えたことなどをザッと話した。
「僕は今、古き良き時代と言うべきアパートに住んでいます。そこには、色んな住人がおられて。僕がミステリを書いている時は、その方たちとの交流はおろか、顔と名前も結びつかないくらいでした。
それが……あるきっかけで全てが変わった。この小説は、そのきっかけによって生まれた作品です。ミステリ以外を書いたのは初めてでしたが、こうしてこの場に立てたことを嬉しく思い、感謝しています」
「筆名を本名に変えたのはどうしてですか?」
挨拶が終ると、質疑応答が始まった。なんの質問もなかったらどうしようと怯えていたので、手が何本も上がって正直ホッとした。
「ああ、それは……。これからは着飾った自分ではなく、素の自分で勝負したい。そう思ったからです」
「作品のなかに、とある王国の王子様が登場しますが。ここはノンフィクションでしょうか」
「ああ、いえ。それは全くのフィクションです。ただ、参考にした国や人物はいますが、作中の人物は本人やその国とは全くの別物です。あと、他の登場人物もそうです」
「なるほど……ボロアパートで起こる様々な物語。王子様と住人達の絡み、面白かったです」
「ありがとうございますっ」
思わずその人に向けて言ってしまった。
本作に出てくるアパートの名前は『明和ハウス』。一癖も二癖もある住人たちが出てくるが、棋士の卵もアロマンティック・アセクシュアルな人物も出てこない。
ただ、どことなくそれを彷彿とさせる人物は登場していた。
「それでは、次を最後の質問とさせていただきます。あ、そちらの方……」
ようやく最後の質問だ。肩に力が入って苦しい。早く退出したい気持ちでいっぱいだ。
「長い下積みだったようですが、この受賞を一番喜んでおられるのはどなたでしょう。一番伝えたい方……とも言いますか」
あっ。
僕の心臓の音は、胸の中でまだ騒がしいけれど、それは僕が待ちに待っていた質問だ。この記者会見も、そのうちユーチューブに上がると聞いている。
「はい……」
僕はネクタイを直し、ゆっくりと呼吸した。
「バイト暮らしの僕を、この歳まで好きにさせてくれた両親はもちろんですが、一人で闇の中に埋もれていた僕を、光の中に連れ出してくれた。信頼し、支えてくれた友人たち、仲間……昭和荘のみんなです。きっとこの動画も見ていると思います」
僕は動画を撮っているカメラに向かって言った。
――――まんま大貫さんのパクリじゃん。
そんな声も聞こえてきそうだ。けど、それでいいんだ。僕はパクリたかったんだから。
質問した記者がパンパンと拍手を始める。その音は波のように全体に伝わり、大きな拍手となっていく。フラッシュの中で僕は今日一番の笑顔になった。
新しい一歩を踏み出したんだ。僕の前のドアは開け放たれた。あとは、進むだけだ。
完
――――
最後までお読みいただきありがとうございました!
このあと、番外編をお送りしますのでもうしばらくお付き合いください!
作者
20
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