追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

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むかしばなしのような出会い

「……そこにいるのは、誰だ……?」

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『むかしむかし、あるところに、うらしまたろうというしょうねんがおりました』

 ――その〝史実〟はね、この世界で、奇跡を起こせるってことなんだよ!

 テトラポットを飲み込むように波が叩く。白いしぶきと柔らかくも重たい波の音がしっとりと爆ぜた。癖の強い磯と潮の香りを、分厚く力強い風が町の方へと押しつける。

「……奇跡なんて、起こせるわけないだろ。今日が誕生日だったんだぞ」

 ここ半年間会話していない、七月二〇日生まれの姉の口癖に文句をつけながら、浦島慶汰は釣り竿を振る。しなった反動を両手に感じ、風に煽られながらも上っていく銀色の釣り針を、覇気のない目で追いかけた。
 神奈川県は鎌倉市。誰もいない、小さな岬。
 真夏の太陽はじりじりと世界を照りつけ、慶汰の影を後ろに短く作っている。
 ぴーひょろろろ……と鳴くトンビは、だいぶ遠くの上空で旋回している。その辺りには広くて綺麗な砂浜があって、ある程度観光客がいそうな気配だが、離れていてよくわからない。
 意味もなく投げた釣り針は、山なりに不器用な曲線を描いて、どこまでも飛んでいく。波しぶきをあげる海へ――カツン。
 慶汰の耳がぴくりと動く。

「……ん?」

 釣り針は、なにもないはずの空中で、小さく弾かれるように跳ねてから、海に落ちた。今度はちゃんと、ポチャンと音が鳴る。
 奇妙だ。
 目頭を揉んで、慶汰は左手で欄干を握った。Tシャツのお腹を押しつけるように少しだけ前のめりになって、眼を細める。
 そこにはただ、海があるだけだ。水平線の彼方まで、ところどころに白い波を立てつつも、吸い込まれるような青が広がっているだけだ。
 慶汰の気のせい、だったのだろうか。
 しかし実際、釣り針の挙動はおかしかった。幻覚ではない。
 事実は事実だ。現実で起きたことは、どう思おうが事実なのだ。
 今回の場合は、釣り針がなにもない空中で跳ねるという現象が起きた。
 なぜ? そこに、釣り針を邪魔する物があるからだ。だが、なにも見えない。
 光の加減のせいで見えていないだけだろうか。
 身体ごと左右に揺れながら凝視しているうちに、慶汰はあることに気づいた。慶汰が睨みつけている空気中よりほんの少し下。海面の色合いが、一部分だけ妙に暗い。
 影だ! 慶汰の足下から背中側へと伸びているように、海の上、釣り針を弾いた辺りの海面にも影がある。
 それも魚影とは様子が違う。海の中にあるものであれば波の動きとは無関係にその形を維持し、それが波に揺れて見えるはずだ。そして同じ理由でトンビのように空にいるわけでもないと言える。
 慶汰の見つけた影の形は、波の動きに沿って動いている。ということは、海面に浮かんでいるということだ。釣り針が弾かれた高さは海面から一メートルより少し高いくらい。慶汰は上躯を捻って自分の影をチラリと見やり、思った。やはり人影だ。形と高さから考えて、そこに人の形をした物体があると考えていい。
 問題は、それが目で見えないことだ。一方で、物理的に人型のそれが海の上に直立していて、だから釣り針が通過できず、太陽光を遮るから影もできる。

「海に……〝透明人間のようななにか〟が浮かんでいる……?」

 慶汰の呟きに対して、おかしな音がレスポンスした。

 ――きゅるるるる……。

 空腹の音だ。お腹を空かせた、可愛らしい音。もちろん慶汰ではない。その音の出所は、まさに慶汰が睨んでいた、透明人間が浮かんでいるあたりである。

「……そこにいるのは、誰だ……?」

 慶汰の問いに、答えるように。
 ぱっ、と人間が出現した。銀髪と、青い和装が特徴的な少女。
 影の答えは、女の子だった。
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