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浦島一家の末裔
「乙姫第二王女? 乙姫って、あの乙姫か……?」
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上った先に飲食店があって、奥に進めば住宅地だ。慶汰はすぐそばの細い路地に身を潜めた。
突然、和装少女が出現する。透明化を解いたのだろう。慶汰の手足や服も見えるようになっている。
「さて、あなた。ウラシマケータとか言ったわね。どういう了見か聞こうじゃないの」
眉を顰めた少女に鉄扇を突きつけられ、慶汰はやっぱこうなるんだな、と苦笑しながら答えた。
「いや、あのままじゃまずいと思って……」
主にナンパ男たちの命と、周辺の人たちの精神面が……とは、心の中だけで付け足した言葉だ。
呆れたように溜息をついた彼女は、鉄扇を袖の中にしまった。
「でもまあ、正直面倒な状況だったし、感謝するわ。ありがと」
拍子抜けした気分で「どういたしまして」と答えると、また少女の目が細くなる。
「なによ?」
「いや、自分でもなにがなんだか……」
「まあいいわ、一つ聞かせて。いったいウラシマって何人いるのよ?」
「はい?」
「だから名前よ。あたしはウラシマって一族の末裔に用があるの。なのにあなたはおろかさっきの男まで、これで五人目よ。いったい何人いるわけ?」
妙な会話の流れに引っかかりを覚えつつ、慶汰は一応素直に教える。
「えっと、姓が浦島の人は、国内で百万人強って聞いてるけど。たしか、多い苗字ランキングトップテンには入ってたはず」
九位か八位だったはずだ。慶汰の感覚で言えば、小林、中村、山本、加藤の姓を持つ人と同じくらいいるわけだ。
「はぁ……っ!? そんなにいるの!?」
「そういうアーちゃんは、いったい何者なのさ」
少女は目を泳がせる。
「お、乙姫第二王女よ」
〈『元』をつけなきゃ〉
即座に幼き少年を思わせる電子音声が割り込んできて、王女を名乗った少女は自身の右手を睨みつけた。
「余計なことは言わないでよろしい」
「乙姫第二王女? 乙姫って、あの乙姫か……?」
慶汰の声が上擦る。妖精や魔法のようなファンタジックな存在が実在するかもしれないというような期待と、幽霊や呪いのような存在してほしくないオカルトが実証されてしまうんじゃないかというような恐怖が入り交じった緊張が、慶汰の顔を強張らせる。
一方で、少女はどうも不満そうに眉を落としながら答えた。
「乙姫陛下はあたしの母上の肩書きであって、あたしはその次女だから乙姫第二王女。というか、母上のことを呼ぶ時はせめて様をつけなさい様を。不敬よ」
慶汰の全身に鳥肌が立った。
「え、ちょっと待って……じゃあまさか……浦島太郎は……竜宮城は――」
亀を助け竜宮城へ行って帰ってきた浦島太郎という人物は、歴史上に実在する。それは義務教育として誰もが習う。だがその内容全てを信じるかどうかとなれば、話は別だ。鎌倉幕府の創設年が昔の年表と今の年表で違うように、誰もが史実だと信じても真実だとは限らない。
「あら、てっきり風化して歴史の墓に埋葬されたとばかり思っていたけれど……知っている人はいるものね。これは重畳」
改めて慶汰は、アーちゃんこと乙姫第二王女を名乗る女の子を見る。
高級そうな木の下駄を履いて、小柄な身体を青い着物で包み、濃い青の帯と金の帯紐で締めて、水色の羽織を身に纏い、綿のような白いストールを、ふわふわと頭上に浮かせている。この真夏にそんな格好をして汗のひとつもかいていないことも含め、消える、飛べる、と異質な存在だ。
「ケータ、と言ったかしら」
竜宮城のお姫様が、真剣な顔つきで慶汰を呼ぶ。
「このあと時間ある? よかったら、色々と話を聞かせてほしいのだけれど」
慶汰としても、彼女の話には興味がある。……だが、予定を忘れてはいけない。
「ごめん、今日は予定があるんだ」
「そう……残念だわ」
せっかく知り合えたのだからと、慶汰は明日また会えないかと提案するつもりだったのだが……それより早く、王女様が振り袖から鉄扇を引き抜く。
「そういうことなら悪いけど、またあたしたちのことは忘れてもらうわね」
「え、ちょ!?」
ぱちん。視界が明滅すると同時に、またしても彼女の姿が消失する。
海での時もそうだったが、喰らった直後に綺麗さっぱり忘れてしまうわけではないらしい。
ならば、と慶汰は待ち合わせ場所まで足を急がせた。忘れる前に父に伝えて、忘れた自分にその話をしてもらえば、思い出せるはずだ。
突然、和装少女が出現する。透明化を解いたのだろう。慶汰の手足や服も見えるようになっている。
「さて、あなた。ウラシマケータとか言ったわね。どういう了見か聞こうじゃないの」
眉を顰めた少女に鉄扇を突きつけられ、慶汰はやっぱこうなるんだな、と苦笑しながら答えた。
「いや、あのままじゃまずいと思って……」
主にナンパ男たちの命と、周辺の人たちの精神面が……とは、心の中だけで付け足した言葉だ。
呆れたように溜息をついた彼女は、鉄扇を袖の中にしまった。
「でもまあ、正直面倒な状況だったし、感謝するわ。ありがと」
拍子抜けした気分で「どういたしまして」と答えると、また少女の目が細くなる。
「なによ?」
「いや、自分でもなにがなんだか……」
「まあいいわ、一つ聞かせて。いったいウラシマって何人いるのよ?」
「はい?」
「だから名前よ。あたしはウラシマって一族の末裔に用があるの。なのにあなたはおろかさっきの男まで、これで五人目よ。いったい何人いるわけ?」
妙な会話の流れに引っかかりを覚えつつ、慶汰は一応素直に教える。
「えっと、姓が浦島の人は、国内で百万人強って聞いてるけど。たしか、多い苗字ランキングトップテンには入ってたはず」
九位か八位だったはずだ。慶汰の感覚で言えば、小林、中村、山本、加藤の姓を持つ人と同じくらいいるわけだ。
「はぁ……っ!? そんなにいるの!?」
「そういうアーちゃんは、いったい何者なのさ」
少女は目を泳がせる。
「お、乙姫第二王女よ」
〈『元』をつけなきゃ〉
即座に幼き少年を思わせる電子音声が割り込んできて、王女を名乗った少女は自身の右手を睨みつけた。
「余計なことは言わないでよろしい」
「乙姫第二王女? 乙姫って、あの乙姫か……?」
慶汰の声が上擦る。妖精や魔法のようなファンタジックな存在が実在するかもしれないというような期待と、幽霊や呪いのような存在してほしくないオカルトが実証されてしまうんじゃないかというような恐怖が入り交じった緊張が、慶汰の顔を強張らせる。
一方で、少女はどうも不満そうに眉を落としながら答えた。
「乙姫陛下はあたしの母上の肩書きであって、あたしはその次女だから乙姫第二王女。というか、母上のことを呼ぶ時はせめて様をつけなさい様を。不敬よ」
慶汰の全身に鳥肌が立った。
「え、ちょっと待って……じゃあまさか……浦島太郎は……竜宮城は――」
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「あら、てっきり風化して歴史の墓に埋葬されたとばかり思っていたけれど……知っている人はいるものね。これは重畳」
改めて慶汰は、アーちゃんこと乙姫第二王女を名乗る女の子を見る。
高級そうな木の下駄を履いて、小柄な身体を青い着物で包み、濃い青の帯と金の帯紐で締めて、水色の羽織を身に纏い、綿のような白いストールを、ふわふわと頭上に浮かせている。この真夏にそんな格好をして汗のひとつもかいていないことも含め、消える、飛べる、と異質な存在だ。
「ケータ、と言ったかしら」
竜宮城のお姫様が、真剣な顔つきで慶汰を呼ぶ。
「このあと時間ある? よかったら、色々と話を聞かせてほしいのだけれど」
慶汰としても、彼女の話には興味がある。……だが、予定を忘れてはいけない。
「ごめん、今日は予定があるんだ」
「そう……残念だわ」
せっかく知り合えたのだからと、慶汰は明日また会えないかと提案するつもりだったのだが……それより早く、王女様が振り袖から鉄扇を引き抜く。
「そういうことなら悪いけど、またあたしたちのことは忘れてもらうわね」
「え、ちょ!?」
ぱちん。視界が明滅すると同時に、またしても彼女の姿が消失する。
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