追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

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うらしまたろうの歴史

「大丈夫か、アーちゃん?」

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 スーツを新調した翌日。慶汰は日課の姉へのお見舞いを終えた後、浦島太郎資料館を目指して電車に乗った。初心に返って、浦島家の研究している浦島太郎のことをもう一度調べ直すことが目的だ。
 そう決意して最寄り駅で下車し、資料館に続く道を歩いていると、脇道のあるところで突然足になにかが引っかかる。

「うお!?」
「きゃっ!?」

 バランスを崩した慶汰は、咄嗟になにかを掴んだ。透明な、肌触りのいい布の感触。続けて胸にのしかかってくる確かな重み。
 右の足首がビリッと痛んで、全身が強張る。背中から落ちて衝撃、間髪入れずに胴体に強烈なプレス。見えない重いものが慶汰を圧し潰す。

「ごふぅ!?」

 まるで空気に質量が宿ったような重みだ。見えもしないのに、その感触から人ではないかと直感が訴える。慶汰の胸には小ぶりな人の手の形をした感触が二つ。そこから腹部にかけて、人の腕であることを示すように、相応の重みがある。
 しかし、視覚的にはなにもない。広がる空はどことなく歪んでいて、目には見えないほど透き通った分厚いガラスがあるかのようだ。

「いったい、なんだ……?」

 得体の知れない恐怖もあったが、それ以上に、なにか大切なことを忘れている、そんな焦燥感の方が強かった。

「あ、あなたは――っ」

 耳元で戸惑った女の子の声が聞こえた瞬間、すっかり忘れていた記憶が蘇る。岬でのこと。鎌倉駅でのこと。そして記憶麻酔術という言葉を思い出した瞬間、確信めいた高揚感が勝って、自然と頬が緩んだ。

「大丈夫か、アーちゃん?」
「……え、ええ」

 声に合わせて彼女の吐息が慶汰の口元を撫でて、急激に全身が熱くなる。もしかすると今、二人の顔はものすごく近くにあるのかもしれない。
 慶汰はなんとか平静を装うつもりで、早口に訴えた。

「なあ、どいてくれると助かるんだが」
「っ……! そ、そうね、ごめんなさい」

 体重のかけ方的に、車道側にどいたのだろう。そして慶汰の予想と多少の誤差がありつつ、和装姫様が出現する。木の下駄、青い着物、濃い青の帯と金の帯紐、水色の羽織、宙に浮く白いストール。
 慶汰も上半身だけ起こして、やけに縮こまっている彼女を見上げた。

「どこか怪我したか? 手か足、捻ってないか?」

 実際慶汰は右足首がズキズキしている。彼女にもなにかあったかもしれない。

「へっ? いや、怪我なんてあたし」

 そうは言うが、少女の表情に余裕はなさそうに見えた。

「じゃあなんでそんな顔してるんだ」
「ちょっとびっくりしただけよ!」
「そっか、ならよかった」

 眉を跳ね上げて元気に叫ぶあたり、大丈夫なのだろう。微笑みかけると、彼女はおずおずと俺に手を差し伸べてきた。

「……ん。立てる?」

 右足の痛みが引かない。もう少し座っていたかったが、心配させるのもよくないと思い、慶汰は彼女の手を取った。

「おお、ありがとう」

 全体重を左足に任せて、少女に引っ張ってもらって立ち上がる。そんなに長く倒れていたはずではないのに、背中がアスファルトの熱をしっかりと帯びている。

「あたしの方こそ、ごめんなさい。じゃあね」

 気まずいと思ったのか、彼女はすぐに姿を消してしまった。瞬間、海で出会った時のように、慶汰の視界で小さな光が明滅して、一瞬だけ目が眩む。
 慶汰は恨みがましく目を細め、しかしすぐに溜息を吐いた。風に乗った上品な残り香が方向を教えてくれたが、この足では追えない。
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