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うらしまたろうの歴史
〈モルネアだよ~、よろしくね?〉
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潔く諦めておとなしく痛みが引くのを待とうと決めて、慶汰は塀に背中を預け、右足をゆっくり持ち上げた。足首が見えるように靴下を下ろす。
……患部が熱い。腫れてはいない……いや、これからか、と予想した刹那。
「怪我したんならそう言いなさいよね!」
「どわっ!?」
慶汰の目の前に、目をつり上げた和装王女様が再出現した。袖口から銀の鉄扇を出して、その側面を慶汰の足首に添える。
「つめてっ!?」
「文句言わないの」
その声は冷たかったが、患部を真剣に見つめる瞳はとても温かった。
「……どう? まだ痛む?」
みるみる痛みが引いていく。どうやらこの少女、治癒魔法も使えるらしい。多少痛みと違和感は残っているが、普通の歩行に支障はなさそうだ。
「ああ、完全に治ったみたいだ、ありがと――」
ずい、と彼女の顔が慶汰に迫る。圧が強い。
「そんなわけないでしょう? 強がらないで」
「……ハイ」
さすがに魔法の使い手だけあって、効力まで熟知しているようだ。敵わないな、と慶汰は頬をかく。
「で、あなたどこ行くつもりだったのよ」
「どこって……なんで?」
「怪我させたお詫びに連れてってあげるって言ってんの。歩けるようにしたとはいえ、悪化しないとも限らないわ」
「ずいぶん面倒見がいいんだな?」
「普通でしょ」
照れるわけでも誇るわけでもなく、平然と言ってのける彼女の姿が、元気だった頃の海来と重なった。
海来もそうなのだ。重たい荷物を背負った見知らぬお婆さんになんの躊躇もなく声をかけられるタイプ。その優しさが過ぎたせいで、海来は……。
「ぼーっとしてないで、どこに行きたいのか教えなさいよ」
慶汰はハッとして、素直に答える。
「あ、ああ……この道をまっすぐ行けばすぐの、浦島太郎資料館だけど」
そう伝えると、彼女は大げさなくらいに喉を鳴らした。
「なっ……!」
〈あらら、奇遇だねぇ。ボクたちと同じ目的地だ〉
電話越しの幼げな音声が聞こえてはっとする。
「うおっ……そういえばいたな、姿の見えないもう一人……!」
〈一人というか一つというか? モルネアだよ~、よろしくね?〉
「そういえばちゃんと自己紹介してなかったな。俺は浦島慶汰。で、モルネアは今どこにいるんだ?」
慶汰は辺りを観察しながら尋ねた。彼女の横にも後ろにも気配はない。地面に三人目の影を探すが見当たらない。
〈しいて言うならネイルコア?〉
「ネイルコア?」
「はぁ……これのことよ」
溜息をついた彼女が、右手の爪を見せてきた。その人差し指の爪だけに、サファイアのように輝くネイルがある。
〈でもネイルコアは仮宿ってだけで、本体ってわけでもないんだよね。ボク、実体がないから〉
慶汰の眉間に皺が寄る。なにを言われているのかわからない。
「実体がない……? 幽霊かなにかで取り憑いてるってことか……?」
〈あはっ、幽霊なんて言われたのは初めてかなぁ! でも面白いしそれでいいよ〉
「いや面白いからって……ちゃんと説明してくれないのか?」
「おいそれと教えるわけがないでしょ。それよりさっさと行くわよ」
まだ完全に信用されているわけではないようだ。なぜなにどうしてと質問を重ねても、簡単には答えてもらえそうにない。
コツコツと木の下駄を鳴らす王女様と並んで歩く。しばらく、お互い無言だった。
その間慶汰は、考えることに集中していた。彼女のことについて。
昨日までは闇雲に浦島という名字を持つ人たちに当たっていた様子。それが今日になって浦島太郎資料館に目をつけた……。
消える魔法に浮く魔法。不可視の銃撃や治癒魔法だって自由自在。おまけに幽霊染みた謎の存在までいる。このあたりの理屈はさっぱりだ。
だが、昨日の鎌倉駅騒ぎの時、囮になろうとした慶汰を見捨てなかったこと、さっき怪我をした慶汰を介抱してくれたこと――悪い奴ではないのだろう。
確信も確証もない。しかし、不思議と自信はあった。
もしも、人が奇跡を起こせるのだとしたら――!
一つの仮説が立ち上がった。意識が思考の深い部分から浮かんできて、ふと、向けられていた眼差しに気づく。
「……えっと、なにか?」
「別に。ただ、なにを考えているのかしら、と思っただけよ」
「ああ……どうやってアーちゃんに玉手箱を渡しつつ他のすべてを丸く収めようか……と」
瞬間、彼女の表情が強張った。だが慶汰は気にせず続ける。
「俺の一存で『はいどうぞ』って渡せる代物じゃないんだよなぁ。でもアーちゃんにはそれが必要らしい。それを知ってしまった以上、なんとかしてあげたいんだけど……。必要なんだよな? 玉手箱」
慶汰の確認に対して、彼女はうんともすんとも言わず、質問で返した。
「ま、待ちなさい……! なんであたしが玉手箱を必要としていると思ったの?」
「ん、アーちゃんが玉手箱を求める理由、か……ふむ」
考えをまとめながら歩いているうちに、浦島太郎資料館に着いてしまった。慶汰は少女たちにあれがそうだと示しながら、答えを出す。
「二割くらい勘なんだけど――アーちゃんが竜宮城に帰るため、かな?」
「なっ……!? なんでそれを!?」
相当驚かせてしまったのか、鉄扇を向けられてしまった。
慶汰は慌てて諫める。
「まあまあ! 浦島太郎についてある程度知ってりゃ自然とわかるんだって! 今からそれを説明するから! どうせ俺の右足、まだ様子見ないとまずいんだろ?」
彼女は、ふてくされたような顔で慶汰をじろりと見ながら、鉄扇をしまった。
「ねぇモルネア、なんかこの人変よッ!」
〈や、アロップも十分そっち側な気がするけど〉
なにやらひどい言われような気もするが、慶汰はツッコミを入れることを忘れて、胸のつかえが取れたことを喜んでいた。
――アロップ……そうそう、この子の名前、アーロドロップちゃんだ!
……患部が熱い。腫れてはいない……いや、これからか、と予想した刹那。
「怪我したんならそう言いなさいよね!」
「どわっ!?」
慶汰の目の前に、目をつり上げた和装王女様が再出現した。袖口から銀の鉄扇を出して、その側面を慶汰の足首に添える。
「つめてっ!?」
「文句言わないの」
その声は冷たかったが、患部を真剣に見つめる瞳はとても温かった。
「……どう? まだ痛む?」
みるみる痛みが引いていく。どうやらこの少女、治癒魔法も使えるらしい。多少痛みと違和感は残っているが、普通の歩行に支障はなさそうだ。
「ああ、完全に治ったみたいだ、ありがと――」
ずい、と彼女の顔が慶汰に迫る。圧が強い。
「そんなわけないでしょう? 強がらないで」
「……ハイ」
さすがに魔法の使い手だけあって、効力まで熟知しているようだ。敵わないな、と慶汰は頬をかく。
「で、あなたどこ行くつもりだったのよ」
「どこって……なんで?」
「怪我させたお詫びに連れてってあげるって言ってんの。歩けるようにしたとはいえ、悪化しないとも限らないわ」
「ずいぶん面倒見がいいんだな?」
「普通でしょ」
照れるわけでも誇るわけでもなく、平然と言ってのける彼女の姿が、元気だった頃の海来と重なった。
海来もそうなのだ。重たい荷物を背負った見知らぬお婆さんになんの躊躇もなく声をかけられるタイプ。その優しさが過ぎたせいで、海来は……。
「ぼーっとしてないで、どこに行きたいのか教えなさいよ」
慶汰はハッとして、素直に答える。
「あ、ああ……この道をまっすぐ行けばすぐの、浦島太郎資料館だけど」
そう伝えると、彼女は大げさなくらいに喉を鳴らした。
「なっ……!」
〈あらら、奇遇だねぇ。ボクたちと同じ目的地だ〉
電話越しの幼げな音声が聞こえてはっとする。
「うおっ……そういえばいたな、姿の見えないもう一人……!」
〈一人というか一つというか? モルネアだよ~、よろしくね?〉
「そういえばちゃんと自己紹介してなかったな。俺は浦島慶汰。で、モルネアは今どこにいるんだ?」
慶汰は辺りを観察しながら尋ねた。彼女の横にも後ろにも気配はない。地面に三人目の影を探すが見当たらない。
〈しいて言うならネイルコア?〉
「ネイルコア?」
「はぁ……これのことよ」
溜息をついた彼女が、右手の爪を見せてきた。その人差し指の爪だけに、サファイアのように輝くネイルがある。
〈でもネイルコアは仮宿ってだけで、本体ってわけでもないんだよね。ボク、実体がないから〉
慶汰の眉間に皺が寄る。なにを言われているのかわからない。
「実体がない……? 幽霊かなにかで取り憑いてるってことか……?」
〈あはっ、幽霊なんて言われたのは初めてかなぁ! でも面白いしそれでいいよ〉
「いや面白いからって……ちゃんと説明してくれないのか?」
「おいそれと教えるわけがないでしょ。それよりさっさと行くわよ」
まだ完全に信用されているわけではないようだ。なぜなにどうしてと質問を重ねても、簡単には答えてもらえそうにない。
コツコツと木の下駄を鳴らす王女様と並んで歩く。しばらく、お互い無言だった。
その間慶汰は、考えることに集中していた。彼女のことについて。
昨日までは闇雲に浦島という名字を持つ人たちに当たっていた様子。それが今日になって浦島太郎資料館に目をつけた……。
消える魔法に浮く魔法。不可視の銃撃や治癒魔法だって自由自在。おまけに幽霊染みた謎の存在までいる。このあたりの理屈はさっぱりだ。
だが、昨日の鎌倉駅騒ぎの時、囮になろうとした慶汰を見捨てなかったこと、さっき怪我をした慶汰を介抱してくれたこと――悪い奴ではないのだろう。
確信も確証もない。しかし、不思議と自信はあった。
もしも、人が奇跡を起こせるのだとしたら――!
一つの仮説が立ち上がった。意識が思考の深い部分から浮かんできて、ふと、向けられていた眼差しに気づく。
「……えっと、なにか?」
「別に。ただ、なにを考えているのかしら、と思っただけよ」
「ああ……どうやってアーちゃんに玉手箱を渡しつつ他のすべてを丸く収めようか……と」
瞬間、彼女の表情が強張った。だが慶汰は気にせず続ける。
「俺の一存で『はいどうぞ』って渡せる代物じゃないんだよなぁ。でもアーちゃんにはそれが必要らしい。それを知ってしまった以上、なんとかしてあげたいんだけど……。必要なんだよな? 玉手箱」
慶汰の確認に対して、彼女はうんともすんとも言わず、質問で返した。
「ま、待ちなさい……! なんであたしが玉手箱を必要としていると思ったの?」
「ん、アーちゃんが玉手箱を求める理由、か……ふむ」
考えをまとめながら歩いているうちに、浦島太郎資料館に着いてしまった。慶汰は少女たちにあれがそうだと示しながら、答えを出す。
「二割くらい勘なんだけど――アーちゃんが竜宮城に帰るため、かな?」
「なっ……!? なんでそれを!?」
相当驚かせてしまったのか、鉄扇を向けられてしまった。
慶汰は慌てて諫める。
「まあまあ! 浦島太郎についてある程度知ってりゃ自然とわかるんだって! 今からそれを説明するから! どうせ俺の右足、まだ様子見ないとまずいんだろ?」
彼女は、ふてくされたような顔で慶汰をじろりと見ながら、鉄扇をしまった。
「ねぇモルネア、なんかこの人変よッ!」
〈や、アロップも十分そっち側な気がするけど〉
なにやらひどい言われような気もするが、慶汰はツッコミを入れることを忘れて、胸のつかえが取れたことを喜んでいた。
――アロップ……そうそう、この子の名前、アーロドロップちゃんだ!
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