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うらしまたろうの歴史
「へぇ。絵本もあながち的外れでもないのか?」
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浦島太郎資料館は、広々とした平屋建ての建物だ。浦島太郎に関する資料はもちろん、喫茶竜宮城という小規模のカフェも併設されている。
「……あたしの分の入館料まで払ってもらっちゃって悪いわね」
「いや、透明化する魔法で不法侵入するのを見過ごすわけにもいかないし」
「そう? ありがと」
慶汰が堂々としていたからだろうか。受付のお姉さんからは奇異の目を向けられたものの、身元を確認されるようなことにはならなかった。それどころか、アーロドロップから容赦なく記憶麻酔術を浴びせられて、わけもわからず両眼を覆っていた。
ただ顔を見られただけで記憶麻酔術なんてやりすぎではないか、と思った慶汰だが、自身もこの後別れ際にもう一度やられるのかと思うと、文句をつけるのも億劫になった。
「とにかく、まずは日本国民にとっての浦島太郎について学んでもらわないとな」
入ってすぐのところに、ひらがなで書かれた一番オーソドックスな絵本が一冊、読めるように置かれている。もちろん浦島太郎の絵本だ。
「またずいぶんとほのぼのした本ね」
「子供向けだからなぁ。というか、浦島太郎が竜宮城にいる時のことって、そっちじゃどう伝わっているんだ?」
雑談気分のつもりで振ったのだが、アーロドロップはげんなりと肩を落とした。
「そんなもの、ほとんどなかったわよ」
〈あればもう少し早くここに辿り着いていたかもねぇ〉
「それもそうか。なら、ここからちゃんと説明しておいた方がいいかもな」
説明といっても、一番オーソドックスな内容の絵本について説明して終わりだ。もし質問が来たら答えればいいだろう。
アーロドロップは黙々と読み始める。こころなしか目が輝いているのは、好奇心からだろうか。
内容は至極基本的なものだ。
遙か大昔、浦島太郎という少年が、いじめっ子から亀を助ける。
数日後、亀を助けたお礼に、と、浦島太郎は竜宮城に招待された。
そこで乙姫と出会い、竜宮城での夢のような生活を、時間を忘れて楽しむ。
やがて数年の時が過ぎ、故郷が恋しくなった浦島太郎は、帰ると言い出す。
乙姫様から玉手箱を貰って帰ってくると、故郷では数百年という年月が経過していた。
浦島太郎が玉手箱を開けると、お爺さんになってしまった。
おしまい。
「ふうん? 地上人が生身で竜宮城に入れたのは亀の仕業としても、箱を開けた途端にいきなりお爺さん……ねぇ」
じとー。アーロドロップの呆れ半分の疑惑に満ちた視線が、絵本を撫でていた。
「……ありえない、のか?」
「そうねぇ、これはいくらなんでも説明がつかない……いえ、説明づけようとすれば説明つくんでしょうけど」
〈派手に盛ってるってやつだよぅ。自慢話で数字の桁繰り上げる人、周りにいなーい?〉
「そういう感覚なのか……」
どうにもうさんくさいと言いたいらしい。魔法が使える奴らに言われてもな、と思った慶汰だが、同時に万能ではないことも思い出す。
透明化魔法は影や音までは消せず、記憶を消す魔法も直接声を聞くか姿を見れば全て思い出し、治癒魔法は捻挫を即座に完治させるほどではない……魔法にも限度はあるのだろう。人を急激に老化させることも、彼女たちにとってもあり得ないことなのかもしれない。
「というか、俺からすれば、亀に伝言役が務まるって方がリアリティないんだが」
「生物の使役に関しては、現代より古代の方が長けていたらしいわ。どうもこっちの世界だって、似たような感じらしいし」
そう言って開いてみせられたのは、浦島太郎が竜宮城から日本に帰ってきたシーンだ。背景には豪華な荷車を引く牛車の絵がある。たしかに、昔は牛車や馬車だっただろうが、今は自動車だ。
「へぇ。絵本もあながち的外れでもないのか?」
あくまでも史実を子供向けの読み物として編纂したものだからフィクションも多いだろう……と高を括っていただけに、気づかされることがあって驚きだ。
心の底から感心しつつ、次のコーナーへ。
「で、こっからが本格的な資料だな」
鍵のかかった大きなガラスケースには、黄ばんだ古い紙に大昔の文字が書かれた書物や、おそらくは乙姫様を描いたとおぼしき掛け軸などが展示されていた。
「それに、史実とまったく違う、因果関係が不明なものまで存在している」
古い言葉で書かれた物については、現代語訳された文章が用意されている。
浦島太郎の名前が浦島子だったり、亀が出てこなかったりするものもあれば、竜宮城ではない別のところへ行ってそのまま帰ってこないパターンまである。
要するに、史実すら諸説ある、ということだ。
「なにからなにまで違うじゃないの……」
「紹介しておいてなんだけど、あまり真に受けるなよ。竜宮城中国説、竜宮城宇宙説、竜宮城は空を移動している説、浦島太郎は竜宮城に行ったきり帰ってこなかった説……どれも他のと両立しない話ばかりだからな」
慶汰の補足を聞いて、アーロドロップの頬が微妙に引きつった。
〈アロップどうする? これ全部記録しとく?〉
「……そうね。信憑性がないとしても、貴重なデータであることに変わりはないし。情報、ごっちゃにならないようにしておいてよね」
〈りょーかーい〉
慶汰は咄嗟に周囲に人がいないのを確認して、二人に手を向ける。
「ちょ、記録って……館内は原則撮影禁止で……」
〈でもボクがまるっと暗記する分にはいいんでしょ~?〉
「それはまあ……?」
〈そういうことなら問題なーし。次いってみよ~〉
「……あたしの分の入館料まで払ってもらっちゃって悪いわね」
「いや、透明化する魔法で不法侵入するのを見過ごすわけにもいかないし」
「そう? ありがと」
慶汰が堂々としていたからだろうか。受付のお姉さんからは奇異の目を向けられたものの、身元を確認されるようなことにはならなかった。それどころか、アーロドロップから容赦なく記憶麻酔術を浴びせられて、わけもわからず両眼を覆っていた。
ただ顔を見られただけで記憶麻酔術なんてやりすぎではないか、と思った慶汰だが、自身もこの後別れ際にもう一度やられるのかと思うと、文句をつけるのも億劫になった。
「とにかく、まずは日本国民にとっての浦島太郎について学んでもらわないとな」
入ってすぐのところに、ひらがなで書かれた一番オーソドックスな絵本が一冊、読めるように置かれている。もちろん浦島太郎の絵本だ。
「またずいぶんとほのぼのした本ね」
「子供向けだからなぁ。というか、浦島太郎が竜宮城にいる時のことって、そっちじゃどう伝わっているんだ?」
雑談気分のつもりで振ったのだが、アーロドロップはげんなりと肩を落とした。
「そんなもの、ほとんどなかったわよ」
〈あればもう少し早くここに辿り着いていたかもねぇ〉
「それもそうか。なら、ここからちゃんと説明しておいた方がいいかもな」
説明といっても、一番オーソドックスな内容の絵本について説明して終わりだ。もし質問が来たら答えればいいだろう。
アーロドロップは黙々と読み始める。こころなしか目が輝いているのは、好奇心からだろうか。
内容は至極基本的なものだ。
遙か大昔、浦島太郎という少年が、いじめっ子から亀を助ける。
数日後、亀を助けたお礼に、と、浦島太郎は竜宮城に招待された。
そこで乙姫と出会い、竜宮城での夢のような生活を、時間を忘れて楽しむ。
やがて数年の時が過ぎ、故郷が恋しくなった浦島太郎は、帰ると言い出す。
乙姫様から玉手箱を貰って帰ってくると、故郷では数百年という年月が経過していた。
浦島太郎が玉手箱を開けると、お爺さんになってしまった。
おしまい。
「ふうん? 地上人が生身で竜宮城に入れたのは亀の仕業としても、箱を開けた途端にいきなりお爺さん……ねぇ」
じとー。アーロドロップの呆れ半分の疑惑に満ちた視線が、絵本を撫でていた。
「……ありえない、のか?」
「そうねぇ、これはいくらなんでも説明がつかない……いえ、説明づけようとすれば説明つくんでしょうけど」
〈派手に盛ってるってやつだよぅ。自慢話で数字の桁繰り上げる人、周りにいなーい?〉
「そういう感覚なのか……」
どうにもうさんくさいと言いたいらしい。魔法が使える奴らに言われてもな、と思った慶汰だが、同時に万能ではないことも思い出す。
透明化魔法は影や音までは消せず、記憶を消す魔法も直接声を聞くか姿を見れば全て思い出し、治癒魔法は捻挫を即座に完治させるほどではない……魔法にも限度はあるのだろう。人を急激に老化させることも、彼女たちにとってもあり得ないことなのかもしれない。
「というか、俺からすれば、亀に伝言役が務まるって方がリアリティないんだが」
「生物の使役に関しては、現代より古代の方が長けていたらしいわ。どうもこっちの世界だって、似たような感じらしいし」
そう言って開いてみせられたのは、浦島太郎が竜宮城から日本に帰ってきたシーンだ。背景には豪華な荷車を引く牛車の絵がある。たしかに、昔は牛車や馬車だっただろうが、今は自動車だ。
「へぇ。絵本もあながち的外れでもないのか?」
あくまでも史実を子供向けの読み物として編纂したものだからフィクションも多いだろう……と高を括っていただけに、気づかされることがあって驚きだ。
心の底から感心しつつ、次のコーナーへ。
「で、こっからが本格的な資料だな」
鍵のかかった大きなガラスケースには、黄ばんだ古い紙に大昔の文字が書かれた書物や、おそらくは乙姫様を描いたとおぼしき掛け軸などが展示されていた。
「それに、史実とまったく違う、因果関係が不明なものまで存在している」
古い言葉で書かれた物については、現代語訳された文章が用意されている。
浦島太郎の名前が浦島子だったり、亀が出てこなかったりするものもあれば、竜宮城ではない別のところへ行ってそのまま帰ってこないパターンまである。
要するに、史実すら諸説ある、ということだ。
「なにからなにまで違うじゃないの……」
「紹介しておいてなんだけど、あまり真に受けるなよ。竜宮城中国説、竜宮城宇宙説、竜宮城は空を移動している説、浦島太郎は竜宮城に行ったきり帰ってこなかった説……どれも他のと両立しない話ばかりだからな」
慶汰の補足を聞いて、アーロドロップの頬が微妙に引きつった。
〈アロップどうする? これ全部記録しとく?〉
「……そうね。信憑性がないとしても、貴重なデータであることに変わりはないし。情報、ごっちゃにならないようにしておいてよね」
〈りょーかーい〉
慶汰は咄嗟に周囲に人がいないのを確認して、二人に手を向ける。
「ちょ、記録って……館内は原則撮影禁止で……」
〈でもボクがまるっと暗記する分にはいいんでしょ~?〉
「それはまあ……?」
〈そういうことなら問題なーし。次いってみよ~〉
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