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うらしまたろうの歴史
「――あたし、追放されたの」
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喫茶竜宮城。絵本に描かれそうな竜宮城をモチーフにした喫茶店で、資料館の片隅に併設されている。二人がけテーブルばかりが七セットほど並ぶ店内には、慶汰たちしか客がいなかった。
「で? いい加減教えなさいよ。さっきの資料で、どうしてあたしの現状がわかるのよ?」
アーロドロップは慶汰を睨めつけながらストローに口をつけると、おいしい、と目を丸くした。オレンジジュースが気に入ったようである。
「まず前提として、これまで聞いたアロップちゃんたちの発言をすべて信じるものとする。すると、自ずと推測できる」
「ごほっごほっ!」
盛大にむせて、アーロドロップが目を眇める。
「……ちょっと待って。あなたねえ、いつの間にアーちゃん呼びから変わってんのよ」
「あれ、気に入ってたのか?」
「んなっ……! とにかく、ちゃん付けはやめて」
アーロドロップは唇を尖らせたものの、初対面の時のように鉄扇を向けてくることはなかった。少しずつ警戒が解けてきているみたいだ、と、つい慶汰の頬が緩む。
「じゃあアロップ、俺のことも名前で呼んでくれ。慶汰な、慶汰」
浦島呼びでもよいのだが、後のことを考えると最初から名前で呼ばせた方が都合がいい。既に慶汰の脳内では、彼女を浦島さんが何人も集まるところに誘うイメージまで浮かんでいた。
「わかったわ。とにかく慶汰、聞かせてもらおうじゃないのよ。その推測とやらを」
慶汰は頷いて、早速状況を整理した。
「一つ。玉手箱を浦島太郎が持ち帰ったのは、今から六〇〇年以上前。仮に玉手箱が竜宮城にとって必要なものだとすれば、もっと大昔の時代に取り戻しに来たはずだ。なのになぜ、六〇〇年も経過した今になってアロップが来たのか」
もちろん、浦島太郎がタイムスリップしているのだ。本当に地上と竜宮城で時間の流れが違うなら、竜宮城側からすればそう時間が経っていないのかもしれない。
しかし、アーロドロップは昨日まで、ウラシマと名乗る人たちに手当たり次第にアタックしていた。また、浦島太郎資料館に目をつけたのは今日になってのこと。ここから、手がかりをロクに持っていないことが推察できる。
そして「風化して歴史の墓に埋葬されたとばかり思っていた」とも言っていた。すると、竜宮城でも遙か昔に失われたことになっているのだ。ならば、どうして今さら取りに来たのだろうか。
「二つ。アロップが乙姫第二王女と名乗った時、モルネアが元と補足した。事情は知らないが、とにかくアロップは、王族だった時期があって、少なくとも今はその身分を剥奪されている」
「ぐぬぬっ……!」
テーブルの下、スニーカーのつま先が、木の下駄の歯で踏みつけられた。
「いたっ!? わ、悪かったって! でも図星――ったぁ!?」
咄嗟に足を引っ込めれば、今度は向こう脛をげしげしと蹴ってくる。
「いたたっ……。とにかく、これは俺の勘だけど、浦島一族の末裔に用があることと、王族の身分を剥奪されていること――この二つの事実は、密接に関係しているんじゃないか? たとえば、王族の身分を取り戻したければ玉手箱を取ってこい、と言われた、みたいな。あるいは、王族だと証明するために玉手箱を取ってこい、かもしれないが」
学校で悪ふざけをして窓ガラスを割ったら、反省文を書かなければいけないように。あるいは、話を聞かれたくない人を追い出すために、適当な用事を頼むかのように。
アーロドロップは、身分を剥奪され、玉手箱を取りに来たのではないだろうか。
「そう考えると、何百年もそっち側が玉手箱を放置していたことと、アロップが事実上単独で動いていることにも、一応の説明がつく」
遙か昔の人間の末裔を……それもろくな手がかりのない人を捜索するのに、たった一人しか人手を用意しないなんて、探す気がないと言っているようなものだ。なのにその一人が元王族となれば、そこに理由がない方がおかしい。
「つまり竜宮城側は、浦島太郎の末裔に用があってアロップを派遣したんじゃない。それはあくまでも名目なんだ。アロップから身分を剥奪するための名目。あるいは、アロップが身分を取り戻すための名目か」
慶汰は一呼吸置いて、断言した。
「そういう背景があるとして、アロップは何用で浦島太郎の末裔を探しているのか――一番シンプルなのは、玉手箱を持ち帰ることが、試練のような何かの達成条件だからだ。というか、それ以外に想像がつかない」
だが、アーロドロップの下がった目尻が、答え合わせをしてくれた。
「ええ。なにからなにまで慶汰の言う通り。――あたし、追放されたの」
◇
「あたしたちが生きる地球という惑星のコアは、龍脈を絶えず生成しているわ」
アーロドロップは、努めて慶汰にわかりやすいように説明していた。
龍脈は、自然、力学的、科学、波――あらゆるエネルギーそのものに干渉する龍脈エネルギーを持っている。それ故にひどく不安定で、地殻の外に滲み出るとすぐに海水に溶けてその力を失ってしまう。
……だが、遙か太古の時代。地殻にわずかな穴があいて、龍脈が海底を突き破って噴き出した。結果、海底に巨大な空間が広がり固着して、異空間として独立した。その内部では、強い龍脈が、熱や光に変換されつつ、絶えず海底空間内に放出され続けた。
それによって独自の自然が育まれ……長い年月をかけて海底人類が誕生し、文明を築き上げた。
「それが竜宮城のなりたちよ。絵本では一つの城として描かれていたけれど、実際には海と陸と空があって、それらを含めた龍脈空間のことを指すわ。竜宮城にある王都ウォータルが、あたしの生まれ故郷ね」
世界の違いを簡単に説明して、アーロドロップは話題をこれまでの経緯の話に変える。どう説明したものか……ひとまず、発端となったモルネアの兵器起動により母親である乙姫陛下に呼び出されたことから話せばいいだろうと、アーロドロップはゆっくり語りだす。
「で? いい加減教えなさいよ。さっきの資料で、どうしてあたしの現状がわかるのよ?」
アーロドロップは慶汰を睨めつけながらストローに口をつけると、おいしい、と目を丸くした。オレンジジュースが気に入ったようである。
「まず前提として、これまで聞いたアロップちゃんたちの発言をすべて信じるものとする。すると、自ずと推測できる」
「ごほっごほっ!」
盛大にむせて、アーロドロップが目を眇める。
「……ちょっと待って。あなたねえ、いつの間にアーちゃん呼びから変わってんのよ」
「あれ、気に入ってたのか?」
「んなっ……! とにかく、ちゃん付けはやめて」
アーロドロップは唇を尖らせたものの、初対面の時のように鉄扇を向けてくることはなかった。少しずつ警戒が解けてきているみたいだ、と、つい慶汰の頬が緩む。
「じゃあアロップ、俺のことも名前で呼んでくれ。慶汰な、慶汰」
浦島呼びでもよいのだが、後のことを考えると最初から名前で呼ばせた方が都合がいい。既に慶汰の脳内では、彼女を浦島さんが何人も集まるところに誘うイメージまで浮かんでいた。
「わかったわ。とにかく慶汰、聞かせてもらおうじゃないのよ。その推測とやらを」
慶汰は頷いて、早速状況を整理した。
「一つ。玉手箱を浦島太郎が持ち帰ったのは、今から六〇〇年以上前。仮に玉手箱が竜宮城にとって必要なものだとすれば、もっと大昔の時代に取り戻しに来たはずだ。なのになぜ、六〇〇年も経過した今になってアロップが来たのか」
もちろん、浦島太郎がタイムスリップしているのだ。本当に地上と竜宮城で時間の流れが違うなら、竜宮城側からすればそう時間が経っていないのかもしれない。
しかし、アーロドロップは昨日まで、ウラシマと名乗る人たちに手当たり次第にアタックしていた。また、浦島太郎資料館に目をつけたのは今日になってのこと。ここから、手がかりをロクに持っていないことが推察できる。
そして「風化して歴史の墓に埋葬されたとばかり思っていた」とも言っていた。すると、竜宮城でも遙か昔に失われたことになっているのだ。ならば、どうして今さら取りに来たのだろうか。
「二つ。アロップが乙姫第二王女と名乗った時、モルネアが元と補足した。事情は知らないが、とにかくアロップは、王族だった時期があって、少なくとも今はその身分を剥奪されている」
「ぐぬぬっ……!」
テーブルの下、スニーカーのつま先が、木の下駄の歯で踏みつけられた。
「いたっ!? わ、悪かったって! でも図星――ったぁ!?」
咄嗟に足を引っ込めれば、今度は向こう脛をげしげしと蹴ってくる。
「いたたっ……。とにかく、これは俺の勘だけど、浦島一族の末裔に用があることと、王族の身分を剥奪されていること――この二つの事実は、密接に関係しているんじゃないか? たとえば、王族の身分を取り戻したければ玉手箱を取ってこい、と言われた、みたいな。あるいは、王族だと証明するために玉手箱を取ってこい、かもしれないが」
学校で悪ふざけをして窓ガラスを割ったら、反省文を書かなければいけないように。あるいは、話を聞かれたくない人を追い出すために、適当な用事を頼むかのように。
アーロドロップは、身分を剥奪され、玉手箱を取りに来たのではないだろうか。
「そう考えると、何百年もそっち側が玉手箱を放置していたことと、アロップが事実上単独で動いていることにも、一応の説明がつく」
遙か昔の人間の末裔を……それもろくな手がかりのない人を捜索するのに、たった一人しか人手を用意しないなんて、探す気がないと言っているようなものだ。なのにその一人が元王族となれば、そこに理由がない方がおかしい。
「つまり竜宮城側は、浦島太郎の末裔に用があってアロップを派遣したんじゃない。それはあくまでも名目なんだ。アロップから身分を剥奪するための名目。あるいは、アロップが身分を取り戻すための名目か」
慶汰は一呼吸置いて、断言した。
「そういう背景があるとして、アロップは何用で浦島太郎の末裔を探しているのか――一番シンプルなのは、玉手箱を持ち帰ることが、試練のような何かの達成条件だからだ。というか、それ以外に想像がつかない」
だが、アーロドロップの下がった目尻が、答え合わせをしてくれた。
「ええ。なにからなにまで慶汰の言う通り。――あたし、追放されたの」
◇
「あたしたちが生きる地球という惑星のコアは、龍脈を絶えず生成しているわ」
アーロドロップは、努めて慶汰にわかりやすいように説明していた。
龍脈は、自然、力学的、科学、波――あらゆるエネルギーそのものに干渉する龍脈エネルギーを持っている。それ故にひどく不安定で、地殻の外に滲み出るとすぐに海水に溶けてその力を失ってしまう。
……だが、遙か太古の時代。地殻にわずかな穴があいて、龍脈が海底を突き破って噴き出した。結果、海底に巨大な空間が広がり固着して、異空間として独立した。その内部では、強い龍脈が、熱や光に変換されつつ、絶えず海底空間内に放出され続けた。
それによって独自の自然が育まれ……長い年月をかけて海底人類が誕生し、文明を築き上げた。
「それが竜宮城のなりたちよ。絵本では一つの城として描かれていたけれど、実際には海と陸と空があって、それらを含めた龍脈空間のことを指すわ。竜宮城にある王都ウォータルが、あたしの生まれ故郷ね」
世界の違いを簡単に説明して、アーロドロップは話題をこれまでの経緯の話に変える。どう説明したものか……ひとまず、発端となったモルネアの兵器起動により母親である乙姫陛下に呼び出されたことから話せばいいだろうと、アーロドロップはゆっくり語りだす。
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