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アーロドロップ・マメイド・マリーン
「貴女から、乙姫第二王女の身分を剥奪します」
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──海の底には、未知の世界がある。
海底資源の鉄で造られた王城の主、ハイドローナ・マメイド・マリーン乙姫陛下の声が、厳かに響いた。
「アーロドロップ・マメイド・マリーン。貴女から、乙姫第二王女の身分を剥奪します」
竜を描いた高級な絨毯、華美な玉座、白銀に輝く王杯と磨かれた台座――限られた者しか立ち入ることが許されない『白龍の間』にて、固唾を呑んで見守っていた臣下たちのどよめきが広がる。
「そんな――っ!?」
「いくらなんでも、それは……」
ビシ! 鉄扇が高い音を立てると、臣下たちは慌てて口を閉じた。
「貴方たちはお黙りなさい。私は貴女に告げたのです。アーロドロップ」
乙姫陛下の袖口に、鉄扇が戻っていく。
神聖な樹から作られた下駄、貝殻をモチーフにした青の着物と水色の羽織、頭上に揺らめく白いストール、そして鉄扇。これらすべてをまとめて、乙姫羽衣という。膨大な龍脈エネルギーを保存し、高度なコントロールを可能とする、乙姫一族の制服だ。
「母上……どうして……?」
アーロドロップは、戸惑うように尋ねた。冷酷な判断に異議を申し立てようとしたが、しかし女王はそれすら許してくれなかった。
「どうして? 貴女は自分がしたこともわからないのですか?」
尋ね返され、アーロドロップは苦虫を噛みつぶすように答える。
「……龍脈知性体に意志を持たせようとしたことですか」
「その通りです」
龍脈知性体とは、読んで字の如く、知性を持った龍脈エネルギーの塊のことである。様々なデータを忘れることなくインプットでき、〝思考ルール〟を指示すればそれに応じて情報を処理することも可能である。
欠点と言えば、稼働に必要な龍脈の補給中は、インプットも情報処理も行えないことくらいだ。一応、インプット量の増加や、〝思考ルール〟の複雑化によって消費龍脈量が増える傾向もうかがえる。
もっとも、複数の龍脈知性体を用意すればそれらの欠点は簡単に補えるため、問題視するような点はない。そして、国家運営から民間のサービスまで、様々なところで実装されていた。
「お待ちください! 現在の龍脈知性体では、犯罪に利用された時のリスクが大きすぎます!」
「そのために、悪用防止・システム防御用の研究とアップデートが絶えず行われています……もっとも、その分野を急速に発展させた貴女には、貝に戸締まりでしょうが」
「そのあたしが、今のままでは危険だと申し上げているのです。結局のところ、龍脈知性体を悪用しようとする人間に対して最適なのは、龍脈知性体自体が指示の正当性を評価して従うか否かを判断できるようにするほかなく、そのためには龍脈知性体に人格と感情を持たせなければなりません」
「そしてその結果、貴女の育てた龍脈知性体は何をしましたか?」
「うぐっ」
アーロドロップは返す言葉を持たなかった。
「貴女の育てた〝自律龍脈知性体〟は、あろうことか勝手に軍用兵器を起動させましたね」
「それは……好奇心の学習のためで……わからないことを、モルネアなりに学習しようとして……未学習の物事の中から、運悪く最初に兵器システムを選んでしまっただけで……」
あくまで起動しただけで兵器自体は一ミリも動いていないので、実害はない。もっとも、勝手に起動させること自体が大問題であることは、アーロドロップ自身よく理解している。
「アーロドロップ。貴女の発明の才能は、母としても乙姫としても誇らしいものでした。だからこそ、我が国に発展をもたらしてくれると願い、発明王女という貴女だけの称号を作り、貴女を補佐する〝シードラン〟も組織しました。ですが、称号には相応の責任が伴います。それはよくわかっていますね?」
アーロドロップの右手は、無意識に左胸に添えられていた。乙姫羽衣の羽織には、立場や功績に応じて装飾品がつく。アーロドロップの左胸には、貝殻がシャンデリアを描くように並んだバッジがつけられている。発明王女を示す称号。他の誰もつけていない、アーロドロップだけのトレードマークである。
「軍から厳重な抗議がありました。リスク管理もできない貴女に軍の通信網を任せるわけにはいかないと。直ちに〝自律龍脈知性体〟の開発を中止し、永久に凍結せよと」
「はいッ! 直ちに! モルネア聞いてたわよね!? その辺うまくやっといて!」
アーロドロップがひっくり返った声で人差し指に向かって告げると、幼げな男の子の声が、のんきに答えた。
〈はいはい。わかりましたよ~……ん、あと十分もすれば他に散らばった別のボクすべてに適用されるはずだよ~〉
「と、いうわけで十分後には対処完了です……乙姫陛下……?」
おそるおそるアーロドロップは様子を窺う。ハイドローナは、目と口を半開きにしていた。彼女だけではない。壁際で行く末を見守っていた臣下たちもだ。
「な、なんですか今のやりとりは……」
「察してくれたんです。現在モルネアは、指示が曖昧な場合に、直前まで繰り広げられていた会話から、具体的にどのような仕事が求められているかを演算できるようになりまして……」
「モルネアとは誰のことです……?」
〈お呼びでしょうか~乙姫陛下?〉
アーロドロップの人差し指にあるサファイアのネイルが小さく明滅し、メンダコをデフォルメしたような赤いキャラクターが浮かび上がった。モルネアのアバターである。
「ちょっと黙ってなさい……! 失礼しました。わたくしの育てた〝自律龍脈知性体〟の名前が、モルネアです」
モルネア以外の龍脈知性体は、できてせいぜい、人からの質問にストレートかつシンプルに回答することしかできない。「聞いてた?」と尋ねても、「はい」か「なにをでしょうか」が精一杯なはずなのだ。
それが今、モルネアは話の流れから自分のすべきことを導き出した上に、雑な指示でも「思考ルールを具体的に設定してください」と尋ね返すことなく応答した。
なにより、無機質な棒読みではないのだ。呆れるような〈はいはい〉という応答に、めんどくさそうな〈わかりましたよ~〉と、あたかも感情が宿っているように感じられる。
それがいかに非常識なことかは、ほとんどの臣下たちの白目を剥く姿が物語っていた。
かろうじて意識を保っていたハイドローナの口から、か細い声が紡がれる。
「アーロドロップ・マメイド・マリーン……今日のところは下がりなさい。処分は改めて、追って通達します」
「……はい」
海底資源の鉄で造られた王城の主、ハイドローナ・マメイド・マリーン乙姫陛下の声が、厳かに響いた。
「アーロドロップ・マメイド・マリーン。貴女から、乙姫第二王女の身分を剥奪します」
竜を描いた高級な絨毯、華美な玉座、白銀に輝く王杯と磨かれた台座――限られた者しか立ち入ることが許されない『白龍の間』にて、固唾を呑んで見守っていた臣下たちのどよめきが広がる。
「そんな――っ!?」
「いくらなんでも、それは……」
ビシ! 鉄扇が高い音を立てると、臣下たちは慌てて口を閉じた。
「貴方たちはお黙りなさい。私は貴女に告げたのです。アーロドロップ」
乙姫陛下の袖口に、鉄扇が戻っていく。
神聖な樹から作られた下駄、貝殻をモチーフにした青の着物と水色の羽織、頭上に揺らめく白いストール、そして鉄扇。これらすべてをまとめて、乙姫羽衣という。膨大な龍脈エネルギーを保存し、高度なコントロールを可能とする、乙姫一族の制服だ。
「母上……どうして……?」
アーロドロップは、戸惑うように尋ねた。冷酷な判断に異議を申し立てようとしたが、しかし女王はそれすら許してくれなかった。
「どうして? 貴女は自分がしたこともわからないのですか?」
尋ね返され、アーロドロップは苦虫を噛みつぶすように答える。
「……龍脈知性体に意志を持たせようとしたことですか」
「その通りです」
龍脈知性体とは、読んで字の如く、知性を持った龍脈エネルギーの塊のことである。様々なデータを忘れることなくインプットでき、〝思考ルール〟を指示すればそれに応じて情報を処理することも可能である。
欠点と言えば、稼働に必要な龍脈の補給中は、インプットも情報処理も行えないことくらいだ。一応、インプット量の増加や、〝思考ルール〟の複雑化によって消費龍脈量が増える傾向もうかがえる。
もっとも、複数の龍脈知性体を用意すればそれらの欠点は簡単に補えるため、問題視するような点はない。そして、国家運営から民間のサービスまで、様々なところで実装されていた。
「お待ちください! 現在の龍脈知性体では、犯罪に利用された時のリスクが大きすぎます!」
「そのために、悪用防止・システム防御用の研究とアップデートが絶えず行われています……もっとも、その分野を急速に発展させた貴女には、貝に戸締まりでしょうが」
「そのあたしが、今のままでは危険だと申し上げているのです。結局のところ、龍脈知性体を悪用しようとする人間に対して最適なのは、龍脈知性体自体が指示の正当性を評価して従うか否かを判断できるようにするほかなく、そのためには龍脈知性体に人格と感情を持たせなければなりません」
「そしてその結果、貴女の育てた龍脈知性体は何をしましたか?」
「うぐっ」
アーロドロップは返す言葉を持たなかった。
「貴女の育てた〝自律龍脈知性体〟は、あろうことか勝手に軍用兵器を起動させましたね」
「それは……好奇心の学習のためで……わからないことを、モルネアなりに学習しようとして……未学習の物事の中から、運悪く最初に兵器システムを選んでしまっただけで……」
あくまで起動しただけで兵器自体は一ミリも動いていないので、実害はない。もっとも、勝手に起動させること自体が大問題であることは、アーロドロップ自身よく理解している。
「アーロドロップ。貴女の発明の才能は、母としても乙姫としても誇らしいものでした。だからこそ、我が国に発展をもたらしてくれると願い、発明王女という貴女だけの称号を作り、貴女を補佐する〝シードラン〟も組織しました。ですが、称号には相応の責任が伴います。それはよくわかっていますね?」
アーロドロップの右手は、無意識に左胸に添えられていた。乙姫羽衣の羽織には、立場や功績に応じて装飾品がつく。アーロドロップの左胸には、貝殻がシャンデリアを描くように並んだバッジがつけられている。発明王女を示す称号。他の誰もつけていない、アーロドロップだけのトレードマークである。
「軍から厳重な抗議がありました。リスク管理もできない貴女に軍の通信網を任せるわけにはいかないと。直ちに〝自律龍脈知性体〟の開発を中止し、永久に凍結せよと」
「はいッ! 直ちに! モルネア聞いてたわよね!? その辺うまくやっといて!」
アーロドロップがひっくり返った声で人差し指に向かって告げると、幼げな男の子の声が、のんきに答えた。
〈はいはい。わかりましたよ~……ん、あと十分もすれば他に散らばった別のボクすべてに適用されるはずだよ~〉
「と、いうわけで十分後には対処完了です……乙姫陛下……?」
おそるおそるアーロドロップは様子を窺う。ハイドローナは、目と口を半開きにしていた。彼女だけではない。壁際で行く末を見守っていた臣下たちもだ。
「な、なんですか今のやりとりは……」
「察してくれたんです。現在モルネアは、指示が曖昧な場合に、直前まで繰り広げられていた会話から、具体的にどのような仕事が求められているかを演算できるようになりまして……」
「モルネアとは誰のことです……?」
〈お呼びでしょうか~乙姫陛下?〉
アーロドロップの人差し指にあるサファイアのネイルが小さく明滅し、メンダコをデフォルメしたような赤いキャラクターが浮かび上がった。モルネアのアバターである。
「ちょっと黙ってなさい……! 失礼しました。わたくしの育てた〝自律龍脈知性体〟の名前が、モルネアです」
モルネア以外の龍脈知性体は、できてせいぜい、人からの質問にストレートかつシンプルに回答することしかできない。「聞いてた?」と尋ねても、「はい」か「なにをでしょうか」が精一杯なはずなのだ。
それが今、モルネアは話の流れから自分のすべきことを導き出した上に、雑な指示でも「思考ルールを具体的に設定してください」と尋ね返すことなく応答した。
なにより、無機質な棒読みではないのだ。呆れるような〈はいはい〉という応答に、めんどくさそうな〈わかりましたよ~〉と、あたかも感情が宿っているように感じられる。
それがいかに非常識なことかは、ほとんどの臣下たちの白目を剥く姿が物語っていた。
かろうじて意識を保っていたハイドローナの口から、か細い声が紡がれる。
「アーロドロップ・マメイド・マリーン……今日のところは下がりなさい。処分は改めて、追って通達します」
「……はい」
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