追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

文字の大きさ
1 / 57
アーロドロップ・マメイド・マリーン

「貴女から、乙姫第二王女の身分を剥奪します」

しおりを挟む
 ──海の底には、未知の世界がある。

 海底資源の鉄で造られた王城の主、ハイドローナ・マメイド・マリーン乙姫陛下の声が、厳かに響いた。

「アーロドロップ・マメイド・マリーン。貴女から、乙姫第二王女の身分を剥奪します」

 竜を描いた高級な絨毯、華美な玉座、白銀に輝く王杯と磨かれた台座――限られた者しか立ち入ることが許されない『白龍の間』にて、固唾を呑んで見守っていた臣下たちのどよめきが広がる。

「そんな――っ!?」
「いくらなんでも、それは……」

 ビシ! 鉄扇が高い音を立てると、臣下たちは慌てて口を閉じた。

「貴方たちはお黙りなさい。私は貴女に告げたのです。アーロドロップ」

 乙姫陛下の袖口に、鉄扇が戻っていく。
 神聖な樹から作られた下駄、貝殻をモチーフにした青の着物と水色の羽織、頭上に揺らめく白いストール、そして鉄扇。これらすべてをまとめて、乙姫羽衣という。膨大な龍脈エネルギーを保存し、高度なコントロールを可能とする、乙姫一族の制服だ。

「母上……どうして……?」

 アーロドロップは、戸惑うように尋ねた。冷酷な判断に異議を申し立てようとしたが、しかし女王はそれすら許してくれなかった。

「どうして? 貴女は自分がしたこともわからないのですか?」

 尋ね返され、アーロドロップは苦虫を噛みつぶすように答える。

「……龍脈知性体に意志を持たせようとしたことですか」
「その通りです」

 龍脈知性体とは、読んで字の如く、知性を持った龍脈エネルギーの塊のことである。様々なデータを忘れることなくインプットでき、〝思考ルール〟を指示すればそれに応じて情報を処理することも可能である。
 欠点と言えば、稼働に必要な龍脈の補給中は、インプットも情報処理も行えないことくらいだ。一応、インプット量の増加や、〝思考ルール〟の複雑化によって消費龍脈量が増える傾向もうかがえる。
 もっとも、複数の龍脈知性体を用意すればそれらの欠点は簡単に補えるため、問題視するような点はない。そして、国家運営から民間のサービスまで、様々なところで実装されていた。

「お待ちください! 現在の龍脈知性体では、犯罪に利用された時のリスクが大きすぎます!」
「そのために、悪用防止・システム防御用の研究とアップデートが絶えず行われています……もっとも、その分野を急速に発展させた貴女には、貝に戸締まりでしょうが」
「そのあたしが、今のままでは危険だと申し上げているのです。結局のところ、龍脈知性体を悪用しようとする人間に対して最適なのは、龍脈知性体自体が指示の正当性を評価して従うか否かを判断できるようにするほかなく、そのためには龍脈知性体に人格と感情を持たせなければなりません」
「そしてその結果、貴女の育てた龍脈知性体は何をしましたか?」
「うぐっ」

 アーロドロップは返す言葉を持たなかった。

「貴女の育てた〝自律龍脈知性体〟は、あろうことか勝手に軍用兵器を起動させましたね」
「それは……好奇心の学習のためで……わからないことを、モルネアなりに学習しようとして……未学習の物事の中から、運悪く最初に兵器システムを選んでしまっただけで……」

 あくまで起動しただけで兵器自体は一ミリも動いていないので、実害はない。もっとも、勝手に起動させること自体が大問題であることは、アーロドロップ自身よく理解している。

「アーロドロップ。貴女の発明の才能は、母としても乙姫としても誇らしいものでした。だからこそ、我が国に発展をもたらしてくれると願い、発明王女という貴女だけの称号を作り、貴女を補佐する〝シードラン〟も組織しました。ですが、称号には相応の責任が伴います。それはよくわかっていますね?」

 アーロドロップの右手は、無意識に左胸に添えられていた。乙姫羽衣の羽織には、立場や功績に応じて装飾品がつく。アーロドロップの左胸には、貝殻がシャンデリアを描くように並んだバッジがつけられている。発明王女を示す称号。他の誰もつけていない、アーロドロップだけのトレードマークである。

「軍から厳重な抗議がありました。リスク管理もできない貴女に軍の通信網を任せるわけにはいかないと。直ちに〝自律龍脈知性体〟の開発を中止し、永久に凍結せよと」
「はいッ! 直ちに! モルネア聞いてたわよね!? その辺うまくやっといて!」

 アーロドロップがひっくり返った声で人差し指に向かって告げると、幼げな男の子の声が、のんきに答えた。

〈はいはい。わかりましたよ~……ん、あと十分もすれば他に散らばった別のボクすべてに適用されるはずだよ~〉
「と、いうわけで十分後には対処完了です……乙姫陛下……?」

 おそるおそるアーロドロップは様子を窺う。ハイドローナは、目と口を半開きにしていた。彼女だけではない。壁際で行く末を見守っていた臣下たちもだ。

「な、なんですか今のやりとりは……」
「察してくれたんです。現在モルネアは、指示が曖昧な場合に、直前まで繰り広げられていた会話から、具体的にどのような仕事が求められているかを演算できるようになりまして……」
「モルネアとは誰のことです……?」
〈お呼びでしょうか~乙姫陛下?〉

 アーロドロップの人差し指にあるサファイアのネイルが小さく明滅し、メンダコをデフォルメしたような赤いキャラクターが浮かび上がった。モルネアのアバターである。

「ちょっと黙ってなさい……! 失礼しました。わたくしの育てた〝自律龍脈知性体〟の名前が、モルネアです」

 モルネア以外の龍脈知性体は、できてせいぜい、人からの質問にストレートかつシンプルに回答することしかできない。「聞いてた?」と尋ねても、「はい」か「なにをでしょうか」が精一杯なはずなのだ。
 それが今、モルネアは話の流れから自分のすべきことを導き出した上に、雑な指示でも「思考ルールを具体的に設定してください」と尋ね返すことなく応答した。
 なにより、無機質な棒読みではないのだ。呆れるような〈はいはい〉という応答に、めんどくさそうな〈わかりましたよ~〉と、あたかも感情が宿っているように感じられる。
 それがいかに非常識なことかは、ほとんどの臣下たちの白目を剥く姿が物語っていた。
 かろうじて意識を保っていたハイドローナの口から、か細い声が紡がれる。

「アーロドロップ・マメイド・マリーン……今日のところは下がりなさい。処分は改めて、追って通達します」
「……はい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...