追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

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アーロドロップ・マメイド・マリーン

「頼もしい相棒ではありませんか」

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 アーロドロップの左胸から発明王女の称号が消えて……数日後。
 正式に、玉手箱奪還任務が付与された。
 出発は来月。それまでにアーロドロップは、今まで任されていた仕事を後任に引き継がなければいけない。

〈まさか玉手箱探しの刑に処されるとはねぇ〉
「あのねぇ、刑じゃなくて任務って言いなさいよ」
〈でもさ、太古の時代の乙姫陛下が、地上人に譲渡した物探しって……いわゆる追放処分ってやつでしょ?〉
「いわゆらないで……ちょっと黙っててくれる……?」

 譲渡した相手の名前すら、アーロドロップだって聞いたことはない。
 この広大な地球という惑星の中、どこの誰かもわからない、遙か昔の人物の遺品を探せ? 無理だろう。そもそも現存しているとは思えない。それを証明すればいいのだろうか。
 仮に存在するにしても、見つけて帰還するのは不可能だ。極めて厳しい制限時間がある。
 竜宮城で暮らす海底人は、主に体内や衣服に蓄えた龍脈エネルギーを利用している。また、外の世界から隔離されている竜宮城に出入りするためにも龍脈エネルギーが必要で、外界で龍脈エネルギーをチャージすることはできない。
 アーロドロップの場合は、乙姫羽衣が万全の状態でも外の時間換算で十日分が限度だ。それを過ぎれば竜宮城に戻れなくなり、死ぬまで外界で過ごす羽目になる。
 追放、島流し、厄介払い……言い方は色々あるが、早い話が、この任務はそのための名目なのである。
 誰も、アーロドロップが本当に玉手箱を持って帰ってくるだなんて、信じていないのだ。

 関係各所への連絡調整を全て終える頃には、億劫さが精神力だけでなく体力まで削り取って、アーロドロップはずいぶんとやつれていた。おまけにいつの間にか竜宮城を旅立つ日が明日に迫っている。
 ヘトヘトになって王城の門扉に辿り着く。近衛兵が二人一組で門番を務めているはずだが、その数がやけに多い。人集りにはメイドも含まれており、その中の一人がアーロドロップに気づいた。

「殿下!」

 ボーッとしていたアーロドロップの背筋がピンと伸びる。群れのような人集りの中から、乙姫羽衣を着た、アーロドロップより頭ひとつ分以上も背の高い人が出てきた。

「ひどい顔ですよ、アロップ」
「あ、姉上……! 公務は、よろしいので……?」

 キラティアーズ・マメイド・マリーン乙姫第一王女。三歳、歳の離れた姉だ。

「妹がこんなことになってしまっては、さすがに仕事に手がつきませんよ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません……っ」

 アーロドロップは俯いた。落とした視界に姉の足が入って、頭に柔らかい手が置かれる。

「聞きました。なんでも、龍脈知性体を人間に換えたとか」
〈人間じゃないよぅ。アロップはボクに、心をくれただけ~〉

 右手人差し指のネイルが勝手に喋って、キラティアーズがアーロドロップの手を取る。

「そこにいたのですね、モルネア。前に一度お話ししたと思いますが、憶えていますか?」

 すると、メンダコ風のモルネアアバターがサファイアのネイルから飛び出した。

〈うん! キティだよね! ボクはシステムだから忘却なんてできないよぅ。いやぁ、名無しの頃のボクを知っている人と話すのは気恥ずかしいなぁ〉
「ふふ、本当に恥じらいを得たならたいしたものです」
「姉上。これでもまだ、心が生まれたわけではないのです。モルネアのこういうリアクションも、これまで学習してきた会話パターンの模倣からで……」
「モルネア、地上世界でもアロップのことをよろしくお願いします」
〈あいさ〉
「無視しないでください!?」

 アーロドロップは早口で捲し立てる。

「モルネアは地上世界での運用を想定していません! かつてモルネアは最大三五体まで増殖し、それぞれ独立して運用しておりましたが、それはモルネア間で龍脈を絶えず更新させ続けることにより擬似的に処理能力を落とさずに――」
「待って、待ってアロップ。なにを言っているのかさっぱりわかりません。わたくしの質問に肯定か否定で答える形で説明してください」

 キラティアーズが、必死に眉間に寄った皺をほぐしていた。アーロドロップが黙って頷くと、すぐに質問が飛んでくる。

「地上世界ではモルネアが使えない?」
「いいえ。ですが龍脈をエネルギー源とするので――」
「補足は結構、どうせ貴女以外には理解できません。次。アロップがモルネアを地上に持っていく場合、こっちにモルネアは残せない?」
「はい」
「それは重畳。軍部の方はこれでいいですね」
「……はい?」

 キラティアーズが、不敵に笑う。

「最後の質問です。わたくしがこの一ヶ月を使って集め尽くした玉手箱の資料、モルネアなら一晩で全部憶えられますね?」

 アーロドロップは目を丸くした。

「あ、姉上……?」
「可能か不可能で答えなさい」
〈できま~す!〉

 モルネアの元気いっぱいな返事を聞いて、キラティアーズが優しげな笑みを浮かべる。

「今回の一大事――どうせ貴女のことですから、原因はしょうもないことなのでしょう?」

 姉の言葉がグサッと妹の胸に刺さった。

「うっ……以前は、あたしの仕事をサポートさせるだけだったんです。ですが、モルネアの成長が嬉しくて……少し目を離したうちに……」

 ケアレスミスなのだ。答案用紙に名前を書き忘れたようなもの。しかし、たった一つの見落としで、危うく国中を脅かすところだった。

「アロップ。事情はどうあれ、貴女は貴女のしたことの責任をとらなければなりません」
「はいっ」
「よろしい。では、具体的な償いの話。不幸中の幸いといいますか、玉手箱の手がかりが見つかりました」
「本当ですか!?」

 キラティアーズの微笑みが、アーロドロップの表情を緩ませる。

「ええ、古い資料を見つけたのです。一二〇〇年ほど昔のものですが。地上人に玉手箱を当時の乙姫陛下――アクアーシャ乙姫上皇陛下が託した、と」
「そんなに昔……アクアーシャ乙姫上皇陛下というと、あの?」
「ええ。若くして海洋生物の使役術の実用化を遂げたものの、ご病気で崩御なさったアクアーシャ乙姫上皇陛下です」
「それは存じていますが、まさか地上人に玉手箱を贈った方でもあったとは」
「ええ。おそらく玉手箱には当時の乙姫陛下が龍脈術を仕掛けているはず。どんな術かわかりませんが、もし地上世界の歴史にそれらしい記述があれば」
「そこから玉手箱に辿り着ける!?」
「おそらくは。まあ当時の技術水準から考えて、抱えられるサイズの箱一つじゃ複雑な龍脈術なんて夢のまた夢でしょう。おまけに外界では龍脈チャージができませんから一回切りの使い捨て感覚でしょうし……そうなるとどんな術を仕掛けたのか、想像もつきませんが」
〈はいは~い。じゃあボクは、キティの集めた資料を読み込んで、地上世界に着いたら向こうの歴史とすりあわせ、だね~〉

 キラティアーズが目を丸くした。

「本当に自分でやること考えられるのですね……頼もしい相棒ではありませんか」

 アーロドロップの頭をキラティアーズが優しく撫でる。暖かい姉の温度が、アーロドロップには堪らなく嬉しかった。

「アロップ、なんとしてでも玉手箱を見つけて持ち帰って来なさい。そうしたら再び乙姫第二王女に戻すと、母上も仰られていましたよ」
「本当ですか!?」
「ええ。こっちのことはわたくしたちに任せて、全力で玉手箱を探してきなさい――発明王女様」
「姉上……っ」

 感激に瞳を潤ませるアーロドロップの右手から、元気よくモルネアが叫んだ。

〈元だけどね!〉
「こらっ、空気読みなさい!」
「ふふ。大方、間違った発言を聞くと修正してしまうのは、龍脈知性の性でしょうか」
「もー……締まらないんだから……」

 ともかく、こうしてアーロドロップは竜宮城を旅立った。
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