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たまてばこのポテンシャル
「あたし、あなたのこと、気に入ったかも」
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浦島太郎資料館に併設された喫茶竜宮城の中、慶汰は時折相槌を打ちながら、アーロドロップの話を聞いていた。
モルネアが竜宮城の兵器を勝手に起動させてしまったこと。それが理由で追放処分になったこと。
アーロドロップが大きく呼吸したタイミングで、慶汰はストローを口に咥える。
無意識に吸ったアイスコーヒーが、さっきより冷たく感じた。
「――ま、そんなところよ」
「つまり、うっかりミスで追放されたってことか……」
「わざわざ繰り返さないでくれる……!?」
アーロドロップから睨まれて、慶汰は苦笑した。
「ごめんごめん。それにしてもアロップの作ったモルネアが人格を宿したAIだったとは。なるほど、実体がないってそういうことか……しかしすごいな」
表情を緩めたアーロドロップが胸を張った。
「ふふん。それにしても、姉上すらけっこう驚いていたのに、慶汰はそんなに驚かなかったわね」
「地上にも似たような技術はあるんだよ。どうもモルネアの方が優秀みたいだけどな」
「あたしはそのAIとやらがよくわからないけれど、モルネアはまだ発展途上よ? 他人の会話を聞いて割り込めるくらいにはなってきたけどね」
〈あたりまえでしょ~、ボクはそういう仕組みなんだからー〉
「他人の会話に割り込める時点でだいぶすごいんだよな……」
慶汰は戦慄にも似た畏怖を覚えた。モルネアがAIの代わりというなら、人の命令に逆らえるのは都合が悪いのではないか? だがどうも、アーロドロップはモルネアに本気で人権と同レベルの自由を与えようとしているように思える。
「そういえば慶汰、あたしに玉手箱をくれる、みたいなこと言ってたけど……本物の玉手箱がどこにあるか知ってるの?」
「ああ、俺ん家の倉庫にあるぞ」
「へえ、あなたの家に……はぁ!?」
慶汰は、まだ言ってなかったっけ、と頭をかいた。
「漂流してきた浦島太郎に衣食住を提供した浦島一家……あの人たちをルーツとするのが、我が家だ」
「…………っ」
アーロドロップは表情を消して黙り込んだ。オレンジジュースをゆっくりと飲んで、大きく首を傾ける。
「ん? 慶汰は、その立場でありながら、あたしに玉手箱を渡そうってわけ?」
「そりゃ、できることなら……さすがに俺の独断で渡せるものじゃないんだけどさ」
問題はそこだ。玉手箱は浦島家の象徴。いくら人助けのためとはいえ、それを家主の港鷹がタダで他人に譲っていいなどと言うはずがない。
そう考えていると、アーロドロップがさらに首を傾げた。
「……普通あなたの立場なら――ましてこっちの事情までわかっているのなら、あたしを警戒するものじゃないの? あなたにとってあたしは敵でしょう?」
「敵って、なんでそうなるんだよ」
「玉手箱を取り合うのだから、そうなるでしょう?」
「物騒だな。ま、俺たちが対立する立場かどうかはともかく」
慶汰はコーヒーを一口飲んでから、考えを伝えた。
「消えたり浮いたり、まして記憶まで消してくる相手に隠し通せるとも思えないし。実際こうして話を聞いてみりゃ、俺が言わなくたっていずれ、モルネアが我が家を特定していたんだろう?」
〈まぁね! それが今のボクの使命だし~〉
ネイルコアからご機嫌な声が届く。それはつまり、アーロドロップたちが浦島家を襲撃してくる可能性があったことに他ならない。
玉手箱のある倉庫は敷地内に独立して建てられている。コンクリートの高い壁と、丈夫な瓦屋根の建物だ。入口の扉は指紋認証と四桁のシリアルナンバーによる電子ロックが掛かっており、センサーカメラによって人が近づけば自動で録画される仕組みになっている。
だが、モルネアがいれば電子ロックも防犯カメラも無力化される恐れがある。初めて出会った時に見た銃撃がアスファルトの地面を穿っていたので、アーロドロップなら力業で扉の破壊も可能かもしれない。
運良く録画できたところで、消えて飛べる相手を追いかける術はなく、逃げる先が深海なのだから待ち伏せも追跡も不可能だ。
それらを踏まえると、対立したところで玉手箱を守り抜けるとは思えなかった。
慶汰がもし、彼女たちから玉手箱を守るべきだと考えたとしても、真正面からやり合って勝てる見込みがないのだから、ここは味方のフリをして、もう少し手札を探るのが上策だという作戦に落ち着くだろう。
もっとも、慶汰はそこまで思考を巡らせながらも、警戒心は抱かなかった。
「それに――今ここに、助けられる人がいるんだ。放っておけないだろ」
言って、慶汰は照れくさそうに頬をかいた。いつの日か、海来が慶汰に残した言葉だ。
「……慶汰って、ずいぶんお人好しなのね」
「悪かったな。俺はただ、最初からできないとか、相容れないとか、決めつけたくないだけだ」
「……ふぅん?」
頬杖をついたアーロドロップは、にんまりと唇を曲げた。
「あたし、あなたのこと、気に入ったかも」
あまりに自然に言われて、慶汰はごくんと息を呑む。
「もしあなたが竜宮城で生まれていたら、今頃あたしの側近だったかもね」
「ハハハ……側近、ね」
幻想的な海の中の世界で、お姫様の側近。すると青い袴のような格好になるのだろうかと慶汰は想像して、あまり似合う気はしないな、と苦笑する。
「もし望むなら、現実にしてあげてもいいわよ? ただし、玉手箱をくれるなら、ね」
慶汰は即座に首を横に振った。
「いや、悪いけど、それはいいや。姉さんを一人にはできないよ」
〈ぷぷっ。フラれてやんの~〉
「なっ、どこでそんな煽るようなセリフを学んできたの……! こ、これは小粋なジョークというのよ、モルネア」
〈それを見栄っ張りっていうんだよぅ、アロップ〉
「く、調子乗ってると痛い目見るわよ……!」
〈アロップみたいに?〉
「くッ……ぅぅ~……っ!」
「モルネア、容赦ねえな……」
無慈悲に相手の一番深い傷口を抉る切り返しには、慶汰も顔が引きつってしまう。
「思いやりって、どうすれば学んでくれるのかしらね……」
さめざめと愚痴をこぼして、アーロドロップはおもいっきりストローを鳴らした。オレンジジュースを飲みきると、仕切り直しと言わんばかりに話を戻す。
モルネアが竜宮城の兵器を勝手に起動させてしまったこと。それが理由で追放処分になったこと。
アーロドロップが大きく呼吸したタイミングで、慶汰はストローを口に咥える。
無意識に吸ったアイスコーヒーが、さっきより冷たく感じた。
「――ま、そんなところよ」
「つまり、うっかりミスで追放されたってことか……」
「わざわざ繰り返さないでくれる……!?」
アーロドロップから睨まれて、慶汰は苦笑した。
「ごめんごめん。それにしてもアロップの作ったモルネアが人格を宿したAIだったとは。なるほど、実体がないってそういうことか……しかしすごいな」
表情を緩めたアーロドロップが胸を張った。
「ふふん。それにしても、姉上すらけっこう驚いていたのに、慶汰はそんなに驚かなかったわね」
「地上にも似たような技術はあるんだよ。どうもモルネアの方が優秀みたいだけどな」
「あたしはそのAIとやらがよくわからないけれど、モルネアはまだ発展途上よ? 他人の会話を聞いて割り込めるくらいにはなってきたけどね」
〈あたりまえでしょ~、ボクはそういう仕組みなんだからー〉
「他人の会話に割り込める時点でだいぶすごいんだよな……」
慶汰は戦慄にも似た畏怖を覚えた。モルネアがAIの代わりというなら、人の命令に逆らえるのは都合が悪いのではないか? だがどうも、アーロドロップはモルネアに本気で人権と同レベルの自由を与えようとしているように思える。
「そういえば慶汰、あたしに玉手箱をくれる、みたいなこと言ってたけど……本物の玉手箱がどこにあるか知ってるの?」
「ああ、俺ん家の倉庫にあるぞ」
「へえ、あなたの家に……はぁ!?」
慶汰は、まだ言ってなかったっけ、と頭をかいた。
「漂流してきた浦島太郎に衣食住を提供した浦島一家……あの人たちをルーツとするのが、我が家だ」
「…………っ」
アーロドロップは表情を消して黙り込んだ。オレンジジュースをゆっくりと飲んで、大きく首を傾ける。
「ん? 慶汰は、その立場でありながら、あたしに玉手箱を渡そうってわけ?」
「そりゃ、できることなら……さすがに俺の独断で渡せるものじゃないんだけどさ」
問題はそこだ。玉手箱は浦島家の象徴。いくら人助けのためとはいえ、それを家主の港鷹がタダで他人に譲っていいなどと言うはずがない。
そう考えていると、アーロドロップがさらに首を傾げた。
「……普通あなたの立場なら――ましてこっちの事情までわかっているのなら、あたしを警戒するものじゃないの? あなたにとってあたしは敵でしょう?」
「敵って、なんでそうなるんだよ」
「玉手箱を取り合うのだから、そうなるでしょう?」
「物騒だな。ま、俺たちが対立する立場かどうかはともかく」
慶汰はコーヒーを一口飲んでから、考えを伝えた。
「消えたり浮いたり、まして記憶まで消してくる相手に隠し通せるとも思えないし。実際こうして話を聞いてみりゃ、俺が言わなくたっていずれ、モルネアが我が家を特定していたんだろう?」
〈まぁね! それが今のボクの使命だし~〉
ネイルコアからご機嫌な声が届く。それはつまり、アーロドロップたちが浦島家を襲撃してくる可能性があったことに他ならない。
玉手箱のある倉庫は敷地内に独立して建てられている。コンクリートの高い壁と、丈夫な瓦屋根の建物だ。入口の扉は指紋認証と四桁のシリアルナンバーによる電子ロックが掛かっており、センサーカメラによって人が近づけば自動で録画される仕組みになっている。
だが、モルネアがいれば電子ロックも防犯カメラも無力化される恐れがある。初めて出会った時に見た銃撃がアスファルトの地面を穿っていたので、アーロドロップなら力業で扉の破壊も可能かもしれない。
運良く録画できたところで、消えて飛べる相手を追いかける術はなく、逃げる先が深海なのだから待ち伏せも追跡も不可能だ。
それらを踏まえると、対立したところで玉手箱を守り抜けるとは思えなかった。
慶汰がもし、彼女たちから玉手箱を守るべきだと考えたとしても、真正面からやり合って勝てる見込みがないのだから、ここは味方のフリをして、もう少し手札を探るのが上策だという作戦に落ち着くだろう。
もっとも、慶汰はそこまで思考を巡らせながらも、警戒心は抱かなかった。
「それに――今ここに、助けられる人がいるんだ。放っておけないだろ」
言って、慶汰は照れくさそうに頬をかいた。いつの日か、海来が慶汰に残した言葉だ。
「……慶汰って、ずいぶんお人好しなのね」
「悪かったな。俺はただ、最初からできないとか、相容れないとか、決めつけたくないだけだ」
「……ふぅん?」
頬杖をついたアーロドロップは、にんまりと唇を曲げた。
「あたし、あなたのこと、気に入ったかも」
あまりに自然に言われて、慶汰はごくんと息を呑む。
「もしあなたが竜宮城で生まれていたら、今頃あたしの側近だったかもね」
「ハハハ……側近、ね」
幻想的な海の中の世界で、お姫様の側近。すると青い袴のような格好になるのだろうかと慶汰は想像して、あまり似合う気はしないな、と苦笑する。
「もし望むなら、現実にしてあげてもいいわよ? ただし、玉手箱をくれるなら、ね」
慶汰は即座に首を横に振った。
「いや、悪いけど、それはいいや。姉さんを一人にはできないよ」
〈ぷぷっ。フラれてやんの~〉
「なっ、どこでそんな煽るようなセリフを学んできたの……! こ、これは小粋なジョークというのよ、モルネア」
〈それを見栄っ張りっていうんだよぅ、アロップ〉
「く、調子乗ってると痛い目見るわよ……!」
〈アロップみたいに?〉
「くッ……ぅぅ~……っ!」
「モルネア、容赦ねえな……」
無慈悲に相手の一番深い傷口を抉る切り返しには、慶汰も顔が引きつってしまう。
「思いやりって、どうすれば学んでくれるのかしらね……」
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