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地上最後のパーティー
「いや、初めて許せた気がしてさ」
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翌朝、慶汰はアーロドロップと共に、海来の病室を訪れていた。
ベッドに横たわる姉は今日も、相変わらず生気を失ったように眠っている。心電図モニターが、無機質な音を虚しいリズムで淡々と鳴らしているだけ。
二人分のパイプ椅子を並べた慶汰は、今にも崩れてしまいそうな海来の手を布団から少しだけ出した。
「姉さん。いよいよ、〝りゅうぐう〟竣工記念パーティーの日が来たよ。それで……急なんだけど、俺、明日からしばらく来れなくなるかもしれないんだ」
瞼はぴくりとも動かない。
「我が家の倉庫に眠ってた玉手箱、あるだろ。あれ、やっぱり本物だったんだ」
耳もまったく反応しない。
「地球には龍脈っていう魔法の源みたいなエネルギー源があって、玉手箱はその力によって浦島太郎を急激に老化させたって仮説が立ってさ。不思議だろ?」
指先も、微動だにしなかった。
「それを教えてくれたのは、竜宮城からやってきた、現代の乙姫様の娘さんなんだ。紹介するよ、アーロドロップ乙姫第二王女様」
慶汰の隣で、ずっと沈黙を守っていたアーロドロップが、ゆっくりと口を開く。
「お初にお目にかかります、海来さん。あなたのことは、慶汰君から聞いております。竜宮城から来ました、アーロドロップ・マメイド・マリーン乙姫第二王女と申します」
腰の後ろでひらひら揺れるストールの左右を握ったアーロドロップは、胸の前で静かに合わせて顎を引いた。
「ご自宅の倉庫にあった玉手箱は本物です。不本意ながら異常なポテンシャルがあることも確認できました。浦島太郎を老化させたあの玉手箱の力を用いて、今度はあなたを目覚めさせます。ただ、それにはもしかすると、もうしばらく時間が掛かってしまうかもしれません。それまでどうか、もう少しだけ頑張っていただけますか」
そうして、聞こえているはずのない海来相手に、慶汰とアーロドロップは自分たちの計画を報告した。
玉手箱を一旦竜宮城に持ち帰る必要があること。そのために慶汰も竜宮城に同行する必要があること。慶汰がそれを快諾したこと。竜宮城の時間の流れが不規則なこと……。
「姉さん。寂しい思いをさせてごめん。でも、俺は行くって決めたから……待っててくれよ。絶対助ける」
「玉手箱の解析、改良にどれだけ時間がかかるかはわかりません。ですが必ず、あなたを助けることを誓います」
アーロドロップがそう伝えた時、慶汰のズボンのポケットが、スマートフォンのバイブでブルブル震える。それをすぐに止めて、慶汰は海来の手を布団の中に優しく戻した。
「一時間経った。行こう」
昨日の作戦会議の中で、お見舞いは一日一時間までというルールとその経緯もアーロドロップに話している。それを聞いたからこそ、アーロドロップは慶汰の袖をつまんだ。
「……今日くらい、そのルールは無視したら?」
慶汰は即答した。
「それじゃまるで、今日が最後になるかもしれないみたいじゃないか。そんなつもりなんてないんだ、ルールを破る理由はないな」
「どうしてそこまでこだわるの……?」
「一族に代々伝わる教訓なんだ。『奇跡を願うならば、叶うと信じて歩き続けろ』」
慶汰はパイプ椅子を片付けて、海来の寝顔に目を向ける。
「六〇〇年間、竜宮城があるって信じて疑わなかったご先祖様たちの言葉だよ」
アーロドロップが、大きく頷いた。
「じゃあ代々願ったその想い、しっかりと受け取らないとね。……もしかして、慶汰の優しさも、ご先祖様たちに似たのかしら」
彼女に言われて、慶汰は浦島太郎資料館を思い出す。
初代浦島ご夫妻は、当時怪しげな木箱を抱えて、意味不明な言動から後ろ指をさされていた浦島太郎を受け入れたのだ。だからこそ、浦島家のルーツとなった。
アーロドロップに言われて初めてそれに気づいて、慶汰の肩の強ばりが、腑に落ちたように抜けた。
「……そう、かもしれないな」
きっと血筋なのだ。海来が子供を助けて深い眠りに落ちたのも、そんな海来のためにこれから慶汰が無茶をすることも。それはもう、遺伝子レベルでどうしようもなく仕方がないことなのだ。
「ありがとう、アロップ」
「へ? どうしたのよ急に」
「いや、初めて許せた気がしてさ」
今までずっと、無自覚ながら心のどこかで憤りがあった。どうして海来がこんな目に遭わなければいけないのか、と。
海来を躱しきれずに撥ねた、車の運転手を憎むべきか。
海来の目の前で車道に飛び出した、幼き少年を恨むべきか。
それとも、後先考えずに飛び出した、海来を責めるべきなのか……。
ずっと彷徨っていた無自覚な怒りの矛が、血筋という落とし所を見つけて、ようやく収まったのだ。
アーロドロップは目を丸くして、今までで一番自然な慶汰の微笑と、静かな海来の寝顔を交互に見比べる。そうして何かを察したように、ゆっくり微笑んだ。
「許すって……それはあなた自身のこと?」
言われて、慶汰は気づく。無自覚な怒りはもうひとつあった。姉の命がかかっているのに、なにもできない自分自身。
やるせない気持ちに気づいてくれた彼女の顔を見て、慶汰は急激に胸が高まっていることを自覚した。
「ああ。身体が軽くなった気分だよ」
だからこそ、慶汰の中で覚悟が決まる。
お人好しは血筋でもいい。だが、アーロドロップを助けたいという想いは、血筋のせいではない。
慶汰自身の、わがままだ。だから慶汰は、胸を張って姉に告げた。
「姉さん。それじゃあ行ってきます」
今や、アーロドロップへの協力は、海来を助けるための手続きではなくなっていた。
もしも万が一、帰ってくることができずとも……それでアーロドロップと、ずっと一緒にいられるならば。
覚悟の中に矛盾を孕んでいることに、慶汰はまだ、気づけない――。
ベッドに横たわる姉は今日も、相変わらず生気を失ったように眠っている。心電図モニターが、無機質な音を虚しいリズムで淡々と鳴らしているだけ。
二人分のパイプ椅子を並べた慶汰は、今にも崩れてしまいそうな海来の手を布団から少しだけ出した。
「姉さん。いよいよ、〝りゅうぐう〟竣工記念パーティーの日が来たよ。それで……急なんだけど、俺、明日からしばらく来れなくなるかもしれないんだ」
瞼はぴくりとも動かない。
「我が家の倉庫に眠ってた玉手箱、あるだろ。あれ、やっぱり本物だったんだ」
耳もまったく反応しない。
「地球には龍脈っていう魔法の源みたいなエネルギー源があって、玉手箱はその力によって浦島太郎を急激に老化させたって仮説が立ってさ。不思議だろ?」
指先も、微動だにしなかった。
「それを教えてくれたのは、竜宮城からやってきた、現代の乙姫様の娘さんなんだ。紹介するよ、アーロドロップ乙姫第二王女様」
慶汰の隣で、ずっと沈黙を守っていたアーロドロップが、ゆっくりと口を開く。
「お初にお目にかかります、海来さん。あなたのことは、慶汰君から聞いております。竜宮城から来ました、アーロドロップ・マメイド・マリーン乙姫第二王女と申します」
腰の後ろでひらひら揺れるストールの左右を握ったアーロドロップは、胸の前で静かに合わせて顎を引いた。
「ご自宅の倉庫にあった玉手箱は本物です。不本意ながら異常なポテンシャルがあることも確認できました。浦島太郎を老化させたあの玉手箱の力を用いて、今度はあなたを目覚めさせます。ただ、それにはもしかすると、もうしばらく時間が掛かってしまうかもしれません。それまでどうか、もう少しだけ頑張っていただけますか」
そうして、聞こえているはずのない海来相手に、慶汰とアーロドロップは自分たちの計画を報告した。
玉手箱を一旦竜宮城に持ち帰る必要があること。そのために慶汰も竜宮城に同行する必要があること。慶汰がそれを快諾したこと。竜宮城の時間の流れが不規則なこと……。
「姉さん。寂しい思いをさせてごめん。でも、俺は行くって決めたから……待っててくれよ。絶対助ける」
「玉手箱の解析、改良にどれだけ時間がかかるかはわかりません。ですが必ず、あなたを助けることを誓います」
アーロドロップがそう伝えた時、慶汰のズボンのポケットが、スマートフォンのバイブでブルブル震える。それをすぐに止めて、慶汰は海来の手を布団の中に優しく戻した。
「一時間経った。行こう」
昨日の作戦会議の中で、お見舞いは一日一時間までというルールとその経緯もアーロドロップに話している。それを聞いたからこそ、アーロドロップは慶汰の袖をつまんだ。
「……今日くらい、そのルールは無視したら?」
慶汰は即答した。
「それじゃまるで、今日が最後になるかもしれないみたいじゃないか。そんなつもりなんてないんだ、ルールを破る理由はないな」
「どうしてそこまでこだわるの……?」
「一族に代々伝わる教訓なんだ。『奇跡を願うならば、叶うと信じて歩き続けろ』」
慶汰はパイプ椅子を片付けて、海来の寝顔に目を向ける。
「六〇〇年間、竜宮城があるって信じて疑わなかったご先祖様たちの言葉だよ」
アーロドロップが、大きく頷いた。
「じゃあ代々願ったその想い、しっかりと受け取らないとね。……もしかして、慶汰の優しさも、ご先祖様たちに似たのかしら」
彼女に言われて、慶汰は浦島太郎資料館を思い出す。
初代浦島ご夫妻は、当時怪しげな木箱を抱えて、意味不明な言動から後ろ指をさされていた浦島太郎を受け入れたのだ。だからこそ、浦島家のルーツとなった。
アーロドロップに言われて初めてそれに気づいて、慶汰の肩の強ばりが、腑に落ちたように抜けた。
「……そう、かもしれないな」
きっと血筋なのだ。海来が子供を助けて深い眠りに落ちたのも、そんな海来のためにこれから慶汰が無茶をすることも。それはもう、遺伝子レベルでどうしようもなく仕方がないことなのだ。
「ありがとう、アロップ」
「へ? どうしたのよ急に」
「いや、初めて許せた気がしてさ」
今までずっと、無自覚ながら心のどこかで憤りがあった。どうして海来がこんな目に遭わなければいけないのか、と。
海来を躱しきれずに撥ねた、車の運転手を憎むべきか。
海来の目の前で車道に飛び出した、幼き少年を恨むべきか。
それとも、後先考えずに飛び出した、海来を責めるべきなのか……。
ずっと彷徨っていた無自覚な怒りの矛が、血筋という落とし所を見つけて、ようやく収まったのだ。
アーロドロップは目を丸くして、今までで一番自然な慶汰の微笑と、静かな海来の寝顔を交互に見比べる。そうして何かを察したように、ゆっくり微笑んだ。
「許すって……それはあなた自身のこと?」
言われて、慶汰は気づく。無自覚な怒りはもうひとつあった。姉の命がかかっているのに、なにもできない自分自身。
やるせない気持ちに気づいてくれた彼女の顔を見て、慶汰は急激に胸が高まっていることを自覚した。
「ああ。身体が軽くなった気分だよ」
だからこそ、慶汰の中で覚悟が決まる。
お人好しは血筋でもいい。だが、アーロドロップを助けたいという想いは、血筋のせいではない。
慶汰自身の、わがままだ。だから慶汰は、胸を張って姉に告げた。
「姉さん。それじゃあ行ってきます」
今や、アーロドロップへの協力は、海来を助けるための手続きではなくなっていた。
もしも万が一、帰ってくることができずとも……それでアーロドロップと、ずっと一緒にいられるならば。
覚悟の中に矛盾を孕んでいることに、慶汰はまだ、気づけない――。
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