追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

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いざりゅうぐうじょうへ!

「人で遊ぶなよな……」

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 それから二人は深く潜っていく。五〇メートル、一〇〇メートル……。
 周囲がどんどん暗くなり、途端に孤独感が増していく。それに応じるように、慶汰とアーロドロップの身体が白く発光する。光は優しい発熱も伴った。
 光源ができて、少しだけ周囲の様子がわかるようになる。
 太陽光は、およそ海から二〇〇メートルの深さまでしか届かない。
 そこから下は、深海だ。
 地球の七割を占める海。その九八パーセントもが、深海に分類されている。
 ここまで来ると、波とは無縁だ。たとえ真上で大雨が降ろうと、台風が吹き荒れようと、この世界にはなんの影響も及ぼさない。
 光も、風もない……静かな暗闇の世界。
 水温は冷たい。千メートルも潜れば、五度を超えることはまずない。
 水圧は高い。千メートル潜るごとに、だいたい一〇〇キロの圧が加わる。
 ちなみに玉手箱はといえば、変形することなく慶汰の腕の中にある。六〇〇年も昔の乙姫様が手土産に持たせるだけのことはあり、とても頑丈なようだ。
 ここには、慶汰とアーロドロップの二人だけしかいなかった。二人は少しの距離を開け、まったく同じ速度で移動している……はずだ。
 慶汰には、止まっているように感じられた。
 体感時間や体感温度というのは、自分の身体の感覚器官で、外部からの刺激を受けることによって生まれる感覚だ。
 体感速度であれば、服越しに肌を擦る空気の感触。距離感であれば、視覚で受け取る対象物との遠近感や、耳に届く音の音量や響き方で測ることができる。
 ただ、ここにはそれが一切ない。
 龍脈の膜があるから海水に触れている感触はなく、位置や距離感を比較できる対象物はアーロドロップだけだ。
 風や水は肌をこすらず、静まりかえって音もなければ、嗅げる匂いも特になく、二人以外になにもない。
 つまりここでは――速度を感じられないのである。
 もしも宇宙の果てに行くことがあれば、きっとこの感覚を思い出すのだろう。

「そういえばアロップ、深海生物の姿が見えないんだけど」
「あら、見たいの? まあなんとなくオチは予想着いたけど」
「オチってなんだよ……気色悪いやつを見てビビる、か?」

 縁起でもなさそうな前振りにそわそわしていると、待ち構えていたかのように、妖しい白濁色の何かが出迎えた。

「あは、噂をすればなんとやら、ね。正体はなにかしら」
「クラゲ?」
「……ふぅん。もっと近づいてみましょうか。玉手箱、くれぐれも放さないようにね」
「え、毒とか怖いんだけど……」

 クラゲのようだが、四本の触手は慶汰の手首くらいの幅がある。いや、二本ずつ繋がって輪になっていて、触手ではないことに気づく。
 アーロドロップが無防備に手を伸ばして、その触手のような輪っかを掴んだ。そして躊躇いなく慶汰の方へ腕を伸ばした。

「ほら!」

 それ以上近づくと玉手箱の吸収範囲になるからか、アーロドロップの手から離れたそれが慶汰の方へ漂ってくる。

「ぎゃああ待て待てふざけんな刺されたら……」

 慶汰は心臓がひっくり返りそうになりながら、それでも勇気を出して右手を伸ばす。触れてみると、なにやら触り慣れた感触だということに気がついた。

「これは……! コンビニのビニール袋じゃん!」

 プラスチックゴミは深海まで流れることがある。深刻な環境問題だ、という話を、子供の頃によく聞かされたことを思い出した。

「ふふ。最高のリアクションをありがとう慶汰」
「人で遊ぶなよな……」

 慶汰が溜息を吐くと、アーロドロップは両眼をゆっくり伏せた。

「ごめんなさい。でも、そろそろ深度二千メートルってとこかしら。王道なオチがついたところで、そろそろ旅路も終わりよ」
「これって王道なのか……?」

 釈然としない気持ちをビニール袋に詰め込んで、慶汰は異世界へ飛び込む覚悟を決める。と同時に、違和感を抱いた。

「ってか、二千メートル? 太平洋の平均深度ってたしか……四千メートルだったような。竜宮城ってそんな浅いところに――」
「いくわよー、せーのっ!」

 慶汰がすべてを言いきる前に、二人は竜宮城に突入した。

 ――空から。
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