【完結】お嬢様だけがそれを知らない

春風由実

文字の大きさ
14 / 26

14.公爵は悔み続ける

しおりを挟む
「婚約を認めたことが今なお悔やまれるな」

 公爵はソファーに預けていた身体を戻し姿勢を正すと、渋い顔をしてそう言った。
 すると彼の息子は、眉を吊り上げ父親を責め始める。

「それに関しては、父上。何度でも言いますが、父上のせいですからね。あのとき父上がもっと慎んでおられたら、こんなことにはならなかったのですよ!」

 急に公爵の身体は縮こまり小さくなって、先まで保っていた威厳が消えていた。

「それについては本当に反省しているのだよ」

 かつて普段の仕事振りを見せようと、公爵は城に娘を連れて行ったことがある。
 元々は屋敷から外に出すつもりなんてなかったのだ。
 そう、それはある日をきっかけにした、ほんの出来心で。

「反省しても遅いのですよ。まったくもう!」

 小公爵は何度でも憤ってきた。
 父親が欲など出さなければ、こんな事態にはなっていなかったからだ。

 それは公爵が幼い娘に「おとうさまはいつもなにをなさっているの?」と聞かれたことがはじまりだった。
 公爵はそこで可愛い娘から「おとうさま、かっこいい」と言われたいと願ってしまった。

 領地経営の仕事振りだけを見せておけばよかったが、ついつい王城で人から敬われ働いている姿を見せてより尊敬されたいという欲を出してしまったのだ。

「すまない。まさかあの年齢で目を付けられるとは思っていなかったのだ。お二人ならば説得出来ると考えていたために油断してな」

 公爵は何度同じ言い訳を伝え、息子に謝ってきただろうか。

 あの頃はまだ一王子であった幼子の能力を、公爵は読み間違えていたのだ。

 まさかあの年齢で、娘に一目で恋に落ちることも予期しておらず。
 それでもたとえ王子だとして、公爵に掛かれば幼子の説得や誘導などは容易に出来るはずだった。

 ところが彼らにとってのクソガキ……もとい王子は想定していたよりもずっと子どもらしくない狡猾な子どもで、王や王妃がいる前でシアにこう聞いたのだ。

『僕はシアと結婚したいな。シアはどう?僕のことは嫌い?』

 当時は何でも好きだと言ったシンシアである。
 シンシアはふるふると首を振って、こう返した。

『おうじさまのことはすきです』

 するとシンシアの可愛さにすっかり魅了されていた王妃の方が盛り上がりはじめ。

『幼くして想い合える初恋だなんて!なんて素敵なのかしら!もうこれは歌劇の題材にされる事案よ!いいえ、こちらから頼んで歌劇にして貰いましょう!だって運命的だもの!神様の思し召しがあるに違いないわ!運命よ!二人は結ばれる運命なのよ!あなた、私たちが神様のご意志に反して二人の障害になってはいけませんことよ!今すぐにこの二人を婚約させましょう!』

 何が初恋だ。何が運命か。
 障害にならば、我が公爵家がなってやる。

 と息巻く公爵は、当然ながらその場で婚約に反対の意を示した。

 まだ幼く婚約するには早過ぎる。
 王子殿下も心変わりするかもしれないし、他の令嬢や他国の王女とも親交を深めてから決めた方がいいだろう。

 幼かった息子も加勢して、国王の前で公爵らしからず騒ぎ立てた。


 ところが幼い王子はあっさりと国王を味方に付ける。

『いいえ、僕は絶対にシアと結婚します!未来永劫心変わりなんてありません!』

 そう宣言しただけでなく。

『一途に彼女を愛するとここで誓いますが、それでは足りないと言うならばお約束いたしましょう。万が一にもあり得ないことではありますが、今の誓いを破りし暁には、父上は僕を廃嫡とし生涯幽閉とでもしてください。僕が生きていると良くないということであれば、処刑も受け入れます。いずれの場合にも誓いを破った罰としてすべての王子としての個人資産は公爵家にお渡しすることも約束します』

 幼くしてそこまで言い切ったことで、父親である国王も感動させた。
 王妃などは息子の成長と運命的な二人の愛の深さに涙するほど。

 そうして婚約はあっという間に内定し、正式に発表されてしまった。
 それが王家と公爵家との間にここまでの禍根を残すことになろうとは──。

「やっと……やっとですね、父上」

「あぁ、あのクソガキはなかなか尻尾を出さなかったからな。やっとだ」

 父と息子は似た顔でほくそ笑み、薄灯りの下で酒の入った杯を鳴らした。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。 幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。 そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。 護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛

柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。 二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。 だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。 信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。 王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。 誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。 王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...