【完結】お嬢様だけがそれを知らない

春風由実

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10.とある影の独白

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「問題ないよう見守れ」

 と言われるのに、

「見過ぎるな、減る」

 と仰る。


 そんな無理難題な任務に今日も邁進する私は王家直属の影の一人です。

 確かに影として要人の護衛の任に就くことはよくあるものだけれど。
 王太子殿下の婚約者だといっても、まだ公爵家のお嬢様であるシンシア様には、公爵家側の護衛も沢山ついているわけで……。

 我らは本当に必要ですか?というのは、殿下に仕えて日が浅い者からの愚問でした。
 よく知った私たちは決して口にしない、いえ、出来ない問いです。

 ですからこの任務にあたって最初にした仕事は、公爵家側の護衛たちと話し合うことだったのです。

 あわや戦闘か、という不測の事態を思い出しては……今でも嫌な汗が噴き出るその遠い日の記憶については、はるか彼方に置いておきましょう。

 その後は見過ぎないように注意しつつも、彼らと協力しながら仲間と交替で護衛の任に当たってきました。


 まず驚いたことは、「見過ぎるな、減る」という言葉を仕事先でも聞くことになったことです。

 シンシア様の護衛を始めてからというもの、ドン引き……その価値観の違いに、驚かされることが多々ありました。
 公爵家側の護衛たちの忠誠心が、もう凄いの、なんのって。

 私たちだって王家に忠誠を誓い、この仕事に就いているわけですが。
 公爵様……というよりシンシア様だな。
 皆がシンシア様のことを命より大事で当たり前という体で会話をしてくるのです。

 私も分からなくはないんですよ。
 シンシア様をお側で見ていたら、こりゃあ、誰もがその美しさに魅了されてしまうよなぁって思いましたから。
 人外のものを感じる姫なんですよね、シンシア様って。
 しかも綺麗なのに驕りを知らず、清らかな美しい御心で成長なされているものだから。

 でもそれって、周囲から無条件に与えられる分厚過ぎるあの愛情あってのことだと思いませんか?
 卵が先か、鶏が──ってやつですよ。

 美しく生まれたから愛される、周りから愛されたから美しく育つ、どちらが先かなんて……いやぁ、美しく生まれたのは先か。
 だけどその心が清らかでいられたのはね、ほら。どっちが先かなんて分からないでしょう?

 で、よくその美しさと共に語られていることがあるんですけど。

 私からすると、欲しい物を知らない?
 なんだ、それって感じですよ。

 美しく清らかなだけで素直に崇められるほど、私はまっ直ぐに育った人間ではありませんでした。
 飢えの苦しみや、裏社会の醜さを知っている身としてはね。

 だから護衛役に回されたのかなぁ?

 
 だけど同じ影の同僚たちは、次々にシンシア様に絆されていきました。

 何せ存在を知らないはずの私たちにも、シンシア様は何故かよく軽食や菓子、お茶を与えてくださり。
 そのうえ何故か交替時間前には、毎度土産まで用意してくれているのです。

 影なのに、どうやって受け取っているか気になりますよね?

 それらはシンシア様の広いお部屋に用意された窓辺の棚の上に、そっと置かれているんです。
 
 それがお供え物を並べた祭壇にしか見えなかったもので。
 最初の頃は何か特殊な信仰を始めたかと疑ってかかりましたが。

 そのうち、綺麗な文字で『影様へ』と書かれた手紙まで添えられるようになりましてね。

 あぁ、これ。私たちへのお供えものだったのかーって。
 同僚たちと一時騒然としたものです。

 まだシンシア様が幼いころの話ですからね?

 その手紙がまた、差出人が子どもとはとても思えない美しい文字で書かれていまして。
 便箋もなんだかいい匂いがするし。

 さすが公爵家のお嬢様は違うなー、とこれについては同僚たちと私も素直に称賛していたわけですよ。

 私なんかは、ついでに、末恐ろしい方だなーとも感じていたんですが。
 同僚たちから叱られるんで、口にはしませんでしたけれどね。

 うちの殿下にお供え物の件を報告したら、どうなったと思います?

 普通、そこでどうして気付かれたのだと厳しく責められると思うでしょう?
 私もお役御免となって処分される覚悟をしていたくらいです。

 ところが殿下の注目は、手紙とお供え物の内容だけ。
 手紙はさーっと回収されまして、お供え物はもう食べた、飲んだと言えば、それは厳しく叱責されましたとさ。

 ですから私たちは暗黙の了解で、それからは何も受け取っていないことに──、おっと余計なことを語り過ぎたようです。



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