【完結】お嬢様だけがそれを知らない

春風由実

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15.王族のプライベートな空間にて

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「ふふふ。現れるのが遅かったわね」

「王妃殿下、いえ、母上」

 王城の裏庭に面した場所。
 王族と、彼らが特別に許した者しか立ち入ることの出来ないそのサンルームで、王妃は優雅にお茶を嗜んでいた。
 そこに王太子である息子が顔を見せたところだ。

 王妃は美しい所作でカップをソーサーに戻すと、にっこりと微笑んで近付いて来た王太子を迎え入れた。

「そうね。その呼び方が正しいわ。母親として頼ってくれる日を待っていたのよ。さぁ、そこに座りなさい」

「いえ、時間があまりありませんのでこのままで。ご連絡いただいた例のものはどちらでしょう?」

 慌ただしく言った息子に、王妃はあえてゆったりと言葉を返す。

「まだ時間はたっぷりとあるでしょう?あなたは分かっているわね?」

「何のことでしょうか?」

「ふふふ。分からない振りはいらないわ。分かっているから、ここで待機していられるのでしょう?」

 立ったままふーっと息を吐いた王子は、観念したように頷いた。

「仰る通りです。影たちが随分と焦っておりましたので、会議は長引いてしまいましたけれどね」

「あらあら。再教育をしなければならないかしら?」

「一部の若い影だけの話です。統括に任せておくとよろしいでしょう」

「私からも厳しくしてね♡と言っておくわ」

「母上が言うと……いえ、お願いします。彼らは楽しみ過ぎましたから」

「私も目に余ると感じておりましたの。任せなさい」

 目を合わせて、ふっと笑い合う母と息子は、とても美しい笑顔であるのに周囲の温度をいくらか下げた。

 王族のプライベートな空間だから騎士や侍女らも距離を取って見守っていたはずである。
 ところが彼らにまでその冷気は届き、それぞれが風邪を引く前の感覚が来たかと間違いそうになった。
 だがすぐに真実に気付いて、話題が自分のことではありませんようにと皆が同じように願っている。

「では、ゆっくりしていきなさいな。座りなさい」

「いえ、せっかくのお誘いですが。私のシアが来る前に準備を万全に整えておきたいのです。ですから時間はありません。例の子はどこに?」

「嫌だわ。私のシアちゃんなのに」

「……例の子はどこです?」

「私の膝の上よ」

 その返答に驚いた王太子は、テーブルを回り込んで王妃に近付くと、すぐに目を細めることになる。
 麗しい光沢のあるドレスをシーツに、今まさに真っ黒い塊はその表面を上下に動かしていた。

「ここまで黒い子は初めて見ましたね。されど……膝の上によろしかったのですか?」

「このまま下賜は出来なくなってしまうけれど、優秀な彼女たちならば使ってくれるでしょう」

 というのは、黒い塊の話ではない。

「そうではなく。傷など作られては父上が黙っておられぬのではありませんか?それでは私が困るのですが……」

 塊の種族に対して、王城への立ち入りを全面禁止にでもされてしまったら。
 今後の計画は粉々に崩れ散ってしまう。
 王太子はそれだけは避けたかった。

「シアちゃんもお怪我をしたことがあるそうね?あなたは気にするかしら?」

 王太子ははっとして首を振った。

「気にはしますが、母上の仰る意味では気にしませんね。シアには望みのままにと願います」

「あの人も同じよ。でもそうね、あえて傷付く必要はないから気を付けるわ。だけどそれも──」

 王妃は麗しく首を傾げ小さく笑ったけれど、その目は微塵も笑っていなかった。
 王太子は慣れているので平然としているも、遠くで騎士らが身震いに耐え、侍女たちは倒れぬようにと己を律する。

「あなたがもっと早くにシアちゃんから話を聞けていたら良かったのよ?」

「それは申し訳ありません」

 いつもは笑みを絶やさない王太子が、とても悔しそうに顔を歪めてそう言った。

「早く噂の特別なルームウェアとやらを着てみたいわ。あなたが作っているものでもいいのよ?」

「申し訳ありませんがお断りします。シアを一番にしたいので」

 どんどん空気が冷えてきて、いよいよ侍女が一人倒れてしまった。
 まだ王城に勤めて一年、王妃付きになったばかりの若い侍女だ。

 その侍女は無言で他の侍女らに運ばれていき、何事もなかったようにこの場は静まり返る。
 王妃はふふっと笑って、その沈黙を破った。

「相変わらず私はシアちゃんには敵わないのね。あなたの母親として残念だわ」

「母上も息子である私よりシアの方が好きですよね?」

「それはそうよぉ。シアちゃんがこちらに越してくる日が楽しみで仕方がないわ」

 ウキウキで語る王妃を横目に、王太子は本題に戻ることにした。
 ここで同じ話を続けていたら、先は長くなる。

「そちらをお借りしてよろしいですね?」



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