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16.王妃様の心を奪ったあの子
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「私がこの子を連れて会いにいけばいいと思わないのかしら?」
「思いませんね。お借りしても?」
うふふ。あはは。
笑っているのに周囲を凍らせる親子は、この国には他にないだろう。
先に折れたのは王妃の方だった。
「いいわ。あと少しの辛抱だものね。でもシアちゃんが帰ったら私に返してちょうだいね。一緒に返しに来てくれてもいいわよ?」
「……意外と気に入っているのですね。シアがその子を気に入った場合には?」
「それなら一緒に可愛がるわ」
「シアにはまだ待っている子がいるので泊まってはくれませんよ」
「泊まることになったなら?」
「それは当然、婚約者たる私がシアと共にその子の面倒をみます」
「駄目ね。許可できないわ。未婚の男女が共に一晩過ごすだなんていけないもの。ここは母として私がシアちゃんと一緒にこの子の面倒をみます」
今度は笑顔もなく、しばらく無言で見詰め合っていた親子は、やがて同時にふっと息を吐き出した。
長いに沈黙の間に、がくっと地に膝を付いてしまった騎士がいる。彼もまた就任したばかりの若い騎士だ。
先輩騎士から肩を叩かれたその騎士は、やって来た騎士と交代し、静かにこの場を去っていく。
「冗談はこのくらいにして。ねぇ、レオン。シアちゃんが帰りたくなくなるように、早くこの子たちを増やしましょう?」
「それはいけません。シアはすべての子を分け隔てなく可愛がる優しい女性なのです。彼らとこちらにいる子の相性が悪かった場合には、すべての子を想い、王城には住まない方がいいと考えてしまうかもしれません」
「会えばすぐに仲良くなれるものではないのね?」
「そう単純な彼らではないのです。されど、その子に関しては幼いうちに慣れさせた方がよろしいでしょう」
「シアちゃんがこの子を連れて帰ってしまうということかしら?」
「いえ、逆の提案をします」
「まぁ!」
楽しみだと心から微笑んだ王妃に、王太子は冷たい視線を投げた。
「母上はすぐに彼らには会えませんよ?」
「なんですって?」
王妃がこの日はじめて声を荒げた。
度胸があるのか、眠たいのか、黒い塊は跳ねることなく、王妃の膝の上で表面を上下させ続けている。
「私は王妃なのよ?」
城に何者かを連れて来たら、まずは国王、そして王妃に謁見して、紹介のうえ、今後帯同する許可を求めるものである。だから王妃の指摘はもっともなことだった。
それなのに王太子は首を振る。
「彼らが慣れるために連れて来るのですから、すぐに多くの人に会わせるわけにはまいりません。不慣れな場所では恐怖を感じると聞きますから、ひとまずは今後過ごすことになる部屋にだけ案内します」
「王妃としては分かったわ。だけど私はシアちゃんの母親なのよ?」
「母上は義母です」
「シアちゃんは本当の母親のように想ってくれているわ。だから私から会いに行っても構わないわね?」
「シアはまだ母上に話してはないでしょう?」
「あら?それはあなたも同じだわ」
王太子が胸を押さえて固まった。
一方王妃も痛い想いをしているのは同じで、悲痛に目を細めている。
「なんでも話してちょうだいねといつもお願いしているのに。私の何が足りないのかしらね?」
「それは私も伝えていますが……シアは良き王妃を目指し、個の心を示さぬようにと常に己を律している人ですからね。自分よりも民のため国のためにと考えられる、心まで美しき女性なのですよ」
「そんなことは分かっているわ。でも淋しさは消えないのよ。どうしたら母親のように甘えてくれるかしらねぇ」
「ご安心ください。私が夫としてシアを甘やかしますので、母上は何もしなくて結構」
「私だって母親としてシアちゃんを甘やかすわ」
「何度も言いますが、母上は義母ですよ。本当の母親ではありません」
「婚約者だって血の繋がらない他人よ?夫になってもそれは変わりませんからね?」
ぬぬぬと唸り母親を睨む王太子は、すぐに大事なことを思い出して心を切り替えた。
「母上、時間がありません。急ぎその子の特性を知っておかなければ。預からせていただきますね」
「仕方ないわねぇ。ほぉら、クロちゃん。お兄さんが一緒に来てと言っているわぁ。少しだけ助けて来てちょうだいね。大丈夫よぉ、とっても美しくて優しいお姉さんが、あなたを大事にしてくれますからね。ほほほ、そこで爪を立てて伸びをしたら痛いわぁ、クロちゃん。お姉さんに同じことをしたら駄目ですからねぇ。よちよち、このお兄さんは怖ろしいから、何かあったらすぐに私のところに戻って来るのよぉ。ママがクロちゃんを守ってあげまちゅからねぇ」
母親のまさに猫撫で声をはじめて耳にした王太子は、いつもの整った笑顔を引き攣らせた。
「母上……そのような小さな子に何を吹き込んでいるのですか」
王太子はやっとの気持ちで声を出し、母親を諫めてみるが。
「この城で生き抜くための大事な情報を与えているのですよ。ねぇ、クロちゃん。そうでちゅよね~」
王妃は心からの笑顔を見せて、膝に向けて甘ったるい声を出し続けるのだった。
「母上、お戯れはそのくらいにしていただいて。そろそろ本当に預かりたいのですが」
「そうねぇ。そうしましょうか。ねぇ、クロちゃん。寂しいけれど、行って来てくれるかしら?……ねぇ、レオン。困ったことになったわ」
「はい?」
「ドレスから離れないの。どうにかしてちょうだい」
真っ黒い塊は、王太子の手で王妃のドレスから引き剥がされた。
その後も王太子の腕の中でしばらくは暴れていたが、最後には無事に藤で編まれた籠に入れられ、贅沢にも王太子の手でサンルームから運び出されていく。
王妃のドレスは爪で傷付きボロボロであったが、王妃はその身のまま、優雅に微笑み王太子の退室を見送った。
「クロちゃん、また後でねぇ。美しいお姉さんに沢山可愛がってもらうのよぉ。ママはお部屋でクロちゃんの帰りを待っていまちゅからねぇ。行ってらっしゃ~い」
運搬役を願い出た近衛騎士は、王太子に断られ、無言でその後に付き従う。
彼は王妃の普段にない声を聞かなかったことにした。
いよいよ勝負のときが近付いている。
王太子は彼女と心を通じ合うことが出来るのだろうか。
「思いませんね。お借りしても?」
うふふ。あはは。
笑っているのに周囲を凍らせる親子は、この国には他にないだろう。
先に折れたのは王妃の方だった。
「いいわ。あと少しの辛抱だものね。でもシアちゃんが帰ったら私に返してちょうだいね。一緒に返しに来てくれてもいいわよ?」
「……意外と気に入っているのですね。シアがその子を気に入った場合には?」
「それなら一緒に可愛がるわ」
「シアにはまだ待っている子がいるので泊まってはくれませんよ」
「泊まることになったなら?」
「それは当然、婚約者たる私がシアと共にその子の面倒をみます」
「駄目ね。許可できないわ。未婚の男女が共に一晩過ごすだなんていけないもの。ここは母として私がシアちゃんと一緒にこの子の面倒をみます」
今度は笑顔もなく、しばらく無言で見詰め合っていた親子は、やがて同時にふっと息を吐き出した。
長いに沈黙の間に、がくっと地に膝を付いてしまった騎士がいる。彼もまた就任したばかりの若い騎士だ。
先輩騎士から肩を叩かれたその騎士は、やって来た騎士と交代し、静かにこの場を去っていく。
「冗談はこのくらいにして。ねぇ、レオン。シアちゃんが帰りたくなくなるように、早くこの子たちを増やしましょう?」
「それはいけません。シアはすべての子を分け隔てなく可愛がる優しい女性なのです。彼らとこちらにいる子の相性が悪かった場合には、すべての子を想い、王城には住まない方がいいと考えてしまうかもしれません」
「会えばすぐに仲良くなれるものではないのね?」
「そう単純な彼らではないのです。されど、その子に関しては幼いうちに慣れさせた方がよろしいでしょう」
「シアちゃんがこの子を連れて帰ってしまうということかしら?」
「いえ、逆の提案をします」
「まぁ!」
楽しみだと心から微笑んだ王妃に、王太子は冷たい視線を投げた。
「母上はすぐに彼らには会えませんよ?」
「なんですって?」
王妃がこの日はじめて声を荒げた。
度胸があるのか、眠たいのか、黒い塊は跳ねることなく、王妃の膝の上で表面を上下させ続けている。
「私は王妃なのよ?」
城に何者かを連れて来たら、まずは国王、そして王妃に謁見して、紹介のうえ、今後帯同する許可を求めるものである。だから王妃の指摘はもっともなことだった。
それなのに王太子は首を振る。
「彼らが慣れるために連れて来るのですから、すぐに多くの人に会わせるわけにはまいりません。不慣れな場所では恐怖を感じると聞きますから、ひとまずは今後過ごすことになる部屋にだけ案内します」
「王妃としては分かったわ。だけど私はシアちゃんの母親なのよ?」
「母上は義母です」
「シアちゃんは本当の母親のように想ってくれているわ。だから私から会いに行っても構わないわね?」
「シアはまだ母上に話してはないでしょう?」
「あら?それはあなたも同じだわ」
王太子が胸を押さえて固まった。
一方王妃も痛い想いをしているのは同じで、悲痛に目を細めている。
「なんでも話してちょうだいねといつもお願いしているのに。私の何が足りないのかしらね?」
「それは私も伝えていますが……シアは良き王妃を目指し、個の心を示さぬようにと常に己を律している人ですからね。自分よりも民のため国のためにと考えられる、心まで美しき女性なのですよ」
「そんなことは分かっているわ。でも淋しさは消えないのよ。どうしたら母親のように甘えてくれるかしらねぇ」
「ご安心ください。私が夫としてシアを甘やかしますので、母上は何もしなくて結構」
「私だって母親としてシアちゃんを甘やかすわ」
「何度も言いますが、母上は義母ですよ。本当の母親ではありません」
「婚約者だって血の繋がらない他人よ?夫になってもそれは変わりませんからね?」
ぬぬぬと唸り母親を睨む王太子は、すぐに大事なことを思い出して心を切り替えた。
「母上、時間がありません。急ぎその子の特性を知っておかなければ。預からせていただきますね」
「仕方ないわねぇ。ほぉら、クロちゃん。お兄さんが一緒に来てと言っているわぁ。少しだけ助けて来てちょうだいね。大丈夫よぉ、とっても美しくて優しいお姉さんが、あなたを大事にしてくれますからね。ほほほ、そこで爪を立てて伸びをしたら痛いわぁ、クロちゃん。お姉さんに同じことをしたら駄目ですからねぇ。よちよち、このお兄さんは怖ろしいから、何かあったらすぐに私のところに戻って来るのよぉ。ママがクロちゃんを守ってあげまちゅからねぇ」
母親のまさに猫撫で声をはじめて耳にした王太子は、いつもの整った笑顔を引き攣らせた。
「母上……そのような小さな子に何を吹き込んでいるのですか」
王太子はやっとの気持ちで声を出し、母親を諫めてみるが。
「この城で生き抜くための大事な情報を与えているのですよ。ねぇ、クロちゃん。そうでちゅよね~」
王妃は心からの笑顔を見せて、膝に向けて甘ったるい声を出し続けるのだった。
「母上、お戯れはそのくらいにしていただいて。そろそろ本当に預かりたいのですが」
「そうねぇ。そうしましょうか。ねぇ、クロちゃん。寂しいけれど、行って来てくれるかしら?……ねぇ、レオン。困ったことになったわ」
「はい?」
「ドレスから離れないの。どうにかしてちょうだい」
真っ黒い塊は、王太子の手で王妃のドレスから引き剥がされた。
その後も王太子の腕の中でしばらくは暴れていたが、最後には無事に藤で編まれた籠に入れられ、贅沢にも王太子の手でサンルームから運び出されていく。
王妃のドレスは爪で傷付きボロボロであったが、王妃はその身のまま、優雅に微笑み王太子の退室を見送った。
「クロちゃん、また後でねぇ。美しいお姉さんに沢山可愛がってもらうのよぉ。ママはお部屋でクロちゃんの帰りを待っていまちゅからねぇ。行ってらっしゃ~い」
運搬役を願い出た近衛騎士は、王太子に断られ、無言でその後に付き従う。
彼は王妃の普段にない声を聞かなかったことにした。
いよいよ勝負のときが近付いている。
王太子は彼女と心を通じ合うことが出来るのだろうか。
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