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19.王宮侍女は職務を遂行する
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時の流れが戻ったと私が感じたときには、王太子殿下は胸を押さえて俯いておりました。
シンシア様は目を丸くしておろおろと狼狽えておりましたが、殿下のご事情を私は理解していました。
私も殿下と同じ体勢になりたい衝動に堪えていたからです。
「殿下、どうなされましたか?胸がお辛いのですか?お医者様をお呼びしますか?あの、皆さま、急ぎお医者さまをお願い出来ますか?そうです、殿下。お医者様が来るまで横になりましょう。どなたか寝られるように、いえ私が膝を──」
それ以上はいけません。
なんとかお止めせねばと身体が動いたときのことです。
側にいた殿下の護衛騎士の方がゴホンとひとつ咳をされました。
おかげさまで、高級な食器をひとつ割らずに済んだのです。
「大丈夫だよ、シア。なんでもないからね。それより……大好きか」
どうやら王太子殿下は、「大好き」という言葉ばかりに囚われて、シンシア様の直前のお言葉を聞き逃していたようです。
私は心から安堵しました。
「えぇ、昔から大好きで……」
シンシア様が少し照れたように微笑まれれば、不思議とその背後に鮮やかな花が咲いているように見えました。
シンシア様という御方は、天から特別に使わされし聖女様なのではないでしょうか。
というのは、ここ王宮に出仕している侍女の総意です。
「その……殿下」
「うん?」
「もし……もしもですけれど……いえ、何でもありません」
このようなシンシア様はとても珍しく、私は仕事を放棄してしばしシンシア様のお姿に見惚れてしまうのでした。
悩ましさの滲むご尊顔もまたなんて高貴で美しいのでしょうか。
殿下もまたぐっと拳に力を入れたようでした。
シンシア様の御前で正気でいることは大変なことなのです。
そういう意味では、王太子殿下が凄い御方であるというのも私たち侍女の総意です。
王太子殿下として、そしてまた婚約者様として、いつでもシンシア様の前では悠然と美しく煌びやかに穏やかに優しく慈愛の微笑をして、精神の乱れを上手に隠している殿下には、尊敬の念しかありません。
「シア。言い掛けて止めるのはなしだよ」
しかし今日はいつになく、殿下の瞳がぎらぎらと輝いているような気がします。
「……ご迷惑かもしれないと思ったものですから」
「言う前から迷惑だと決めつけないで欲しいな。言ってみたら私は喜ぶかもしれないよ?というか、君の話は全部が嬉しい私だからね」
「まぁ」
くすくす笑うシンシア様は、心なしかいつもよりも明るい笑顔を見せられておりました。
淑女らしくいつでも微笑を絶やさないシンシア様ですが、今は心からのお気持ちで笑っておられるような気がします。
「では、お話しいたしますね。もしよろしければですが、その子猫ちゃんに会わせて頂けないかと思いまして」
「もちろんいいとも。私が飼うということは、君も一緒に猫と暮らすということだからね」
「私も一緒に猫と……」
シンシア様がこれまた珍しく、もじもじと身体を揺らして、何かを伝えたそうにちらっと殿下を見た後に視線を下げておりました。
どうしましょう。私もこの場で身体を捩らせてその可憐さを讃えたい……耐えるために強めに奥歯を噛み締めます。
ちらと横を見たら、殿下の護衛騎士殿も拳を握り締めているではありませんか。
やはりそうですよね。シンシア様の美しさが今日は破滅的にこれまでにない最強の力でもって私たちを襲っています。
この場で闘っているのは私だけではないのだと気付き、もうしばし頑張ることにいたしました。
侍女の待機室に戻れば、同僚の前でいくらでも叫べますからね。
このお茶会が終わるまでの辛抱です。
王太子殿下はさすが見事に耐えられまして、シンシア様が素直なお気持ちを語りやすいよう優しいお言葉を掛けられておりました。
……と思えたのは最初だけです。
「あぁ、近いうちにシアは私と猫と一緒に暮らすことになる。元より結婚したら子どもは幾人も欲しいと思ってきたけれど。シアと一緒なら猫を増やすのもいいな」
シンシア様になんてお言葉をお掛けになるのでしょうか!
思わず用意していた台車から食器を放り投げようかと思ったときです。
「殿下は猫が増えても構わないのですか?」
シンシア様は殿下の不埒なお言葉はしっかり聞き流されたようでした。
良かったです。あぁ、本当に良かった。シンシア様が穢れなくて。
身勝手にも殿下はお耳を赤くしておりますが、今回ばかりは心底軽蔑してしまいます。
え?結婚すればそのようなことも……
私たち侍女が結託すればシンシア様は必ずお守り出来ますとも!
え?それはおかしい……
いずれは王妃様となられるシンシア様にこの身を生涯捧げる所存でしたけれど、私もまだまだ覚悟が足りていないようですね。
これについては同僚たちとよく話し合うことにいたします。
「もちろんいいとも。沢山いたら可愛いだろうねぇ」
──シアが。
殿下のお言葉の先が聞こえた気がいたしました。
シンシア様は唯一無二の存在だからこそ素晴らしいのですよ、殿下?
それにシンシア様が沢山いらっしゃったら……それはそれで素晴らしいことになりますね。
私たちも仕事の争奪戦を行わずに済みそうです。
「あの、殿下……実は……実はその……」
胸の前でぎゅっと手を合わせたシンシア様は、一度俯かれてからそっと顔を上げました。
「シア?」
「殿下、実は私……」
殿下がごくっと喉の奥を鳴らされたことは、遠目からでも分かりました。
今日は殿下もいつもとは違い、乱れる感情を上手く隠せないようですね。
それも仕方のないことだと思います。
今日のシンシア様はいつもとはご様子が違って、格別に美しいですから。
特にあの潤んだ瞳は……あぁ、気を抜いた瞬間に昇天してしまいそう。
あの目で見詰められて倒れずに済んでいる殿下は凄いです。
「猫と一緒に暮らしているのです!」
ついに言い切ったぞとばかりに、シンシア様が満足気な笑顔を見せられたとき。
私は耐えられずに、一度膝を付いてしまったのでした。
しかしすぐに正気に戻り急ぎ立ち上がり何事も起きていない顔を作ったのですが。
隣で護衛騎士の方が胸を叩いておられました。
あら、膝に草が……
どうやら彼は私より早く立ち直っただけのようですね。
同じ空間にあるというだけで普段から騎士と侍女は接点を持ちませんが、今日ばかりは強い仲間意識が芽生えます。
シンシア様は目を丸くしておろおろと狼狽えておりましたが、殿下のご事情を私は理解していました。
私も殿下と同じ体勢になりたい衝動に堪えていたからです。
「殿下、どうなされましたか?胸がお辛いのですか?お医者様をお呼びしますか?あの、皆さま、急ぎお医者さまをお願い出来ますか?そうです、殿下。お医者様が来るまで横になりましょう。どなたか寝られるように、いえ私が膝を──」
それ以上はいけません。
なんとかお止めせねばと身体が動いたときのことです。
側にいた殿下の護衛騎士の方がゴホンとひとつ咳をされました。
おかげさまで、高級な食器をひとつ割らずに済んだのです。
「大丈夫だよ、シア。なんでもないからね。それより……大好きか」
どうやら王太子殿下は、「大好き」という言葉ばかりに囚われて、シンシア様の直前のお言葉を聞き逃していたようです。
私は心から安堵しました。
「えぇ、昔から大好きで……」
シンシア様が少し照れたように微笑まれれば、不思議とその背後に鮮やかな花が咲いているように見えました。
シンシア様という御方は、天から特別に使わされし聖女様なのではないでしょうか。
というのは、ここ王宮に出仕している侍女の総意です。
「その……殿下」
「うん?」
「もし……もしもですけれど……いえ、何でもありません」
このようなシンシア様はとても珍しく、私は仕事を放棄してしばしシンシア様のお姿に見惚れてしまうのでした。
悩ましさの滲むご尊顔もまたなんて高貴で美しいのでしょうか。
殿下もまたぐっと拳に力を入れたようでした。
シンシア様の御前で正気でいることは大変なことなのです。
そういう意味では、王太子殿下が凄い御方であるというのも私たち侍女の総意です。
王太子殿下として、そしてまた婚約者様として、いつでもシンシア様の前では悠然と美しく煌びやかに穏やかに優しく慈愛の微笑をして、精神の乱れを上手に隠している殿下には、尊敬の念しかありません。
「シア。言い掛けて止めるのはなしだよ」
しかし今日はいつになく、殿下の瞳がぎらぎらと輝いているような気がします。
「……ご迷惑かもしれないと思ったものですから」
「言う前から迷惑だと決めつけないで欲しいな。言ってみたら私は喜ぶかもしれないよ?というか、君の話は全部が嬉しい私だからね」
「まぁ」
くすくす笑うシンシア様は、心なしかいつもよりも明るい笑顔を見せられておりました。
淑女らしくいつでも微笑を絶やさないシンシア様ですが、今は心からのお気持ちで笑っておられるような気がします。
「では、お話しいたしますね。もしよろしければですが、その子猫ちゃんに会わせて頂けないかと思いまして」
「もちろんいいとも。私が飼うということは、君も一緒に猫と暮らすということだからね」
「私も一緒に猫と……」
シンシア様がこれまた珍しく、もじもじと身体を揺らして、何かを伝えたそうにちらっと殿下を見た後に視線を下げておりました。
どうしましょう。私もこの場で身体を捩らせてその可憐さを讃えたい……耐えるために強めに奥歯を噛み締めます。
ちらと横を見たら、殿下の護衛騎士殿も拳を握り締めているではありませんか。
やはりそうですよね。シンシア様の美しさが今日は破滅的にこれまでにない最強の力でもって私たちを襲っています。
この場で闘っているのは私だけではないのだと気付き、もうしばし頑張ることにいたしました。
侍女の待機室に戻れば、同僚の前でいくらでも叫べますからね。
このお茶会が終わるまでの辛抱です。
王太子殿下はさすが見事に耐えられまして、シンシア様が素直なお気持ちを語りやすいよう優しいお言葉を掛けられておりました。
……と思えたのは最初だけです。
「あぁ、近いうちにシアは私と猫と一緒に暮らすことになる。元より結婚したら子どもは幾人も欲しいと思ってきたけれど。シアと一緒なら猫を増やすのもいいな」
シンシア様になんてお言葉をお掛けになるのでしょうか!
思わず用意していた台車から食器を放り投げようかと思ったときです。
「殿下は猫が増えても構わないのですか?」
シンシア様は殿下の不埒なお言葉はしっかり聞き流されたようでした。
良かったです。あぁ、本当に良かった。シンシア様が穢れなくて。
身勝手にも殿下はお耳を赤くしておりますが、今回ばかりは心底軽蔑してしまいます。
え?結婚すればそのようなことも……
私たち侍女が結託すればシンシア様は必ずお守り出来ますとも!
え?それはおかしい……
いずれは王妃様となられるシンシア様にこの身を生涯捧げる所存でしたけれど、私もまだまだ覚悟が足りていないようですね。
これについては同僚たちとよく話し合うことにいたします。
「もちろんいいとも。沢山いたら可愛いだろうねぇ」
──シアが。
殿下のお言葉の先が聞こえた気がいたしました。
シンシア様は唯一無二の存在だからこそ素晴らしいのですよ、殿下?
それにシンシア様が沢山いらっしゃったら……それはそれで素晴らしいことになりますね。
私たちも仕事の争奪戦を行わずに済みそうです。
「あの、殿下……実は……実はその……」
胸の前でぎゅっと手を合わせたシンシア様は、一度俯かれてからそっと顔を上げました。
「シア?」
「殿下、実は私……」
殿下がごくっと喉の奥を鳴らされたことは、遠目からでも分かりました。
今日は殿下もいつもとは違い、乱れる感情を上手く隠せないようですね。
それも仕方のないことだと思います。
今日のシンシア様はいつもとはご様子が違って、格別に美しいですから。
特にあの潤んだ瞳は……あぁ、気を抜いた瞬間に昇天してしまいそう。
あの目で見詰められて倒れずに済んでいる殿下は凄いです。
「猫と一緒に暮らしているのです!」
ついに言い切ったぞとばかりに、シンシア様が満足気な笑顔を見せられたとき。
私は耐えられずに、一度膝を付いてしまったのでした。
しかしすぐに正気に戻り急ぎ立ち上がり何事も起きていない顔を作ったのですが。
隣で護衛騎士の方が胸を叩いておられました。
あら、膝に草が……
どうやら彼は私より早く立ち直っただけのようですね。
同じ空間にあるというだけで普段から騎士と侍女は接点を持ちませんが、今日ばかりは強い仲間意識が芽生えます。
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