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22.護衛騎士は修行が足りない
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「猫たちもきっと喜んでくれると思います。最初は緊張してしまうかもしれませんが、人が好きな子たちばかりなので」
「うんうん、楽しみだよ」
王太子殿下とシンシア様はそれは楽しそうに会話を続けておられました。
特にシンシア様はいつにない溌剌とした表情で、家にいらっしゃる猫たちのことを語られております。
お顔がぱぁっと輝いて、その眩さは目が潰れそうなほど。もちろん眩しくなかろうと凝視するような失礼は致しません。
されどお話を聞いている殿下の目つきは気になりました。
優しい微笑と共にシンシア様のお話に耳を傾け相槌を打っておられたのですが、その瞳に宿る情熱はとても会話の内容を楽しんでいる者ではございません。
あまり見ていると、お守りするはずの殿下を切りたくなってしまいそうなので。
護衛騎士として正しく公爵邸へと付き従った後のことを予測しておくことにしました。
シンシア様と猫……それも複数の猫……。
それはもう神々しいまでの尊き光景を見られるに違いありません。
想像の段階から眼福。
そんな私の幸せな妄想もとい予測を打ち破る声が入ってきました。
「シア。今まで申し訳なかった」
話の間が空いたところで、殿下が唐突に謝罪をなさったのです。
と同時に、殿下の手が驚いて固まっておられたシンシア様の手に重ねられました。
侍女殿がぐっと歯を食いしばったような気がして横を向きますが、いつもと変わらぬ顔に見えました。
されどもポットを持ち上げた手が不穏に震え……気にしないでおきましょう。
ここは王城。
まさか王太子殿下とその婚約者様のお茶の席を任される侍女が、良からぬことなど考えるはずがございません。
そうです。その華奢な身体から立ち上る殺気のようなものは気のせいのはず。
「優しい君のことだから。私と結婚したらその子たちと離れ離れになってしまうと考え、悩んできたであろう。それはとても苦しかったのではないか?たとえば……私との結婚から逃げたくなるくらいに」
「そんなことは……」
静かにポットがカートに着地して、私はほっと息を吐きました。
隣から発せられる何か良からぬ気も落ち着いたように感じます。
「いいんだよ、シア。悩ませてしまったのは私だから。それよりも、どうか私には素直な気持ちを伝えて欲しい」
シンシア様は覚悟を決められたように一度視線を伏せたのち、顔を上げられました。
「殿下が左様に仰るということは、お気付きになられていたということですよね。大変申し訳ありません」
言い終えてきゅっと口を結び己を律するシンシア様のお姿はとても眩しいものでした。
「謝って欲しいわけではないよ。シアは優しいから、君の大事な子たちと離れたくないと願いながら、それが出来る方法を選べなかった。違うかい?」
「どうして……」
「立派な王妃であろうとこれまで努力してきたシアを見てきたら分かるさ。この国のため、民のため、それから公爵家のことなんかを考えて、公爵の提案も断ったんだね?」
殿下を見上げるシンシア様の瞳が、いつもとは違う輝きを放っておられました。
これは……眩しさに思わず膝を付きそうになりましたが、今日は一度失敗しているために己を必死に律します。
この場で重ねて膝を折ってしまっては、殿下付護衛騎士の名折れです。
「シアのそういうところは尊敬に値するし、未来の王妃としても素晴らしいことだと思うよ。だけどね、シア。私の前でまで完璧な未来の王妃である必要はないと思わないか?」
「殿下の前でまで……?」
シンシア様が小首を傾げられるだけで、柔らかい風が巻き起こり、庭園の花々を擽って廻ったそれが花弁と葉を一斉に優しく揺らした気がします。
「私たちは確かに共に王と王妃になるだろう。だがそれは二人きりのときまで継続する必要があるだろうか?猫たちの前でまで、シアは王妃で居続ける気はないだろう?」
それは確かなことだったのでしょう。
シンシア様が戸惑いながら小さく頷かれると、殿下は頬を綻ばせました。
「猫たちはもうすでに君の家族だ。そこに私も加わると考えて欲しい。私たちは結婚して、猫たちも含め、皆で家族になる。諸侯や民の前では王と王妃であらねばならないが、王城でのプライベートな時間は家族として気楽に過ごす時間としよう」
その瞬間シンシア様の瞳が、お顔、全身が、今までで一番の輝きを放ったのです。
後々考えればこれは、シンシア様が殿下の認識を変えた瞬間だったのではないでしょうか。
お仕えする未来の国王から、未来の夫、つまり共に生きる未来の家族へと──。
それはシンシア様が大事にされてきた猫たちに向かう愛情と同じ種類の……それがどれくらいかは想像出来かねますが、その種の愛情が殿下に向けられた瞬間でした。
これも後々知ることになるのですが、シンシア様の猫への愛情の深さはとても言葉では説明出来るようなものではなく、はたして殿下がそこに並ばれたかと問われますとそれは……これについてははっきりと言及しないでおきます。
そして驚く事態へと発展しました。
美しいそのご尊顔にひとかけらの光輝く粒が伝ったのです。
えぇえぇ、こうなりますともう。
同時に私たちはその場に崩れ落ちたわけですが。
しかしその美しい雫はすぐに隠されてしまいました。
先に我に返ってシンシア様を抱き締めた王太子殿下は、シンシア様の見えないところでしっしと手を払われまして。
立ち直った私たちはお二人に背を向けて待機することになったからです。
そうして思わず侍女殿と顔を見合わせたときのことでした。
……これはっ!
…………この感覚はっ!まさかっ!!!
「うんうん、楽しみだよ」
王太子殿下とシンシア様はそれは楽しそうに会話を続けておられました。
特にシンシア様はいつにない溌剌とした表情で、家にいらっしゃる猫たちのことを語られております。
お顔がぱぁっと輝いて、その眩さは目が潰れそうなほど。もちろん眩しくなかろうと凝視するような失礼は致しません。
されどお話を聞いている殿下の目つきは気になりました。
優しい微笑と共にシンシア様のお話に耳を傾け相槌を打っておられたのですが、その瞳に宿る情熱はとても会話の内容を楽しんでいる者ではございません。
あまり見ていると、お守りするはずの殿下を切りたくなってしまいそうなので。
護衛騎士として正しく公爵邸へと付き従った後のことを予測しておくことにしました。
シンシア様と猫……それも複数の猫……。
それはもう神々しいまでの尊き光景を見られるに違いありません。
想像の段階から眼福。
そんな私の幸せな妄想もとい予測を打ち破る声が入ってきました。
「シア。今まで申し訳なかった」
話の間が空いたところで、殿下が唐突に謝罪をなさったのです。
と同時に、殿下の手が驚いて固まっておられたシンシア様の手に重ねられました。
侍女殿がぐっと歯を食いしばったような気がして横を向きますが、いつもと変わらぬ顔に見えました。
されどもポットを持ち上げた手が不穏に震え……気にしないでおきましょう。
ここは王城。
まさか王太子殿下とその婚約者様のお茶の席を任される侍女が、良からぬことなど考えるはずがございません。
そうです。その華奢な身体から立ち上る殺気のようなものは気のせいのはず。
「優しい君のことだから。私と結婚したらその子たちと離れ離れになってしまうと考え、悩んできたであろう。それはとても苦しかったのではないか?たとえば……私との結婚から逃げたくなるくらいに」
「そんなことは……」
静かにポットがカートに着地して、私はほっと息を吐きました。
隣から発せられる何か良からぬ気も落ち着いたように感じます。
「いいんだよ、シア。悩ませてしまったのは私だから。それよりも、どうか私には素直な気持ちを伝えて欲しい」
シンシア様は覚悟を決められたように一度視線を伏せたのち、顔を上げられました。
「殿下が左様に仰るということは、お気付きになられていたということですよね。大変申し訳ありません」
言い終えてきゅっと口を結び己を律するシンシア様のお姿はとても眩しいものでした。
「謝って欲しいわけではないよ。シアは優しいから、君の大事な子たちと離れたくないと願いながら、それが出来る方法を選べなかった。違うかい?」
「どうして……」
「立派な王妃であろうとこれまで努力してきたシアを見てきたら分かるさ。この国のため、民のため、それから公爵家のことなんかを考えて、公爵の提案も断ったんだね?」
殿下を見上げるシンシア様の瞳が、いつもとは違う輝きを放っておられました。
これは……眩しさに思わず膝を付きそうになりましたが、今日は一度失敗しているために己を必死に律します。
この場で重ねて膝を折ってしまっては、殿下付護衛騎士の名折れです。
「シアのそういうところは尊敬に値するし、未来の王妃としても素晴らしいことだと思うよ。だけどね、シア。私の前でまで完璧な未来の王妃である必要はないと思わないか?」
「殿下の前でまで……?」
シンシア様が小首を傾げられるだけで、柔らかい風が巻き起こり、庭園の花々を擽って廻ったそれが花弁と葉を一斉に優しく揺らした気がします。
「私たちは確かに共に王と王妃になるだろう。だがそれは二人きりのときまで継続する必要があるだろうか?猫たちの前でまで、シアは王妃で居続ける気はないだろう?」
それは確かなことだったのでしょう。
シンシア様が戸惑いながら小さく頷かれると、殿下は頬を綻ばせました。
「猫たちはもうすでに君の家族だ。そこに私も加わると考えて欲しい。私たちは結婚して、猫たちも含め、皆で家族になる。諸侯や民の前では王と王妃であらねばならないが、王城でのプライベートな時間は家族として気楽に過ごす時間としよう」
その瞬間シンシア様の瞳が、お顔、全身が、今までで一番の輝きを放ったのです。
後々考えればこれは、シンシア様が殿下の認識を変えた瞬間だったのではないでしょうか。
お仕えする未来の国王から、未来の夫、つまり共に生きる未来の家族へと──。
それはシンシア様が大事にされてきた猫たちに向かう愛情と同じ種類の……それがどれくらいかは想像出来かねますが、その種の愛情が殿下に向けられた瞬間でした。
これも後々知ることになるのですが、シンシア様の猫への愛情の深さはとても言葉では説明出来るようなものではなく、はたして殿下がそこに並ばれたかと問われますとそれは……これについてははっきりと言及しないでおきます。
そして驚く事態へと発展しました。
美しいそのご尊顔にひとかけらの光輝く粒が伝ったのです。
えぇえぇ、こうなりますともう。
同時に私たちはその場に崩れ落ちたわけですが。
しかしその美しい雫はすぐに隠されてしまいました。
先に我に返ってシンシア様を抱き締めた王太子殿下は、シンシア様の見えないところでしっしと手を払われまして。
立ち直った私たちはお二人に背を向けて待機することになったからです。
そうして思わず侍女殿と顔を見合わせたときのことでした。
……これはっ!
…………この感覚はっ!まさかっ!!!
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