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5.私の運命の人
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口を閉ざしていても、その冷えた目はよくものを語った。
こんな目を妹以外の女性から向けられたことがあっただろうか。
…………だめだ、分からない。
他の令嬢たちとの見合いの席で彼女たちがどんな目をしてどんな表情で話していたか、何ひとつ思い出せなかった。
貴族として令嬢たちの顔と名前は記憶にあるのに、どうなっているのだろう。
それが答えなのだろうか。
としたら、私はとても恥ずかしいことをしてきたのではないか。
彼女たちもまた親である当主の命に従って、見合いの席に座ったはずだ。
高位貴族の令嬢たちでも、相手が公爵家の私であれば、嫌だという我がままを通すことは出来ない。
全員がそうだったかどうかは知らないが、当主の命で私の気を惹くよう言われてきた者もあったのではないか。
それなのに私は馬鹿の一つ覚えのように、開口一番『どうせ公爵夫人になりたいのだろう』と聞いてきた。
想えば遠いところをはるばる足を運んでくれたことにも感謝していない。
見合いの席でなければ、たとえ会いたくない相手だったとしても、紳士の仮面を顔に貼り付け、私は彼女たちを歓待していたはずである。
「お分かりいただけたようで、良かったです」
目のまえの子爵令嬢がにこりと笑ったときだ。
顔も服装も地味な令嬢だと思っていたが、普通に笑うと綺麗な人だと気が付いた。
だがその顔も長くは見ていられない。
突然頭を下げられたからだ。
「たかが子爵家の娘の分際で偉そうに講釈を垂れるなど、公爵令息様には大変なご無礼をいたしました。もう二度とお目に入らぬようにいたしますので、どうか一度切りのこととして今日のことはお許しくださいますか?」
「は?」
「リーナ様に許可を頂いていたとはいえ、少々口が滑りました。あなた様のような尊き御生れの方に対し、決して許されないことをした自覚はあります。謹んでお詫び申し上げますが、どうか先ほどお約束頂きました通り、家には咎のなきようお願いしたいのです」
「……リーナだと?」
すぐに令嬢は顔を上げて微笑んだ。
こいつ、謝る気など端からなかっただろう?
だが笑みはやはり綺麗だった。
上品で気高い微笑みにも勝気さを隠さない、そんな笑みはリーナに通じるように感じられる。
だから気が合ったということだろうか。
「リーナ様には最後にお名前を出してお許しを頂くようにとの有難いお言葉を賜っております」
「あいつっ!」
「兄上様想いで大変お優しく、先見の命までお持ちの素晴らしき侯爵夫人でいらっしゃいますね」
「どこがだ!」
そこでくすくすと笑い出したとき、いや、違うな。
すぐにはっと気付いて、その笑い声を止めたときだ。
なんだか無性に苛立ってきて、私は言っていた。
「笑いたければ笑えばいい!」
「まぁ、よろしいのですか?」
「そこは普通、遠慮するところだろう?」
「では、笑わないことにいたします」
「笑えばいいと言っている!」
くすくすくすと嫌味に笑っているはずなのに、そう悪い心地はしない。
声がいいのかもしれない。
これは妹とは特に重ならなかった。
「ふん。まぁ、いい。君の考えはよく分かった。君にならまた会ってやらなくもないぞ。私にも貴族としての責務があるからな」
「まぁ、驚きました」
「その平坦な声はなんだ?」
気持ちを一切込めずに文章を読んだらこうなるだろうという声で彼女は言った。
この話し方も苛立つな。
「また失礼をいたしました。重ねてお詫び申し上げます」
「いちいち謝らなくていい。私が許したのだ、咎もない。それで、何に驚いたのだ?」
「リーナ様が仰っていた通りでしたので」
あの妹め。
昨夜散々偉そうに語っていたのは、この令嬢に話を通していたからか。
つまり、こいつは本当に私に会いたくてここに来たわけではなかったのだな。
また苛立ちが強まって、私はつい声を張り上げていた。
これは相談もなく勝手なことをしたリーナが気に入らなかったからだ。そうだ、妹が全部悪い。
「あいつは何を言っていた!」
いくら私が声を張り上げようと子爵令嬢の様子は落ち着いたもので、少しの間紅茶を味わい、それから言った。
これでは私が一人で騒いでいるようで、恥ずかしくなるではないか。
「この作戦でしたら兄は必ずもう一度会おうと言うはずでしてよ、と」
子爵令嬢は声色だけでなくリーナの表情まで真似して言った。
ぞわぞわするからやめてくれ。
「声真似はいい。気味が悪いからやめろ」
「続きもございます。兄はわたくしと同じく負けず嫌いなのですわ、ということです」
「だから声真似をしないでくれ。気味が悪い」
令嬢はくすくすと笑う。
リーナと付き合いのある理由が分かった。
肝が据わった大分おかしな令嬢だから。
ははっ。
怒っているはずが、私まで笑っていた。
負けた気分だ。
「作戦とは?」
「徹底的に言い負かせるようにと言付かっておりまして」
「……くそ。あいつ」
自分が幸せだからと、なんだ、あいつは。
そもそもなんだ、あのデレデレとした様子は。
あいつはあんな女ではなかったはずだぞ。
義弟のせいなのか?あいつが妹に何かしたというのか?
堅物で面白みのない男であったはずなのに。
あいつも最近、よく笑うようになっているな。
笑う……。
私が笑うのはいつ振りだろうか。
まさかっ!
「君だったのか!」
「いいえ、違います」
その返答は突風の如し。
あっと言える間もなかった。
こんな目を妹以外の女性から向けられたことがあっただろうか。
…………だめだ、分からない。
他の令嬢たちとの見合いの席で彼女たちがどんな目をしてどんな表情で話していたか、何ひとつ思い出せなかった。
貴族として令嬢たちの顔と名前は記憶にあるのに、どうなっているのだろう。
それが答えなのだろうか。
としたら、私はとても恥ずかしいことをしてきたのではないか。
彼女たちもまた親である当主の命に従って、見合いの席に座ったはずだ。
高位貴族の令嬢たちでも、相手が公爵家の私であれば、嫌だという我がままを通すことは出来ない。
全員がそうだったかどうかは知らないが、当主の命で私の気を惹くよう言われてきた者もあったのではないか。
それなのに私は馬鹿の一つ覚えのように、開口一番『どうせ公爵夫人になりたいのだろう』と聞いてきた。
想えば遠いところをはるばる足を運んでくれたことにも感謝していない。
見合いの席でなければ、たとえ会いたくない相手だったとしても、紳士の仮面を顔に貼り付け、私は彼女たちを歓待していたはずである。
「お分かりいただけたようで、良かったです」
目のまえの子爵令嬢がにこりと笑ったときだ。
顔も服装も地味な令嬢だと思っていたが、普通に笑うと綺麗な人だと気が付いた。
だがその顔も長くは見ていられない。
突然頭を下げられたからだ。
「たかが子爵家の娘の分際で偉そうに講釈を垂れるなど、公爵令息様には大変なご無礼をいたしました。もう二度とお目に入らぬようにいたしますので、どうか一度切りのこととして今日のことはお許しくださいますか?」
「は?」
「リーナ様に許可を頂いていたとはいえ、少々口が滑りました。あなた様のような尊き御生れの方に対し、決して許されないことをした自覚はあります。謹んでお詫び申し上げますが、どうか先ほどお約束頂きました通り、家には咎のなきようお願いしたいのです」
「……リーナだと?」
すぐに令嬢は顔を上げて微笑んだ。
こいつ、謝る気など端からなかっただろう?
だが笑みはやはり綺麗だった。
上品で気高い微笑みにも勝気さを隠さない、そんな笑みはリーナに通じるように感じられる。
だから気が合ったということだろうか。
「リーナ様には最後にお名前を出してお許しを頂くようにとの有難いお言葉を賜っております」
「あいつっ!」
「兄上様想いで大変お優しく、先見の命までお持ちの素晴らしき侯爵夫人でいらっしゃいますね」
「どこがだ!」
そこでくすくすと笑い出したとき、いや、違うな。
すぐにはっと気付いて、その笑い声を止めたときだ。
なんだか無性に苛立ってきて、私は言っていた。
「笑いたければ笑えばいい!」
「まぁ、よろしいのですか?」
「そこは普通、遠慮するところだろう?」
「では、笑わないことにいたします」
「笑えばいいと言っている!」
くすくすくすと嫌味に笑っているはずなのに、そう悪い心地はしない。
声がいいのかもしれない。
これは妹とは特に重ならなかった。
「ふん。まぁ、いい。君の考えはよく分かった。君にならまた会ってやらなくもないぞ。私にも貴族としての責務があるからな」
「まぁ、驚きました」
「その平坦な声はなんだ?」
気持ちを一切込めずに文章を読んだらこうなるだろうという声で彼女は言った。
この話し方も苛立つな。
「また失礼をいたしました。重ねてお詫び申し上げます」
「いちいち謝らなくていい。私が許したのだ、咎もない。それで、何に驚いたのだ?」
「リーナ様が仰っていた通りでしたので」
あの妹め。
昨夜散々偉そうに語っていたのは、この令嬢に話を通していたからか。
つまり、こいつは本当に私に会いたくてここに来たわけではなかったのだな。
また苛立ちが強まって、私はつい声を張り上げていた。
これは相談もなく勝手なことをしたリーナが気に入らなかったからだ。そうだ、妹が全部悪い。
「あいつは何を言っていた!」
いくら私が声を張り上げようと子爵令嬢の様子は落ち着いたもので、少しの間紅茶を味わい、それから言った。
これでは私が一人で騒いでいるようで、恥ずかしくなるではないか。
「この作戦でしたら兄は必ずもう一度会おうと言うはずでしてよ、と」
子爵令嬢は声色だけでなくリーナの表情まで真似して言った。
ぞわぞわするからやめてくれ。
「声真似はいい。気味が悪いからやめろ」
「続きもございます。兄はわたくしと同じく負けず嫌いなのですわ、ということです」
「だから声真似をしないでくれ。気味が悪い」
令嬢はくすくすと笑う。
リーナと付き合いのある理由が分かった。
肝が据わった大分おかしな令嬢だから。
ははっ。
怒っているはずが、私まで笑っていた。
負けた気分だ。
「作戦とは?」
「徹底的に言い負かせるようにと言付かっておりまして」
「……くそ。あいつ」
自分が幸せだからと、なんだ、あいつは。
そもそもなんだ、あのデレデレとした様子は。
あいつはあんな女ではなかったはずだぞ。
義弟のせいなのか?あいつが妹に何かしたというのか?
堅物で面白みのない男であったはずなのに。
あいつも最近、よく笑うようになっているな。
笑う……。
私が笑うのはいつ振りだろうか。
まさかっ!
「君だったのか!」
「いいえ、違います」
その返答は突風の如し。
あっと言える間もなかった。
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