26 / 37
26.婚約者様は私を怒らせたいようです
しおりを挟む
「触れていいよ。君は特別だから」
睡眠不足を理由に横になったのですから、少しでも眠られたら良いと思いますのに。
婚約者様は私の膝を枕にしても、本当に眠ることはありません。
つまり、そういうことです。
お言葉に甘えた私はそっとひとつの旋毛に指を置きました。
それから髪の生える向きに沿ってくるくると指の腹を移動して、隣の旋毛に到着します。
「まだあの日のことを怒っているかな?」
指を逆に動かし始めたところで、婚約者様は聞きました。
「怒ってなどおりません」
「そうかなぁ?今日も二人きりだ。そろそろ本気で怒ってみないか?」
本当に怒っておりませんのに。
婚約者様は何度も同じように仰るのです。
「怒りがないなら、不満でも愚痴でもいいよ。あの日のことで何かないか?」
旋毛を撫でながら、負の感情を出せと言われましても大変困るのですが。
しばらく考えた私は、思い付いた言葉を口にすることにしました。
「私の悪いようにはしないと……」
あえて途中で言葉を止めてみますと、婚約者様は笑い出しました。
「私としては、悪いようにはなっていないと信じたいところなのだけれど。君には良くないことだったかな?」
かつてと比較すれば、良くないと言い切ることは出来ません。
けれども、さて良かったかと問われると、甚だ疑問でした。
たとえば誰の目もない密室で求婚されておりましたら、私もすぐには同意しなかったように思います。
母と伯父への対策としては、婚約は素晴らしい提案でした。
それでも選択肢のひとつとして有難く受け取ったあとには、短くも考える時間を置いたことでしょう。
ただし他に最良の案を提示出来たかと言えば、怪しいものです。
ですから時間を置いたのち、結局私はこの御方と婚約していたようにも思います。
それが『私の悪いようにはなっていない』と言えばそうなのでしょう。
けれどもやはり『それで良かった』と心から喜べることではないように思うのです。
私としましては……本当は誰とも婚約せずに、なんとか伯父の心を鎮められないかと考えていたところだったのです。
たとえば、父と交渉して帝国の支店で働くようなことで……。
「ごめんね、ローゼマリー。あのときは私も焦っていてね。君の想いを事前に確認してあげられなかったんだ。それが良くないことだったなら……私には謝ることしか出来ないが。これからは君が良いと思えるように婚約者として努力を続けることも誓おう。だからどうか……許してくれないかな、ローゼマリー?」
ですから許すもなにも、怒ってはいないのですけれど。
あの日。
私はあの議会の場に残って、皆様が続々と連行されていく様を最後まで眺めておりました。
すでに隣に並び立っていた父の温かい手が肩に置かれていたことは覚えています。
婚約者様とお話しすることになったのは、その後のことです。
まだ騎士様たちが残る会場で、婚約者様は改めて私に求婚し、父も含め今後の話をしたいと希望されました。
この御人が狡いことには、またあのように跪いたことです。
そのうえ、頭まで下げて謝罪をされたのですから。
長丁場となったこと、その間立たせてしまったこと、そもそもこんなにも騒がしい議会の場に呼び出してしまったこと、それから王女殿下の振舞いについて、等々色々と謝ってくださったのですが。
その間ずっと、私は珍しい二つの旋毛を拝見することになりまして……。
だからこの狡い御人には、少々の意地悪もしてみたくなるというもの。
「そうですね。良いかどうか、それはこれから見極めて参ります」
少しの嫌味を込めてお答えしましたところ。
何故か婚約者様は、肩を揺らして笑い始めました。
太ももに直接振動が伝わっておりますので、あまり笑わないで欲しいのですが。
その振動があまりに擽ったいものだったので、私もつい微笑んでしまいました。
怒れと言いながら、怒れない状況を作り出す狡い御人なのですから。
それなのに、またこの御人は言うのです。
「本当にそろそろ本音を聞かせてよ、ローゼ。私は君をもっとよく知りたいんだ」
睡眠不足を理由に横になったのですから、少しでも眠られたら良いと思いますのに。
婚約者様は私の膝を枕にしても、本当に眠ることはありません。
つまり、そういうことです。
お言葉に甘えた私はそっとひとつの旋毛に指を置きました。
それから髪の生える向きに沿ってくるくると指の腹を移動して、隣の旋毛に到着します。
「まだあの日のことを怒っているかな?」
指を逆に動かし始めたところで、婚約者様は聞きました。
「怒ってなどおりません」
「そうかなぁ?今日も二人きりだ。そろそろ本気で怒ってみないか?」
本当に怒っておりませんのに。
婚約者様は何度も同じように仰るのです。
「怒りがないなら、不満でも愚痴でもいいよ。あの日のことで何かないか?」
旋毛を撫でながら、負の感情を出せと言われましても大変困るのですが。
しばらく考えた私は、思い付いた言葉を口にすることにしました。
「私の悪いようにはしないと……」
あえて途中で言葉を止めてみますと、婚約者様は笑い出しました。
「私としては、悪いようにはなっていないと信じたいところなのだけれど。君には良くないことだったかな?」
かつてと比較すれば、良くないと言い切ることは出来ません。
けれども、さて良かったかと問われると、甚だ疑問でした。
たとえば誰の目もない密室で求婚されておりましたら、私もすぐには同意しなかったように思います。
母と伯父への対策としては、婚約は素晴らしい提案でした。
それでも選択肢のひとつとして有難く受け取ったあとには、短くも考える時間を置いたことでしょう。
ただし他に最良の案を提示出来たかと言えば、怪しいものです。
ですから時間を置いたのち、結局私はこの御方と婚約していたようにも思います。
それが『私の悪いようにはなっていない』と言えばそうなのでしょう。
けれどもやはり『それで良かった』と心から喜べることではないように思うのです。
私としましては……本当は誰とも婚約せずに、なんとか伯父の心を鎮められないかと考えていたところだったのです。
たとえば、父と交渉して帝国の支店で働くようなことで……。
「ごめんね、ローゼマリー。あのときは私も焦っていてね。君の想いを事前に確認してあげられなかったんだ。それが良くないことだったなら……私には謝ることしか出来ないが。これからは君が良いと思えるように婚約者として努力を続けることも誓おう。だからどうか……許してくれないかな、ローゼマリー?」
ですから許すもなにも、怒ってはいないのですけれど。
あの日。
私はあの議会の場に残って、皆様が続々と連行されていく様を最後まで眺めておりました。
すでに隣に並び立っていた父の温かい手が肩に置かれていたことは覚えています。
婚約者様とお話しすることになったのは、その後のことです。
まだ騎士様たちが残る会場で、婚約者様は改めて私に求婚し、父も含め今後の話をしたいと希望されました。
この御人が狡いことには、またあのように跪いたことです。
そのうえ、頭まで下げて謝罪をされたのですから。
長丁場となったこと、その間立たせてしまったこと、そもそもこんなにも騒がしい議会の場に呼び出してしまったこと、それから王女殿下の振舞いについて、等々色々と謝ってくださったのですが。
その間ずっと、私は珍しい二つの旋毛を拝見することになりまして……。
だからこの狡い御人には、少々の意地悪もしてみたくなるというもの。
「そうですね。良いかどうか、それはこれから見極めて参ります」
少しの嫌味を込めてお答えしましたところ。
何故か婚約者様は、肩を揺らして笑い始めました。
太ももに直接振動が伝わっておりますので、あまり笑わないで欲しいのですが。
その振動があまりに擽ったいものだったので、私もつい微笑んでしまいました。
怒れと言いながら、怒れない状況を作り出す狡い御人なのですから。
それなのに、またこの御人は言うのです。
「本当にそろそろ本音を聞かせてよ、ローゼ。私は君をもっとよく知りたいんだ」
143
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
最後の誕生日会
まるまる⭐️
恋愛
「お父様のことを……お願いね……」
母は亡くなる間際、まだ小さかった私の手を握り締めてそう言った。
それから8年……。
母の残したこの言葉は、まるで呪文のようにずっと私の心を縛り付けてきた。
でも、それももう限界だ。
ねぇ、お母様。
私……お父様を捨てて良いですか……?
******
宮廷貴族ゾールマン伯爵家の娘アイリスは、愛する母を病気で亡くして以来、父ヨーゼフと2人肩を寄せ合い暮らしてきた。
そんな日々が続いたある日、父ヨーゼフはいきなり宰相から筆頭補佐官への就任を命じられる。それは次の宰相への試金石とも言える重要な役職。日頃からの父の働きぶりが認められたことにアイリスは大きな喜びを感じるが、筆頭補佐官の仕事は激務。それ以来、アイリスが父と過ごす時間は激減してしまう。
そんなある日、父ヨーゼフは彼の秘書官だったメラニアを後妻に迎えると屋敷に突然連れて帰って来た。
「彼女にはお前と一つ違いの娘がいるんだ。喜べアイリス。お前に母と妹が一度に出来るんだ! これでもう寂しくはないだろう?」
父は満面の笑みを浮かべながらアイリスにそう告げるが……。
初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように
ぽんちゃん
恋愛
『あなたのヒーローをお返しします。末永くお幸せに』
運命の日。
ルキナは婚約者候補のロミオに、早く帰ってきてほしいとお願いしていた。
(私がどんなに足掻いても、この先の未来はわかってる。でも……)
今頃、ロミオは思い出の小屋で、初恋の人と偶然の再会を果たしているだろう。
ロミオが夕刻までに帰ってくれば、サプライズでルキナとの婚約発表をする。
もし帰ってこなければ、ある程度のお金と文を渡し、お別れするつもりだ。
そしてルキナは、両親が決めた相手と婚姻することになる。
ただ、ルキナとロミオは、友人以上、恋人未満のような関係。
ルキナは、ロミオの言葉を信じて帰りを待っていた。
でも、帰ってきたのは護衛のみ。
その後に知らされたのは、ロミオは初恋の相手であるブリトニーと、一夜を共にしたという報告だった――。
《登場人物》
☆ルキナ(16) 公爵令嬢。
☆ジークレイン(24) ルキナの兄。
☆ロミオ(18) 男爵子息、公爵家で保護中。
★ブリトニー(18) パン屋の娘。
【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!
パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。
婚約破棄された令嬢は、ざまぁの先で国を動かす ――元王太子の後悔が届かないほど、私は前へ進みます』
ふわふわ
恋愛
名門アーデン公爵家の令嬢ロザリーは、
王太子エドワードの婚約者として完璧に役目を果たしてきた――はずだった。
しかし彼女に返ってきたのは、
「聖女」と名乗る平民の少女に心酔した王太子からの一方的な婚約破棄。
感情論と神託に振り回され、
これまでロザリーが支えてきた国政はたちまち混乱していく。
けれど、ロザリーは泣かない。縋らない。復讐に溺れもしない。
「では、私は“必要な場所”へ行きますわ」
冷静に、淡々と、
彼女は“正しい判断”と“責任の取り方”だけで評価を積み上げ、
やがて王太子すら手を出せない国政の中枢へ――。
感情で選んだ王太子は静かに失墜し、
理性で積み上げた令嬢は、誰にも代替できない存在になる。
これは、
怒鳴らない、晒さない、断罪しない。
それでも確実に差がついていく、**強くて静かな「ざまぁ」**の物語。
婚約破棄の先に待っていたのは、
恋愛の勝利ではなく、
「私がいなくても国が回る」ほどの完成された未来だった。
――ざまぁの、そのさらに先へ進む令嬢の物語。
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる