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第三章:予兆と岐路の火曜日
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「うっそだろ……」
「マジっすか……」
貸倉庫の敷地に入ってきた警視庁の資材運搬用二トントラックを見て、行きがけに買っておいた弁当、酒井はミックスフライ弁当を、蒲田は大盛りの唐揚げ弁当を食べていた箸を思わず止め、そのまま絶句した。
霞ヶ関、中央合同庁舎二号館。警察庁刑事局の捜査支援分析管理官付調査班、通称分調班は、朝礼を兼ねた各員のスケジュール確認から一日が始まる。
「……というわけで、ガサ入れ本番も延期になったことだし、今日は俺も取り調べの方に参加させてもらうわ、わっはっは」
分調班班長、鈴木警部はそう言って愉快そうに笑う。
昨日の今日で、警視庁刑事部八課からの依頼で取り調べに当る木村、藤城両警部補、増山、吉川両巡査部長は、やれやれしょーがねェな、と言った表情で、突然の班長の宣言にも特段の動揺はない。この手の予定変更は日常茶飯事、昨日の時点で予定されていた警視庁八課による組事務所に対する家宅捜査も、各方面からの管轄調整という名目の縄張り争いに巻き込まれて予定変更、反社組織の地元である神奈川県警と、警視庁組織犯罪対策部及び赤坂署の捜査四課の間で調整がつき次第施行、その連絡待ちという事になり、おさまりのつかない八課は代わりに都内湾岸地域にあった反社組織の物流倉庫に矛先を変え、赤坂署と共同で物証を抑えにかかった……ものの、暴対的には美味しい物証は出てこなかったと聞いている。
「言っときますけど班長、取り調べっても一応病院なんで、わきまえて下さいよ」
ニヤニヤしながら藤城警部補が言う。
まあ、あの現場至上主義の班長が、この状況で二日続けて大人しく事務仕事してるわけないよな。酒井も、そこら辺はこの半年で大体解ってきている。自分と同じ、ノンキャリアの鈴木が、反社集団を片っ端から取り調べする機会を逃すわけが無い。
「じゃあ、我々は、昨日の分も含めて今日は報告書作成で留守番ですね」
酒井が、蒲田と目配せしつつ鈴木に確認する。
「それなんだが酒井君、ちょっと頼みがあるんだが」
鈴木が、猫なで声で酒井に言う。
酒井は、何かしらいやな予感を感じざるを得なかった。
「面倒見良くていい人なんですけどね、鈴木班長。はい」
キザシのハンドルを握りながら、蒲田が言う。
「人使いは荒いんですよね、はい」
「いい人だが人使いが荒いと、人使い荒いけどいい人と、順番変わると意味逆になるよな」
酒井が助手席から混ぜっ返す。
「勿論、比重はいい人の方です、はい」
「ま、人使い荒いのは確か、というか、体育会系のノリだよな」
酒井自身は、そのノリは嫌いではない、むしろ好きな方だ。
「で、これから行く先で、昨日の押収品を受け取れば良いんだよな?」
「だ、そうです、はい」
午前十一時を過ぎた頃。酒井と蒲田は、霞ヶ関の庁舎を車出発、内堀通りから晴海通りを直進、今まさに勝鬨橋を渡ったところだった。
「東雲に分調班で借りてる貸倉庫がありまして、八課の押収品をそこで受け取る手はずです、はい」
「昨日の今日だろ?そんなにすぐに手放すもんかね?」
酒井の経験から言っても、ある意味宝の山である押収品を、そんなにすんなりよそ者にくれてやる気前の良い警察官は聞いたことがない。
「酒井さん、東雲の倉庫は初めてでしたっけ、まあ、すぐ分かると思いますけど、はい、八課の人たちも持て余したんだと思います、はい」
その蒲田の物言いに、何やら不吉なものを感じた酒井は、蒲田がナビの指示を外れて晴海三丁目交差点を左折したのに気付く。
「直進じゃないの?」
「まっすぐ行くと店がないんで、はい。倉庫の周り、メシ食うとこないんで、弁当買っていきましょう」
「うっわー……」
江東区東雲二丁目、表通り沿いにはそれなりに名の通った学校が移転してきたこの土地は、一歩雲裏に入れば、埠頭と首都高に近接した地の利を生かした倉庫街でもある。その一角にある、鉄骨にトタン屋根の簡素な、だが一応空調は装備されたまだ新しめの二階建ての倉庫のシャッターを蒲田が開けた時、えもいわれぬ瘴気が吹き出してきたような気がして、酒井は思わず声をあげてしまった。
「……不要なものは定期的に供養して処分してますが、未解決のものとか、引き取り手がない物とか結構ありますから、はい」
何が、という主語を省略して蒲田が説明する。まあ、この有様を見れば聞くまでもない。今後を見越して余裕のある倉庫空間を確保したのだろう、がらんとした一階と、細かく間仕切りされた二階には、まだ大してものが入っているわけではなさそうだが、ちょっと見た限りでも、いかにもな鎧兜やら柱時計やら、古民具、額縁、掛け軸に鏡とよりどりみどりのガラクタが、それでもいちいちタグを付けられて整然と置かれている。
「……じゃあ、八課が持て余したってのは……」
「分調班に依頼が来た以上、そう言うことだと思います、はい。じゃあ、荷物届く前にお昼にしちゃいましょう」
「……ここで?」
「はい」
俺、分調班に慣れたつもりだったけど、まだまだだな……酒井は、自分の未熟を思い知った。
「マジっすか……」
貸倉庫の敷地に入ってきた警視庁の資材運搬用二トントラックを見て、行きがけに買っておいた弁当、酒井はミックスフライ弁当を、蒲田は大盛りの唐揚げ弁当を食べていた箸を思わず止め、そのまま絶句した。
霞ヶ関、中央合同庁舎二号館。警察庁刑事局の捜査支援分析管理官付調査班、通称分調班は、朝礼を兼ねた各員のスケジュール確認から一日が始まる。
「……というわけで、ガサ入れ本番も延期になったことだし、今日は俺も取り調べの方に参加させてもらうわ、わっはっは」
分調班班長、鈴木警部はそう言って愉快そうに笑う。
昨日の今日で、警視庁刑事部八課からの依頼で取り調べに当る木村、藤城両警部補、増山、吉川両巡査部長は、やれやれしょーがねェな、と言った表情で、突然の班長の宣言にも特段の動揺はない。この手の予定変更は日常茶飯事、昨日の時点で予定されていた警視庁八課による組事務所に対する家宅捜査も、各方面からの管轄調整という名目の縄張り争いに巻き込まれて予定変更、反社組織の地元である神奈川県警と、警視庁組織犯罪対策部及び赤坂署の捜査四課の間で調整がつき次第施行、その連絡待ちという事になり、おさまりのつかない八課は代わりに都内湾岸地域にあった反社組織の物流倉庫に矛先を変え、赤坂署と共同で物証を抑えにかかった……ものの、暴対的には美味しい物証は出てこなかったと聞いている。
「言っときますけど班長、取り調べっても一応病院なんで、わきまえて下さいよ」
ニヤニヤしながら藤城警部補が言う。
まあ、あの現場至上主義の班長が、この状況で二日続けて大人しく事務仕事してるわけないよな。酒井も、そこら辺はこの半年で大体解ってきている。自分と同じ、ノンキャリアの鈴木が、反社集団を片っ端から取り調べする機会を逃すわけが無い。
「じゃあ、我々は、昨日の分も含めて今日は報告書作成で留守番ですね」
酒井が、蒲田と目配せしつつ鈴木に確認する。
「それなんだが酒井君、ちょっと頼みがあるんだが」
鈴木が、猫なで声で酒井に言う。
酒井は、何かしらいやな予感を感じざるを得なかった。
「面倒見良くていい人なんですけどね、鈴木班長。はい」
キザシのハンドルを握りながら、蒲田が言う。
「人使いは荒いんですよね、はい」
「いい人だが人使いが荒いと、人使い荒いけどいい人と、順番変わると意味逆になるよな」
酒井が助手席から混ぜっ返す。
「勿論、比重はいい人の方です、はい」
「ま、人使い荒いのは確か、というか、体育会系のノリだよな」
酒井自身は、そのノリは嫌いではない、むしろ好きな方だ。
「で、これから行く先で、昨日の押収品を受け取れば良いんだよな?」
「だ、そうです、はい」
午前十一時を過ぎた頃。酒井と蒲田は、霞ヶ関の庁舎を車出発、内堀通りから晴海通りを直進、今まさに勝鬨橋を渡ったところだった。
「東雲に分調班で借りてる貸倉庫がありまして、八課の押収品をそこで受け取る手はずです、はい」
「昨日の今日だろ?そんなにすぐに手放すもんかね?」
酒井の経験から言っても、ある意味宝の山である押収品を、そんなにすんなりよそ者にくれてやる気前の良い警察官は聞いたことがない。
「酒井さん、東雲の倉庫は初めてでしたっけ、まあ、すぐ分かると思いますけど、はい、八課の人たちも持て余したんだと思います、はい」
その蒲田の物言いに、何やら不吉なものを感じた酒井は、蒲田がナビの指示を外れて晴海三丁目交差点を左折したのに気付く。
「直進じゃないの?」
「まっすぐ行くと店がないんで、はい。倉庫の周り、メシ食うとこないんで、弁当買っていきましょう」
「うっわー……」
江東区東雲二丁目、表通り沿いにはそれなりに名の通った学校が移転してきたこの土地は、一歩雲裏に入れば、埠頭と首都高に近接した地の利を生かした倉庫街でもある。その一角にある、鉄骨にトタン屋根の簡素な、だが一応空調は装備されたまだ新しめの二階建ての倉庫のシャッターを蒲田が開けた時、えもいわれぬ瘴気が吹き出してきたような気がして、酒井は思わず声をあげてしまった。
「……不要なものは定期的に供養して処分してますが、未解決のものとか、引き取り手がない物とか結構ありますから、はい」
何が、という主語を省略して蒲田が説明する。まあ、この有様を見れば聞くまでもない。今後を見越して余裕のある倉庫空間を確保したのだろう、がらんとした一階と、細かく間仕切りされた二階には、まだ大してものが入っているわけではなさそうだが、ちょっと見た限りでも、いかにもな鎧兜やら柱時計やら、古民具、額縁、掛け軸に鏡とよりどりみどりのガラクタが、それでもいちいちタグを付けられて整然と置かれている。
「……じゃあ、八課が持て余したってのは……」
「分調班に依頼が来た以上、そう言うことだと思います、はい。じゃあ、荷物届く前にお昼にしちゃいましょう」
「……ここで?」
「はい」
俺、分調班に慣れたつもりだったけど、まだまだだな……酒井は、自分の未熟を思い知った。
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