70 / 141
第六章:金曜、それぞれの思惑、それぞれの決意
069
しおりを挟む
「あれ、どういう意味なんでしょう?」
キザシの運転席で、慌て気味にシートベルトを付けながら蒲田が酒井に尋ねる。
「書いてある通りだろう、北条君も誘拐されたって事さ!」
酒井も、気がせくのかシートベルトを上手くはめられない。
「やっぱ、同じ連中に?」
「だろうな!」
ようやっと二人はシートベルトを装着する。蒲田は、セレクトレバーをドライブに入れ、サイドブレーキに手をかける。
「出します!」
「おう」
「それじゃあ、お願いします」
一瞬の空白。
あってはならないものを見る目つきで、ゆっくりと同時に後部座席を振り向いた酒井と蒲田は、そこに熊川警部補がきちんとシートベルトを着用して座っているのを発見した。
西条玲子からのメールを受け、酒井は即座に本日のガサ入れの主役である警視庁組織犯罪対策部第四課の責任者に断りを入れる。曰く「緊急の事案発生により、至急帰庁の要請が出た。慚愧の念に堪えないが、この場はお任せしてそちらに向かわせていただきたいがよろしいか」と。
ソタイ――組織犯罪対策部あるいは課の略称――としても、得体の知れない八課や分調班がいても正直仕事の邪魔なので、内心は願ったり、というのを隠そうとして隠しきれない表情で二つ返事でこれを了承、同様内容を八課から派遣されている熊川警部補に伝えた蒲田と駐車場で合流、押っ取り刀で玲子から連絡のあった北条柾木のワンルームマンションに向かう、はずだった。
「いやあ、なんか予定してたのとやってることが違うっぽいってキャップに連絡したらですね、だったらいいからとっとと帰って来ちまえってキャップ激怒りで。そしたら皆さんもお帰りになるって伺いまして」
よく言えば肩の力の抜けた、悪く言えばダレた空気の中で、酒井は熊川の説明を聞く。
調子いいなこいつ。いやしかし、このタイミングでこうやってスルッと入ってこれる無神経さというか面の皮の厚さというか、これはやろうと思ってやれるものではない、ある意味天才かも知れない。
酒井は、熊川を派遣した八課のキャップの恐ろしさを垣間見た気がした。
「なので、はい、一旦本庁に熊川警部補を送ってから行きます、酒井さん、いいですよね?」
「まあ、大して遠回りって事でもないんだろ?それに、丁度いいから熊川君、八課の方に事情を連絡してくれないか?」
「はい、それは勿論大丈夫です」
熊川の返事はいい。
「じゃあ、我々はこれから、この事案の重要参考人に会いに行くんだが、場合によっては八課にも応援を頼むかもしれん。今から経緯を話すから、よく聞いていてくれ」
「この事案って、野槌と淵野辺の襲撃の件ですか?」
イマイチ飲み込めないのか、熊川が聞き返す。分調班に重要参考人のアテがあるのが腑に落ちないのかも知れない。
「勿論そうだ。そもそも今回、君たち八課や俺たち分調班が動くことになったのは何故だ?」
「それは……襲撃現場に不審な人形があったから、です」
「そうだ。マル暴やソタイは人形にはあまり興味がなくて、ヤクザの抗争の線で見てるみたいだが、少なくとも俺たち分調班の興味はそこにはない」
自分の中の情報を整理する意味も兼ねて、酒井は熊川に説明する。
「手打ちが襲撃されたのは、警告の意味が強いと俺たちは見ている。襲撃犯の意図は、こいつらに関わると同じ目に遭わせるぞ、っていうのが俺たちの推定だ」
まさか、その襲撃犯と顔見知りどころか昵懇だとは、口が裂けても言えない。
「で、だ。襲撃犯の真の目的は、その人形、そいつが、というかその人形を使って組織を牛耳ろうとしていた奴をあぶりだそうって腹だろう、とも推定している。猟犬を突っ込ませて穴熊を飛び出させようって事だ」
突っ込んだのは猟犬ならぬ人狼、しかも四匹というか四人だが。
「ええと、つまり……」
「俺たちの目的も、チンピラのシノギなんかどうでもよくて、その後ろに居て文字通り糸を引いている奴、って事だ。マル暴ソタイとは目的が違う。丁度いいから聞きたいんだが、そこんとこ、八課はどう見てるんだ?」
「え?ええっと……」
急に聞かれるとは思っていなかったらしい熊川は、ちょっとうろたえて考え込む。
「話すなと言われてるなら言わなくても良いが……」
「いえ、そうじゃなくて。キャップは、この件は深入りしなくて良い、何か出てきたらあらためて人を割くって言ってました……マル暴の連中が手に負えなくて泣きついてくるまでほっとけって」
なるほど。そりゃそうだ、八課は既に二人も行方不明者が出ている事実は掴んでいないはず……いや、もしかしたら俺たちも知らない所でもっと行方不明者がいるかも知れないが。
酒井は、八課のキャップの思考を少し辿ってみる。
多分、いいとこ取りしようっていう各方面の圧力にそこそこ嫌気がさしてるんだろう。OK、だったら、こっちに協力してもらえるかもしれない、上手くいけば花を持たせられるかも知れない。少なくとも俺は実が取れれば良い、名はいらないから、上手いことやって八課に貸しを作れればその方が後々こっちも得になる。
「わかった、じゃあ、とっておきを教える。まだ捜査中だが、多分野槌も淵野辺も利用されてるだけで、その人形使いが黒幕だ」
「え、じゃあ、もう目星がついてるんですか?」
この熊川警部補、いまいち人柄が掴めんが、やはり警官だ。喰いついてきた。
「いや、残念ながらまだそこまで行ってはいない。だが、複数の誘拐や窃盗がそいつに繋がっているらしい、って所までは分かってる」
「……わかりました、これからその参考人に会うって事なんですね?もしかして、さっき、誘拐って言ってたのも関係してるって事ですね?」
「ご名答だ。そこで、だ。俺たちはなにぶん本来は捜査や逮捕はしない部署だ、人手もまるで足りない。だから、もう少し容疑が固まったら八課に応援要請するから、手伝って欲しいって伝えて欲しい。出来れば、口頭でいいからその返事を聞かせてくれ。OKなら書類と資料まとめて説明に行くからって」
「わかりました。そういうことなら……」
熊川は、その後の言葉は言わなかったが、酒井は聞かずとも言いたいことは分かった、と思った。
キザシの運転席で、慌て気味にシートベルトを付けながら蒲田が酒井に尋ねる。
「書いてある通りだろう、北条君も誘拐されたって事さ!」
酒井も、気がせくのかシートベルトを上手くはめられない。
「やっぱ、同じ連中に?」
「だろうな!」
ようやっと二人はシートベルトを装着する。蒲田は、セレクトレバーをドライブに入れ、サイドブレーキに手をかける。
「出します!」
「おう」
「それじゃあ、お願いします」
一瞬の空白。
あってはならないものを見る目つきで、ゆっくりと同時に後部座席を振り向いた酒井と蒲田は、そこに熊川警部補がきちんとシートベルトを着用して座っているのを発見した。
西条玲子からのメールを受け、酒井は即座に本日のガサ入れの主役である警視庁組織犯罪対策部第四課の責任者に断りを入れる。曰く「緊急の事案発生により、至急帰庁の要請が出た。慚愧の念に堪えないが、この場はお任せしてそちらに向かわせていただきたいがよろしいか」と。
ソタイ――組織犯罪対策部あるいは課の略称――としても、得体の知れない八課や分調班がいても正直仕事の邪魔なので、内心は願ったり、というのを隠そうとして隠しきれない表情で二つ返事でこれを了承、同様内容を八課から派遣されている熊川警部補に伝えた蒲田と駐車場で合流、押っ取り刀で玲子から連絡のあった北条柾木のワンルームマンションに向かう、はずだった。
「いやあ、なんか予定してたのとやってることが違うっぽいってキャップに連絡したらですね、だったらいいからとっとと帰って来ちまえってキャップ激怒りで。そしたら皆さんもお帰りになるって伺いまして」
よく言えば肩の力の抜けた、悪く言えばダレた空気の中で、酒井は熊川の説明を聞く。
調子いいなこいつ。いやしかし、このタイミングでこうやってスルッと入ってこれる無神経さというか面の皮の厚さというか、これはやろうと思ってやれるものではない、ある意味天才かも知れない。
酒井は、熊川を派遣した八課のキャップの恐ろしさを垣間見た気がした。
「なので、はい、一旦本庁に熊川警部補を送ってから行きます、酒井さん、いいですよね?」
「まあ、大して遠回りって事でもないんだろ?それに、丁度いいから熊川君、八課の方に事情を連絡してくれないか?」
「はい、それは勿論大丈夫です」
熊川の返事はいい。
「じゃあ、我々はこれから、この事案の重要参考人に会いに行くんだが、場合によっては八課にも応援を頼むかもしれん。今から経緯を話すから、よく聞いていてくれ」
「この事案って、野槌と淵野辺の襲撃の件ですか?」
イマイチ飲み込めないのか、熊川が聞き返す。分調班に重要参考人のアテがあるのが腑に落ちないのかも知れない。
「勿論そうだ。そもそも今回、君たち八課や俺たち分調班が動くことになったのは何故だ?」
「それは……襲撃現場に不審な人形があったから、です」
「そうだ。マル暴やソタイは人形にはあまり興味がなくて、ヤクザの抗争の線で見てるみたいだが、少なくとも俺たち分調班の興味はそこにはない」
自分の中の情報を整理する意味も兼ねて、酒井は熊川に説明する。
「手打ちが襲撃されたのは、警告の意味が強いと俺たちは見ている。襲撃犯の意図は、こいつらに関わると同じ目に遭わせるぞ、っていうのが俺たちの推定だ」
まさか、その襲撃犯と顔見知りどころか昵懇だとは、口が裂けても言えない。
「で、だ。襲撃犯の真の目的は、その人形、そいつが、というかその人形を使って組織を牛耳ろうとしていた奴をあぶりだそうって腹だろう、とも推定している。猟犬を突っ込ませて穴熊を飛び出させようって事だ」
突っ込んだのは猟犬ならぬ人狼、しかも四匹というか四人だが。
「ええと、つまり……」
「俺たちの目的も、チンピラのシノギなんかどうでもよくて、その後ろに居て文字通り糸を引いている奴、って事だ。マル暴ソタイとは目的が違う。丁度いいから聞きたいんだが、そこんとこ、八課はどう見てるんだ?」
「え?ええっと……」
急に聞かれるとは思っていなかったらしい熊川は、ちょっとうろたえて考え込む。
「話すなと言われてるなら言わなくても良いが……」
「いえ、そうじゃなくて。キャップは、この件は深入りしなくて良い、何か出てきたらあらためて人を割くって言ってました……マル暴の連中が手に負えなくて泣きついてくるまでほっとけって」
なるほど。そりゃそうだ、八課は既に二人も行方不明者が出ている事実は掴んでいないはず……いや、もしかしたら俺たちも知らない所でもっと行方不明者がいるかも知れないが。
酒井は、八課のキャップの思考を少し辿ってみる。
多分、いいとこ取りしようっていう各方面の圧力にそこそこ嫌気がさしてるんだろう。OK、だったら、こっちに協力してもらえるかもしれない、上手くいけば花を持たせられるかも知れない。少なくとも俺は実が取れれば良い、名はいらないから、上手いことやって八課に貸しを作れればその方が後々こっちも得になる。
「わかった、じゃあ、とっておきを教える。まだ捜査中だが、多分野槌も淵野辺も利用されてるだけで、その人形使いが黒幕だ」
「え、じゃあ、もう目星がついてるんですか?」
この熊川警部補、いまいち人柄が掴めんが、やはり警官だ。喰いついてきた。
「いや、残念ながらまだそこまで行ってはいない。だが、複数の誘拐や窃盗がそいつに繋がっているらしい、って所までは分かってる」
「……わかりました、これからその参考人に会うって事なんですね?もしかして、さっき、誘拐って言ってたのも関係してるって事ですね?」
「ご名答だ。そこで、だ。俺たちはなにぶん本来は捜査や逮捕はしない部署だ、人手もまるで足りない。だから、もう少し容疑が固まったら八課に応援要請するから、手伝って欲しいって伝えて欲しい。出来れば、口頭でいいからその返事を聞かせてくれ。OKなら書類と資料まとめて説明に行くからって」
「わかりました。そういうことなら……」
熊川は、その後の言葉は言わなかったが、酒井は聞かずとも言いたいことは分かった、と思った。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
不死身のバンパイアになった俺は、廃墟と化したこの世界で好きに生きようと思います
珈琲党
ファンタジー
人類が滅亡した後の世界に、俺はバンパイアとして蘇った。
常識外れの怪力と不死身の肉体を持った俺だが、戦闘にはあまり興味がない。
俺は狼の魔物たちを従えて、安全圏を拡大していく。
好奇心旺盛なホビットたち、技術屋のドワーフたち、脳筋女騎士に魔術師の少女も仲間に加わった。
迷惑なエルフに悩まされつつも、俺たちは便利で快適な生活を目指して奮闘するのだった。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
社畜のおじさん過労で死に、異世界でダンジョンマスターと なり自由に行動し、それを脅かす人間には容赦しません。
本条蒼依
ファンタジー
山本優(やまもとまさる)45歳はブラック企業に勤め、
残業、休日出勤は当たり前で、連続出勤30日目にして
遂に過労死をしてしまい、女神に異世界転移をはたす。
そして、あまりな強大な力を得て、貴族達にその身柄を
拘束させられ、地球のように束縛をされそうになり、
町から逃げ出すところから始まる。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる