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第七章:決戦は土曜0時
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……俺は、ダメな奴だ。
酒井は、常に心の奥底でそう思っていたことを、今、自覚した、自覚出来た。
周りの同僚は、酒井を褒める。努力の人だと。昇進の速さは大したものだと。実際、駐在所勤めで三十代前半で警部補というのは充分自慢して良い昇進速度だ。
だが、違う。そうじゃない。酒井は、自分がそんな立派な人物ではないと知っている。褒められて嬉しい自分、褒められるだけの努力をした自分の他に、褒められたくて努力をした自分がいることを知っている。
俺は、ダメな奴だ。酒井は、自分をそう評価する。
酒井が、今の両親は本当の肉親ではないと聞いたのは、酒井が高校に入ってからのことだった。勿論、養父は実父の弟だから、血のつながりがないわけではない。上の兄弟二人も、今でも実の兄弟のように接してくれている。だが、勉学に秀でた上の二人に比べ、酒井はどちらかというと勉学より体を動かす方が得意だった。それでも、上二人に負けたくない一心で、勉強の手を抜くことはしなかった。
だから、それなりに優秀な成績で高校を卒業し、行こうと思えばそれなりの大学も行けただろう酒井は、しかし、養父母に経済的負担をかけることを嫌って警察学校の門を叩いた。
それすらも、立派な子供を演じたい自分のエゴだったと、今、酒井は知った。
警察学校でも酒井は努力し、体格に優れるわけでもないのに文武両道の成績を優秀と呼べるもので修めた。それは、自分より体格に優れるもの、勉学に優れるものに負けたくない一心であり、それらを上回る事で優越感を得、そして優秀だと言われる、ただそれだけの為でもあった。
配属後も、酒井は努力を続けた。努力している限り、酒井は人から褒められることが出来た。そして駐在所勤務となるのとほぼ時を同じくして結婚し、割とすぐに子供ももうけた。酒井の努力に、警官としてだけでなく、良い父、良い夫であろうとすることが加わった。
だから、なのだろう。酒井は今、妻子の顔を思い出せない。それは、件の事件の影響で記憶の一部がまだ戻っていないからだと皆は言うが、酒井自身は分かっていた。俺は、良い父、良い夫を演じていただけで、本当の家族を見てはいなかったのだと。だから、顔を覚えていないのだと。
頑張って昇進したのも、自慢の夫になり、経済的にも貢献したい、その見栄のためだけだった、酒井はそう自分を分析した。そりゃ、それなりの業績や評価が昇進には必要だから、警官として能力が優れていることを示さなければならないから、そう見えるように努力した。だが、その目的は、そんないやらしいものだったのだ、と。
そして今、酒井は目の前の、へし曲がったハラガンツールを見て思う。このバールは、俺だ。強く、便利で、役に立つが、曲がっている。
酒井の右手で信仁が、左手で巴が何か叫びつつ、自分の周囲の殭屍を退けようと奮闘しているのが目の隅に映る。ああ、彼らは真っ直ぐだ。そして、こんな俺でも、手を貸してくれる、助けてくれる。本当に、有り難い。
酒井の視野にもう一つ、プレハブ棟の二階の部屋に入っていく北条柾木の後ろ姿がちらりと見えた。北条君、彼など、本当に普通の人なのに。なのに、あんなに色々考えていて、こんなに頑張っていて。
酒井は、哀しくなる。俺は、何をやっているんだ。情けない。警官だろ、俺は。年長者だろ、この中で。ダメな俺でも、年長者で、警官で、その事実はかわらない。じゃあ、俺はどうすれば。なにをすれば。
俺は、どうしたい?
答えは、すぐに出る。俺は、彼らを失いたくない。今の同僚、そして今ここに居る彼ら、それを失いたくない。
そうだ。俺は、仲間を護りたい。そして。
俺は。何よりも、彼女を助けたい。
それは、時間にすればほんの一瞬だった。銃声で目が覚め、瞬き一つより早く覚醒する。背後の殭屍の爪をすんでの所でかわし、かわすついでの低い左回し蹴りで足払いし、体の泳いだ殭屍を右手のハラガンツールで薙ぎ払う。
酒井は、口元が自然に緩み、胸の奥が暖かく、すっきりするのを感じる。
……曲がってても、使えるじゃねえか。
胸の奥から全身に力がみなぎるのを感じつつ、酒井は、笑った。
葉法善は、傷みを堪えつつ、跳ね起きた酒井を見て、嗤う。どれほど待っただろう、どれほど望んだだろう、こんな、血湧き肉躍る感覚を。昼間のあれは、師父の教えだけで沈んでしまった。つまらなかった。だが、こいつらは違う。一筋縄ではいかない。
少しは、本気を出せそうだ。葉法善は、笑いが止まらなかった。
「って、えぇ?」
「嘘ぉ!」
各々が迫る殭屍を捌きつつ、信仁と巴は驚愕の声をあげる。
なんとなれば、彼らが見たものは、背広がはち切れんばかりに肉がふくれ、あまつさえ額に二本の角の生えた酒井の姿だった。
「マジかー……」
至近距離の殭屍を銃床でぶん殴り、すぐさまのけぞったその胸元にスパスの銃口を押しつけ、00バックで肋骨から頭蓋骨までを吹き飛ばした信仁がこぼす。
「聞いてないわよ!」
殭屍の鳩尾から木刀を突き込み、念を流して動きを止めながら巴も愚痴る。いかに鋭敏な嗅覚をもつ人狼とは言え、知らない、教わっていない匂いは判別出来ない。人と、人によく似た鬼の匂いは区別出来ない。
その巴の愚痴をかき消す程の大音声で、葉法善が吠える。
その声は、まるで虎が吠えたかのようであり、そして、いつの間にか、その手は鋭い爪をもつ虎のそれであった。
酒井は、常に心の奥底でそう思っていたことを、今、自覚した、自覚出来た。
周りの同僚は、酒井を褒める。努力の人だと。昇進の速さは大したものだと。実際、駐在所勤めで三十代前半で警部補というのは充分自慢して良い昇進速度だ。
だが、違う。そうじゃない。酒井は、自分がそんな立派な人物ではないと知っている。褒められて嬉しい自分、褒められるだけの努力をした自分の他に、褒められたくて努力をした自分がいることを知っている。
俺は、ダメな奴だ。酒井は、自分をそう評価する。
酒井が、今の両親は本当の肉親ではないと聞いたのは、酒井が高校に入ってからのことだった。勿論、養父は実父の弟だから、血のつながりがないわけではない。上の兄弟二人も、今でも実の兄弟のように接してくれている。だが、勉学に秀でた上の二人に比べ、酒井はどちらかというと勉学より体を動かす方が得意だった。それでも、上二人に負けたくない一心で、勉強の手を抜くことはしなかった。
だから、それなりに優秀な成績で高校を卒業し、行こうと思えばそれなりの大学も行けただろう酒井は、しかし、養父母に経済的負担をかけることを嫌って警察学校の門を叩いた。
それすらも、立派な子供を演じたい自分のエゴだったと、今、酒井は知った。
警察学校でも酒井は努力し、体格に優れるわけでもないのに文武両道の成績を優秀と呼べるもので修めた。それは、自分より体格に優れるもの、勉学に優れるものに負けたくない一心であり、それらを上回る事で優越感を得、そして優秀だと言われる、ただそれだけの為でもあった。
配属後も、酒井は努力を続けた。努力している限り、酒井は人から褒められることが出来た。そして駐在所勤務となるのとほぼ時を同じくして結婚し、割とすぐに子供ももうけた。酒井の努力に、警官としてだけでなく、良い父、良い夫であろうとすることが加わった。
だから、なのだろう。酒井は今、妻子の顔を思い出せない。それは、件の事件の影響で記憶の一部がまだ戻っていないからだと皆は言うが、酒井自身は分かっていた。俺は、良い父、良い夫を演じていただけで、本当の家族を見てはいなかったのだと。だから、顔を覚えていないのだと。
頑張って昇進したのも、自慢の夫になり、経済的にも貢献したい、その見栄のためだけだった、酒井はそう自分を分析した。そりゃ、それなりの業績や評価が昇進には必要だから、警官として能力が優れていることを示さなければならないから、そう見えるように努力した。だが、その目的は、そんないやらしいものだったのだ、と。
そして今、酒井は目の前の、へし曲がったハラガンツールを見て思う。このバールは、俺だ。強く、便利で、役に立つが、曲がっている。
酒井の右手で信仁が、左手で巴が何か叫びつつ、自分の周囲の殭屍を退けようと奮闘しているのが目の隅に映る。ああ、彼らは真っ直ぐだ。そして、こんな俺でも、手を貸してくれる、助けてくれる。本当に、有り難い。
酒井の視野にもう一つ、プレハブ棟の二階の部屋に入っていく北条柾木の後ろ姿がちらりと見えた。北条君、彼など、本当に普通の人なのに。なのに、あんなに色々考えていて、こんなに頑張っていて。
酒井は、哀しくなる。俺は、何をやっているんだ。情けない。警官だろ、俺は。年長者だろ、この中で。ダメな俺でも、年長者で、警官で、その事実はかわらない。じゃあ、俺はどうすれば。なにをすれば。
俺は、どうしたい?
答えは、すぐに出る。俺は、彼らを失いたくない。今の同僚、そして今ここに居る彼ら、それを失いたくない。
そうだ。俺は、仲間を護りたい。そして。
俺は。何よりも、彼女を助けたい。
それは、時間にすればほんの一瞬だった。銃声で目が覚め、瞬き一つより早く覚醒する。背後の殭屍の爪をすんでの所でかわし、かわすついでの低い左回し蹴りで足払いし、体の泳いだ殭屍を右手のハラガンツールで薙ぎ払う。
酒井は、口元が自然に緩み、胸の奥が暖かく、すっきりするのを感じる。
……曲がってても、使えるじゃねえか。
胸の奥から全身に力がみなぎるのを感じつつ、酒井は、笑った。
葉法善は、傷みを堪えつつ、跳ね起きた酒井を見て、嗤う。どれほど待っただろう、どれほど望んだだろう、こんな、血湧き肉躍る感覚を。昼間のあれは、師父の教えだけで沈んでしまった。つまらなかった。だが、こいつらは違う。一筋縄ではいかない。
少しは、本気を出せそうだ。葉法善は、笑いが止まらなかった。
「って、えぇ?」
「嘘ぉ!」
各々が迫る殭屍を捌きつつ、信仁と巴は驚愕の声をあげる。
なんとなれば、彼らが見たものは、背広がはち切れんばかりに肉がふくれ、あまつさえ額に二本の角の生えた酒井の姿だった。
「マジかー……」
至近距離の殭屍を銃床でぶん殴り、すぐさまのけぞったその胸元にスパスの銃口を押しつけ、00バックで肋骨から頭蓋骨までを吹き飛ばした信仁がこぼす。
「聞いてないわよ!」
殭屍の鳩尾から木刀を突き込み、念を流して動きを止めながら巴も愚痴る。いかに鋭敏な嗅覚をもつ人狼とは言え、知らない、教わっていない匂いは判別出来ない。人と、人によく似た鬼の匂いは区別出来ない。
その巴の愚痴をかき消す程の大音声で、葉法善が吠える。
その声は、まるで虎が吠えたかのようであり、そして、いつの間にか、その手は鋭い爪をもつ虎のそれであった。
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