お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒

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第2章 追放の噂 ①

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「それで――ご存じですか?」

景文は眼鏡の奥から、真っ直ぐに私を見つめた。

「妃募集で妃になった方は、三年経ってもご寵愛を受けられない場合――」

言いかけたその言葉に、私は息を呑んだ。

喉がひくりと動く音が、自分でも聞こえた気がした。

「――実家に帰されるのです。」

「……えっ⁉」

あまりの言葉に、思わず声を上げてしまった。

「そんなこと……初耳です。聞いたことも……」

「でしょうね。」

景文は肩をすくめるように言った。

「実際に、三年も寵愛を受けなかった妃は、ほとんどいなかったのです。誰かしら、皇帝に呼ばれる。少なくとも、一度は。」

そう言うと、彼はすっと立ち上がった。

鏡台から私の前へと、ゆっくりと歩み寄る。

「あと一年、頑張ってください。」

その言葉は優しい声色で、けれど確かに“期限”を告げるものだった。

「……頑張る、って……何を?」

問い返したくても、喉が震えて言葉にならなかった。

景文はもう一度だけ、私の目をじっと見つめ、

やがて静かに寝殿をあとにした。

扉の音が閉じる。

そして、またひとり。

揺れる灯りの下で、私は初めて、自分の立場が崖の縁にあることを知った。

翌朝。

私は、寝所から一歩も出られなかった。

「あと一年……」

ぽつりと呟いた言葉が、冷えた寝殿に吸い込まれていく。

「寵愛を受けられなかったら……私は実家に戻される」

今まで夢にも思わなかった言葉が、

いまや胸の奥に重く沈んでいる。

このまま何も起こらなければ、

私は“選ばれなかった妃”として、すべてを失ってしまう。

弟たちに顔向けできるだろうか。

後宮に入った意味さえ、消えてしまう。

「……どうしたらいいの……」

答えのない問いに、唇が震えたその時だった。

「――あのお妃様。」

そっと襖を開けて入ってきたのは、侍女だった。

彼女もまた、私と同じように疲れた目をしていた。

「昨夜の……周大臣のこと。本当のお話でしょうか?」

「……確かめようがないわ。」

私は首を横に振った。

「だって、三年経っても寵愛を受けない妃なんて、ほとんどいないのでしょう?」

後宮の妃はみな、美しく、賢く、皇帝の寵を受けるために競い合っている。

私だけが、取り残されていた。

目の前の侍女も、何も言えずにうつむいている。

まるで、言葉を交わせばその不安が真実になってしまうかのように。

灯りはある。

けれど、心の中には、また闇が広がっていった。

「その……お妃様。」

侍女が、どこか気まずそうに口を開いた。

「何?」

私は薄くかすれた声で返す。

「皇帝陛下が、お庭をご散策されるとき……お姿を見せた妃様がご寵愛を受けた、というお話を聞いたことがありまして。」
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