社長は身代わり婚約者を溺愛する

日下奈緒

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第9話 就活

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私は、朝の信一郎さんと一緒にいる、幸せな時を思った。

あの夢のような時間は、また来るのか。

もしかしたら、芹香がお父さんを通じて、信一郎さんに言うかもしれない。

そうしたら、もう私達は会えない。


「信一郎さん……」

いつかは、諦めないといけない人。

でも、諦めようとすればするほど、好きな気持ちが溢れてくる。

これは、厄介だ。


そしてふとメールを見ると、応募したところから、履歴書を送って下さいという内容のモノが送られてきていた。

履歴書か。

今、手元にないから買ってこなきゃ。

重い身体を起こして、私は部屋を出た。

工場に寄ると、もうラインは動いていなかった。

両親共に、項垂れてお茶を飲んでいた。


「礼奈。」

私に最初に気づいたのは、お母さんだった。

「ちょっと外に行ってくる。」

「外?」

お母さんが不穏な表情を見せた。


「履歴書、買ってくるの。面接に必要だから。」

「そう。」

私がまた芹香に、お金をせびりに行くのだと思っていたのだろうか。

履歴書を買いに行くと言うと、お母さんは穏やかな表情を見せた。


工場から離れると、いつも聞こえる機械の音がしなかった。

それだけで、こんなにも寂しくなるなんて、知らなかった。

これからどうなるんだろう。

不安に押しつぶされそうになった。


「信一郎さん……会いたい。」

今日の朝、別れたばかりなのに、又会いたくなってくる。

私は、自分の頬をパンパンと叩いた。

「しっかりしろ!私がこんなんで、どうするの!」

自分にカツを入れ、私は近くのコンビニに向かった。


近くのコンビニまで、10分ぐらいで着いた。

「履歴書は……」

文房具を売っている場所に置いてあった。

「えーっと、アルバイト用と正社員用……」

迷わず正社員用の履歴書を手に取った。

お金を払って、家に着くと早速買って来た履歴書を開いた。

「職歴かぁ。」

私は、ベッドに大の字になって寝た。

高校を卒業して、専門学校に入ったけれど、就職できなくて家の工場で働き始めた。

それから、他で働いた事がない。

「こういう時の為に、就活真面目にすればよかったな。」

どこかで、決まらなかったらウチの工場で働けばいいやと思っていた。

でも、その時の事を悔やんでも仕方がない。


私は、メールが来た分だけ履歴書を書き、封筒に入れて送った。

「これでOK。」

後は、明日のWEB面接に備えるだけだ。

「何聞かれるんだろう。」

志望動機は間違いなく聞かれるだろうなぁ。

でも、工場が倒産寸前って事は、言わない方がいいよね。

いろいろ考えている内に、その日は終わってしまった。


翌日。10時に派遣会社のWEB面接があった。

『今回は、事務スタッフとして働きたいと言う事ですね。』

「はい。」

『ええー、経験は……ああ、工場勤務しか今のところないという事ですね。』

面接官の人は、私が入力した履歴を見て、ちょっと表情を曇らせた。

「事務の経験がないと、難しいでしょうか。」

『派遣先にもよりますね。まずはエントリーしてみて、相手の答えを待ちましょう。』

「はい。」

WEB面接は、意外に早く終わった。

こんなので、仕事決まっていいのかなと思うくらい。


でも、その考えは甘かった。

数日後、私の家には不採用の通知が、何通か届いた。

やはり、工場勤務だけの履歴では、難しかった。

「じゃあ、一生工場勤務しか、出来ない訳?」

少しだけ腹が立った。

その中で、一本の電話が鳴った。


『森井礼奈さんですね。お仕事が決まりましたので、ご連絡させて頂きました。』

「えっ、決まったんですか⁉」

あれだけ、正社員はダメだったのに。

『先方が経験なしでもいいと仰ってくれたんです。』

捨てる神もあれば、拾う神もあるって事?

『会社名は……』

派遣の担当者から聞いた名前を、パソコンで検索した。

すると、知っている名前が出て来た。

「代表取締役……黒崎信一郎⁉」

もしかして、派遣先は信一郎さんの会社⁉
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