15歳差の御曹司に甘やかされています〜助けたはずがなぜか溺愛対象に〜 【完結】

日下奈緒

文字の大きさ
1 / 99
第1章 出会いは、ほんの一瞬の勇気から

しおりを挟む
ー人生の出会いは、日常の隙間にあることが多い。でもそれを人は気づかないで、通り過ぎて行く。

雨の日、私は傘を差しながら、交差点を歩いていた。

小さな水たまりが靴のつま先を濡らす。

濡れたアスファルトに光が滲んで、まるで世界がフィルム越しに見えているようだった。

そのとき、一台の車が横を通り過ぎた。

艶やかなボディに水しぶきを跳ね上げながら走るその車は、一目で分かるほどの高級車。

交差点を過ぎて停まり、後部座席のドアが開く。

降りてきたのは、背の高い男性だった。

雨粒を払うようにスーツの袖口を整え、腕に光るのは、見たこともないほど上質な時計。

端正な顔立ちに、無駄のない仕草。

思わず目を奪われる。

“かっこいい人だな”と、そんな軽い気持ちで見ていた。

その人はサッと傘を開く。

そして、その端正な顔立ちは、傘に隠れて見えなくなった。

けれど、濃い紺色の傘が、まっすぐこちらに向かってくる。

――あっ、すれ違う。

思わず私は傘を少し横に向けた。

その瞬間、向こうの男性も同じように傘を斜めに傾ける。

静かな雨音のなかで、ふたりの傘がふわりと交差した。

そのとき、ほんの一瞬だけ彼の顔が見えた。

きれいな横顔。知的で冷たそうで、でも優しさも滲んでいて。

歳は三十代半ばくらいだろうか。

高級なスーツの胸元からは、大人の香りが静かに漂っていた。

まるで映画のワンシーンみたいに、その光景だけが切り取られて胸に残る。

私の世界とは違う人。手の届かない場所にいる人。

そう思っていた――

そして振り向くと、その人はすでに交差点を渡ろうとしていた。

スーツの裾が風に揺れ、濡れた足元を迷いなく進んでいく。

あ、行ってしまった。

さっきまで同じ場所にいたのに、もう違う世界の人みたい。

少しだけ、胸の奥が空っぽになったような気がした。

たぶん、この出会いは――

「あの人、かっこよかったな」で終わる、そんな一瞬の出来事。

名前も、声も、何も知らないまま、記憶だけに残る人。

そう思うと、出会いってなんなんだろう。

気づかなければ何も始まらないし、気づいたところで何かが起こるとも限らない。

でも、それでも。

たった数秒のすれ違いで、心が動くことがある。

知らない誰かに、少しだけ未来を重ねてしまうことがある。

私は交差点の向こう側を見つめた。

もう姿はなかったけれど、あの人の残像は、雨の中にまだ残っている気がした。

「あっ、買い忘れた。」

そう。雑貨屋に来て、お皿を買おうと思ったのに。

棚を見て、他の物に気を取られて、すっかり忘れていた。

また来ればいい。

でも、そのお皿を、今夜の食事で使いたい。

だから私は踵を返して、来た道を戻ることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。

花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞 皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。 ありがとうございます。 今好きな人がいます。 相手は殿上人の千秋柾哉先生。 仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。 それなのに千秋先生からまさかの告白…?! 「俺と付き合ってくれませんか」    どうしよう。うそ。え?本当に? 「結構はじめから可愛いなあって思ってた」 「なんとか自分のものにできないかなって」 「果穂。名前で呼んで」 「今日から俺のもの、ね?」 福原果穂26歳:OL:人事労務部 × 千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)

クールなイケメン御曹司が私だけに優しい理由~隣人は「溺愛」という「愛」を教えてくれる~

けいこ
恋愛
マンションの隣の部屋に引越してきたのは、 超絶イケメンのとても優しい男性だった。 誰かを「愛」することを諦めていた詩穂は、 そんな彼に密かに恋心を芽生えさせる。 驚くことに、その彼は大型テーマパークなどを経営する 「桐生グループ」の御曹司で、 なんと詩穂のオフィスに課長として現れた。 でも、隣人としての彼とは全く違って、 会社ではまるで別人のようにクールで近寄り難い。 いったいどっちが本当の彼なの? そして、会社以外で私にとても優しくするのはなぜ? 「桐生グループ」御曹司 桐生 拓弥(きりゅう たくみ) 30歳 × テーマパーク企画部門 姫川 詩穂(ひめかわ しほ) 25歳

胃袋掴んだら御曹司にプロポーズされちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
胃袋掴んだら御曹司にプロポーズされちゃいました

俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る

ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。 義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。 そこではじめてを経験する。 まゆは三十六年間、男性経験がなかった。 実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。 深海まゆ、一夜を共にした女性だった。 それからまゆの身が危険にさらされる。 「まゆ、お前は俺が守る」 偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。 祐志はまゆを守り切れるのか。 そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。 借金の取り立てをする工藤組若頭。 「俺の女になれ」 工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。 そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。 そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。 果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。

地味女だけど次期社長と同棲してます。―昔こっぴどく振った男の子が、実は御曹子でした―

千堂みくま
恋愛
「まりか…さん」なんで初対面から名前呼び? 普通は名字じゃないの?? 北条建設に勤める地味なOL恩田真梨花は、経済的な理由から知り合ったばかりの次期社長・北条綾太と同棲することになってしまう。彼は家事の代償として同棲を持ちかけ、真梨花は戸惑いながらも了承し彼のマンションで家事代行を始める。綾太は初対面から真梨花に対して不思議な言動を繰り返していたが、とうとうある夜にその理由が明かされた。「やっと気が付いたの? まりかちゃん」彼はそう囁いて、真梨花をソファに押し倒し――。○強がりなくせに鈍いところのある真梨花が、御曹子の綾太と結ばれるシンデレラ・ストーリー。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

エリート御曹司に甘く介抱され、独占欲全開で迫られています

小達出みかん
恋愛
旧題:残業シンデレラに、王子様の溺愛を 「自分は世界一、醜い女なんだーー」過去の辛い失恋から、男性にトラウマがあるさやかは、恋愛を遠ざけ、仕事に精を出して生きていた。一生誰とも付き合わないし、結婚しない。そう決めて、社内でも一番の地味女として「論外」扱いされていたはずなのに、なぜか営業部の王子様•小鳥遊が、やたらとちょっかいをかけてくる。相手にしたくないさやかだったが、ある日エレベーターで過呼吸を起こしてしまったところを助けられてしまいーー。 「お礼に、俺とキスフレンドになってくれない?」 さやかの鉄壁の防御を溶かしていく小鳥遊。けれど彼には、元婚約者がいてーー?

契約結婚のはずが、御曹司は一途な愛を抑えきれない

ラヴ KAZU
恋愛
橘花ミクは誕生日に恋人、海城真人に別れを告げられた。 バーでお酒を飲んでいると、ある男性に声をかけられる。 ミクはその男性と一夜を共にしてしまう。 その男性はミクの働いている辰巳グループ御曹司だった。 なんてことやらかしてしまったのよと落ち込んでしまう。 辰巳省吾はミクに一目惚れをしたのだった。 セキュリティーないアパートに住んでいるミクに省吾は 契約結婚を申し出る。 愛のない結婚と思い込んでいるミク。 しかし、一途な愛を捧げる省吾に翻弄される。 そして、別れを告げられた元彼の出現に戸惑うミク。 省吾とミクはすれ違う気持ちを乗り越えていけるのだろうか。

処理中です...