15歳差の御曹司に甘やかされています〜助けたはずがなぜか溺愛対象に〜 【完結】

日下奈緒

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第1章 出会いは、ほんの一瞬の勇気から

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「はい、橘ひよりです」

私は彼に向かって、にっこりと笑ってみせた。

すると彼も、安堵したように微笑み返してくれた。

――この瞬間、ようやくきちんと「はじめまして」ができた気がした。

「本当に助かった。ありがとう」

彼は、ベッド脇で深く頭を下げた。

大人の男が真剣に頭を下げる姿は、少し戸惑うほど誠実だった。

「いえ、私が勝手にしたことなので……」

そう答えると、彼は顔を上げて、まっすぐに私を見た。

「でも、それで俺の命は救われた。俺は……君に、どれだけ感謝しても足りない」

その言葉を聞いて、胸の奥がじんわり温かくなる。

この人はきっと、ちゃんと筋を通す人なんだ。

上からでもなく、当たり前でもなく。

ただ、真っ直ぐに「ありがとう」と言える人。

――優しい人だな。そう思ったその時だった。

「ええっと……ひよりさん。今後のことだが……」

「はい?」

思わず、私は首を傾げる。

彼は少し言いにくそうにしながら、それでもはっきりと口にした。

「今回の入院費は、俺が払うから。君は、何もしなくていい」

――えっ?

その瞬間、空気の温度が少しだけ変わった気がした。

あんなに温かかった感謝の言葉が、いきなり“お金”に変わった気がして。

「そんな……お金の話……?」

私は思わず、ぽつりと呟いていた。

「いや、大切なことだろう。だから――」

彼の声が少し硬くなった。

直感的に、嫌な予感がした。

「今回の件……示談にしてもらえないだろうか」

胸の奥で、何かが崩れ落ちた気がした。

こつんと音がして、言葉が、空気が、すべてが冷たく変わっていく。

「どうして……ですか?」

気づけば、私は聞いていた。

聞かなければよかったのに。

「その……俺は、大きな会社に勤めている。若い女性を怪我させた、なんて報道されたら……いろいろと問題があって。」

言葉の続きは聞きたくなかった。

私はゆっくりと、ベッドの上で彼に背を向けた。

「ひよりさん……?」

名前を呼ばれたけれど、振り返ることはできなかった。

優しかった手のぬくもりも、あの夜中の涙も、すべてが遠ざかっていく。

「大丈夫です。入院費も……私が払いますから」

声は、なるべく平静に。

けれど胸の奥では、確かに何かが泣いていた。

私は、ただの“迷惑な事故の加害者”だったんだ――

そう思った瞬間、目の奥がじんと熱くなった。

「今日は、俺、帰るけれど……」

そう言いながら、彼はそっと私の肩に手を置いた。

一瞬だけ、その手に力がこもる。

そして次の瞬間、抱き寄せられた。

近くで感じる体温と、スーツに混じる微かな香水の匂い。

そのすべてが優しくて、ずるかった。

「時間が空いたら……お見舞いに来るから。」

低く、穏やかな声。

それだけを残して、彼は私のもとを離れていった。
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