15歳差の御曹司に甘やかされています〜助けたはずがなぜか溺愛対象に〜 【完結】

日下奈緒

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第1章 出会いは、ほんの一瞬の勇気から

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「ああ、そうだ」

ふいに彼が、スーツの内ポケットに手を入れた。

取り出したのは、黒革のスマートな財布。

中から名刺入れを取り出して、静かに一枚のカードを抜く。

「俺の名前は――一ノ瀬玲央です。ひよりさん」

名刺を差し出すその手が、かすかに震えているように見えた。

いつも堂々としていた彼にしては、少し珍しい仕草だった。

「……はい」

両手で丁寧に受け取ると、そこには見覚えのある社名が刻まれていた。

テレビのCMでよく耳にする、全国展開している大手企業のロゴ。

「有名な会社にお勤めなんですね」

思わずそう言うと、玲央は小さく笑った。

「今、ちょうどCM打ってるからね。一度は聞いたことあるんじゃないかな」

柔らかな口調だったけれど、どこか遠くを見るような表情にも見えた。

――そうか。

こんな大きな会社に勤めている人なら、確かにスキャンダルなんて致命的だ。

昨日の“示談”の話が、ふと頭をよぎった。

きっとあれは、保身というよりも責任と配慮だったんだろう。

それでも。

少しだけ、胸の奥がちくりと痛んだ。

ふと名刺に視線を落としたとき、名前の上に小さく印字された肩書に気づいた。

――取締役副社長。

息を呑んだ。

この人、ただの社員どころか、会社の中枢にいる人なんだ。

CMで聞いたことのある企業。そのトップに立つ人が、今、私の目の前にいる。

「昨日のお話なんですが……」

私は、ほんの少し迷いながら口を開いた。

「……ああ」

彼もすぐに表情を引き締め、こちらを見つめ返す。

「特に私からは、何も要求しません」

その言葉に、一ノ瀬さんは静かに、そして深く頭を下げた。

「……恩に着る」

短いその言葉に、重さと誠実さが詰まっていた。

「それに、入院費だって……」

言いかけた私に、彼はそっと手を伸ばしてきた。

優しく、でもしっかりと、私の手を包み込む。

「それは払わせてくれ」

あたたかな声。けれど、揺るがない意志がそこにあった。

「君は、俺を助けなければ、発生するはずのなかったお金を払おうとしてる。本来なら――轢かれるはずだったのは、俺なんだ」

その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。

私がしたことを、彼は真正面から受け止めてくれている。

この人は、思っていたよりずっと、真っ直ぐな人だ。

「そんなこと……言わないでください」

言葉が、喉の奥からこぼれた。

なぜだか、自分でも理由がわからないのに、胸がきゅうっと痛くなった。

「あなたが轢かれるはずだったなんて……そんなふうに、自分を軽んじないで」

目の奥が熱くなる。

滲んだ視界の中で、彼の輪郭がぼやけていく。

「少なくとも……私なんかより、あなたの方が――」

その瞬間だった。

言葉の続きを、彼の腕が遮った。

気づけば私は、玲央さんの胸に抱きしめられていた。
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