15歳差の御曹司に甘やかされています〜助けたはずがなぜか溺愛対象に〜 【完結】

日下奈緒

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第1章 出会いは、ほんの一瞬の勇気から

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この人のぬくもりが、ずっと遠い存在だと思っていた。

でも今、こんなにも近くにいてくれる。

私はそっと、彼の胸に手を添えた。

何も言わなくても、その腕の強さだけで、すべてが伝わる気がした。

「俺は、ここにいるよ。」

優しい声が、私の耳元に落ちる。

「……はい」

ぽろぽろと零れた涙を、玲央さんが指先でそっと拭ってくれた。

その仕草に、また涙があふれそうになる。

「そんなに、俺に会いたい?」

少し茶化すように笑った声。でもその目は、まっすぐだった。

私は、こくんとうなずいた。言葉にするのが恥ずかしくて。

「毎日来るよ。ひよりさんに会いに。」

「うん……」

それがただの同情でも、優しさでもいい。

彼が私の名前を呼んでくれる、それだけで心が温かくなる。

「だからもう、泣かないで。」

「……はい」

その言葉が、心の奥まで染み込んでいく。

玲央さんは、私の腕をそっと握った。包み込むように、でも力強く。

「どんなに遅くなっても、来るから。」

私は、こくこくと何度もうなずいた。

涙が止まらなくて、でも今度は――嬉しくて流れる涙だった。

彼の存在が、こんなにも安心をくれるなんて。

大人の人なのに、こんなにもまっすぐに優しいなんて。

……もう少し、好きになってもいいですか?

数日後、主治医の先生が病室に入ってきた。

「頭痛もおさまりましたし、後遺症の兆候も見られません。退院して、ご自宅で安静に過ごされるのがいいでしょう」

ああ、そうか。もうすぐ――退院。

ふいに胸の奥がきゅっとした。

……玲央さんには、また会えるのかな。

「いつ頃になりそうですか?」と、少し躊躇ってから尋ねる。

「そうですね。週明けあたりはいかがでしょう?」

「そうですね」と、私は笑った。

笑ったつもりなのに、なぜか心の奥に小さなしこりが残る。

すると、近くで聞いていた看護師さんがふふっと笑った。

「よかったですね。あの彼氏さん、ずっと毎日通ってくれてましたもんね」

「か、かれ……し……?」

「え?違うんですか?」

看護師さんは、まるで当然のような顔をしている。

違うと言えば、がっかりされたような気がして、私は笑ってごまかした。

「いえ、あの……本当に、よくしてくださって。」

頬がぽっと熱くなる。

彼氏でもなんでもない。でも――たしかに、毎日来てくれた。

あの人の声、香り、仕草。それがどんどん私の中に染み込んでいた。

……もう少し、このままでもよかったのに。

退院が嬉しいはずなのに、なんだか寂しい。

その日の夜も、玲央さんは病室に現れた。

いつものように、やさしい笑顔とともに。

私は勇気を出して伝えた。

「週明けに、退院できるそうです。」

玲央さんはほんの一瞬だけ目を見開いたが、すぐに穏やかな微笑みに戻った。

「じゃあ、あと二日か。……のんびりしてればいいよ」

「はい……」

嬉しいはずなのに。

退院できることは、いいことなのに。

なのに、なぜか胸が苦しかった。

あと二日しか、ここでは会えない――そう思うと、言葉が詰まった。

「今まで、ありがとうございました」

私は、思いを抑えて礼を言った。

すると玲央さんは、わずかに眉をひそめた。

「いいや。お礼を言うのは、俺の方だよ」

そう言って、そっと膝の上から小さなブーケを取り出した。

まるで宝物のように抱えていたそれを、私に差し出す。

「今日の花も、君に似合う色を選んだ」

私の胸の奥に、あたたかいものがじわっと広がっていった。

こんなふうに優しさをくれる人に、私はもう……惹かれずにいられなかった。
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