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第1章 出会いは、ほんの一瞬の勇気から
⑩
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この人のぬくもりが、ずっと遠い存在だと思っていた。
でも今、こんなにも近くにいてくれる。
私はそっと、彼の胸に手を添えた。
何も言わなくても、その腕の強さだけで、すべてが伝わる気がした。
「俺は、ここにいるよ。」
優しい声が、私の耳元に落ちる。
「……はい」
ぽろぽろと零れた涙を、玲央さんが指先でそっと拭ってくれた。
その仕草に、また涙があふれそうになる。
「そんなに、俺に会いたい?」
少し茶化すように笑った声。でもその目は、まっすぐだった。
私は、こくんとうなずいた。言葉にするのが恥ずかしくて。
「毎日来るよ。ひよりさんに会いに。」
「うん……」
それがただの同情でも、優しさでもいい。
彼が私の名前を呼んでくれる、それだけで心が温かくなる。
「だからもう、泣かないで。」
「……はい」
その言葉が、心の奥まで染み込んでいく。
玲央さんは、私の腕をそっと握った。包み込むように、でも力強く。
「どんなに遅くなっても、来るから。」
私は、こくこくと何度もうなずいた。
涙が止まらなくて、でも今度は――嬉しくて流れる涙だった。
彼の存在が、こんなにも安心をくれるなんて。
大人の人なのに、こんなにもまっすぐに優しいなんて。
……もう少し、好きになってもいいですか?
数日後、主治医の先生が病室に入ってきた。
「頭痛もおさまりましたし、後遺症の兆候も見られません。退院して、ご自宅で安静に過ごされるのがいいでしょう」
ああ、そうか。もうすぐ――退院。
ふいに胸の奥がきゅっとした。
……玲央さんには、また会えるのかな。
「いつ頃になりそうですか?」と、少し躊躇ってから尋ねる。
「そうですね。週明けあたりはいかがでしょう?」
「そうですね」と、私は笑った。
笑ったつもりなのに、なぜか心の奥に小さなしこりが残る。
すると、近くで聞いていた看護師さんがふふっと笑った。
「よかったですね。あの彼氏さん、ずっと毎日通ってくれてましたもんね」
「か、かれ……し……?」
「え?違うんですか?」
看護師さんは、まるで当然のような顔をしている。
違うと言えば、がっかりされたような気がして、私は笑ってごまかした。
「いえ、あの……本当に、よくしてくださって。」
頬がぽっと熱くなる。
彼氏でもなんでもない。でも――たしかに、毎日来てくれた。
あの人の声、香り、仕草。それがどんどん私の中に染み込んでいた。
……もう少し、このままでもよかったのに。
退院が嬉しいはずなのに、なんだか寂しい。
その日の夜も、玲央さんは病室に現れた。
いつものように、やさしい笑顔とともに。
私は勇気を出して伝えた。
「週明けに、退院できるそうです。」
玲央さんはほんの一瞬だけ目を見開いたが、すぐに穏やかな微笑みに戻った。
「じゃあ、あと二日か。……のんびりしてればいいよ」
「はい……」
嬉しいはずなのに。
退院できることは、いいことなのに。
なのに、なぜか胸が苦しかった。
あと二日しか、ここでは会えない――そう思うと、言葉が詰まった。
「今まで、ありがとうございました」
私は、思いを抑えて礼を言った。
すると玲央さんは、わずかに眉をひそめた。
「いいや。お礼を言うのは、俺の方だよ」
そう言って、そっと膝の上から小さなブーケを取り出した。
まるで宝物のように抱えていたそれを、私に差し出す。
「今日の花も、君に似合う色を選んだ」
私の胸の奥に、あたたかいものがじわっと広がっていった。
こんなふうに優しさをくれる人に、私はもう……惹かれずにいられなかった。
でも今、こんなにも近くにいてくれる。
私はそっと、彼の胸に手を添えた。
何も言わなくても、その腕の強さだけで、すべてが伝わる気がした。
「俺は、ここにいるよ。」
優しい声が、私の耳元に落ちる。
「……はい」
ぽろぽろと零れた涙を、玲央さんが指先でそっと拭ってくれた。
その仕草に、また涙があふれそうになる。
「そんなに、俺に会いたい?」
少し茶化すように笑った声。でもその目は、まっすぐだった。
私は、こくんとうなずいた。言葉にするのが恥ずかしくて。
「毎日来るよ。ひよりさんに会いに。」
「うん……」
それがただの同情でも、優しさでもいい。
彼が私の名前を呼んでくれる、それだけで心が温かくなる。
「だからもう、泣かないで。」
「……はい」
その言葉が、心の奥まで染み込んでいく。
玲央さんは、私の腕をそっと握った。包み込むように、でも力強く。
「どんなに遅くなっても、来るから。」
私は、こくこくと何度もうなずいた。
涙が止まらなくて、でも今度は――嬉しくて流れる涙だった。
彼の存在が、こんなにも安心をくれるなんて。
大人の人なのに、こんなにもまっすぐに優しいなんて。
……もう少し、好きになってもいいですか?
数日後、主治医の先生が病室に入ってきた。
「頭痛もおさまりましたし、後遺症の兆候も見られません。退院して、ご自宅で安静に過ごされるのがいいでしょう」
ああ、そうか。もうすぐ――退院。
ふいに胸の奥がきゅっとした。
……玲央さんには、また会えるのかな。
「いつ頃になりそうですか?」と、少し躊躇ってから尋ねる。
「そうですね。週明けあたりはいかがでしょう?」
「そうですね」と、私は笑った。
笑ったつもりなのに、なぜか心の奥に小さなしこりが残る。
すると、近くで聞いていた看護師さんがふふっと笑った。
「よかったですね。あの彼氏さん、ずっと毎日通ってくれてましたもんね」
「か、かれ……し……?」
「え?違うんですか?」
看護師さんは、まるで当然のような顔をしている。
違うと言えば、がっかりされたような気がして、私は笑ってごまかした。
「いえ、あの……本当に、よくしてくださって。」
頬がぽっと熱くなる。
彼氏でもなんでもない。でも――たしかに、毎日来てくれた。
あの人の声、香り、仕草。それがどんどん私の中に染み込んでいた。
……もう少し、このままでもよかったのに。
退院が嬉しいはずなのに、なんだか寂しい。
その日の夜も、玲央さんは病室に現れた。
いつものように、やさしい笑顔とともに。
私は勇気を出して伝えた。
「週明けに、退院できるそうです。」
玲央さんはほんの一瞬だけ目を見開いたが、すぐに穏やかな微笑みに戻った。
「じゃあ、あと二日か。……のんびりしてればいいよ」
「はい……」
嬉しいはずなのに。
退院できることは、いいことなのに。
なのに、なぜか胸が苦しかった。
あと二日しか、ここでは会えない――そう思うと、言葉が詰まった。
「今まで、ありがとうございました」
私は、思いを抑えて礼を言った。
すると玲央さんは、わずかに眉をひそめた。
「いいや。お礼を言うのは、俺の方だよ」
そう言って、そっと膝の上から小さなブーケを取り出した。
まるで宝物のように抱えていたそれを、私に差し出す。
「今日の花も、君に似合う色を選んだ」
私の胸の奥に、あたたかいものがじわっと広がっていった。
こんなふうに優しさをくれる人に、私はもう……惹かれずにいられなかった。
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