31 / 99
第4章 追いかけた先に、あなたがいた
①
しおりを挟む
「え……?」
次の瞬間、さくらは私の返事も待たず、オフィスビルに向かって駆け出していた。
「さくらっ⁉」
驚いてその背中を見送る。
高層ビルの入口に、セキュリティのゲートが見える。
その向こうで、スーツ姿の人々が忙しなく行き交っている。
さくらはその中に混じるように、小柄な体で正面玄関へと走っていく。
「ちょ、待ってよ……!」
私は慌ててスカートの裾を押さえながら、後を追った。
でも胸の奥では、何かが高鳴っていた。
「副社長ですね。アポは取られていますか?」
受付の女性は丁寧な口調ながらも、淡々とした表情だった。
「アポ……」
私は思わず、さくらの方を見た。
彼女も同じように私を見て、苦笑いする。
「失礼ですが、どのようなご用件でしょうか?」
受付の女性の声が、少しだけ柔らかくなる。
けれどその一言で、私は言葉を失ってしまった。
……なんて言えばいいの?
「以前、お世話になったことがあって……」
そう言おうとしたけれど、声にならなかった。
たった一杯のオレンジジュース。
たった一度のプレゼント。
たった一度の抱擁――
それだけで「また会いたい」なんて、我儘すぎる気がして。
言えない。言えないよ……。
沈黙が重くなる。
受付の女性が、申し訳なさそうに言った。
「ご予定が立て込んでおりますので、本日は難しいかと……」
「あのっ!」
さくらが、私の代わりに声を上げた。
「どうか、一言だけでも伝えていただけませんか? “大学生のひよりが来た”って。」
受付の女性は少し驚いた顔をして、それから視線を私に戻す。
私は、思い切って頭を下げた。
「ご迷惑なのは承知しています。でも……」
ほんの少しだけでもいい。
私の気持ちが、玲央さんに届いてほしい――
「……お願いします。」
すると、受付の人が内線に手を伸ばし、静かに話し出した。
「はい、ひより様という方です。……はい、確認いたします。」
沈黙の数十秒。受話器の向こうの声に、受付の人は軽く息を呑み、そして小さくため息をついた。
「……申し訳ありません。秘書の方が言うには、お時間は取れないとのことです。」
その瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちた。
でも、ここまで来たのに。何も伝えられないまま帰るなんて。
私は一歩前に出て、食い下がるように言った。
「それは、玲央さん本人に確認したことですか?」
受付の人は少し戸惑いながらも、視線を逸らさず答えた。
「それが……副社長は、先ほど外出されてしまいまして。秘書の方の判断とのことです。」
「外出……」
ああ、もうこのビルの中にはいないんだ。
せっかく目が合った気がしたのに。あれは……幻だったの?
次の瞬間、さくらは私の返事も待たず、オフィスビルに向かって駆け出していた。
「さくらっ⁉」
驚いてその背中を見送る。
高層ビルの入口に、セキュリティのゲートが見える。
その向こうで、スーツ姿の人々が忙しなく行き交っている。
さくらはその中に混じるように、小柄な体で正面玄関へと走っていく。
「ちょ、待ってよ……!」
私は慌ててスカートの裾を押さえながら、後を追った。
でも胸の奥では、何かが高鳴っていた。
「副社長ですね。アポは取られていますか?」
受付の女性は丁寧な口調ながらも、淡々とした表情だった。
「アポ……」
私は思わず、さくらの方を見た。
彼女も同じように私を見て、苦笑いする。
「失礼ですが、どのようなご用件でしょうか?」
受付の女性の声が、少しだけ柔らかくなる。
けれどその一言で、私は言葉を失ってしまった。
……なんて言えばいいの?
「以前、お世話になったことがあって……」
そう言おうとしたけれど、声にならなかった。
たった一杯のオレンジジュース。
たった一度のプレゼント。
たった一度の抱擁――
それだけで「また会いたい」なんて、我儘すぎる気がして。
言えない。言えないよ……。
沈黙が重くなる。
受付の女性が、申し訳なさそうに言った。
「ご予定が立て込んでおりますので、本日は難しいかと……」
「あのっ!」
さくらが、私の代わりに声を上げた。
「どうか、一言だけでも伝えていただけませんか? “大学生のひよりが来た”って。」
受付の女性は少し驚いた顔をして、それから視線を私に戻す。
私は、思い切って頭を下げた。
「ご迷惑なのは承知しています。でも……」
ほんの少しだけでもいい。
私の気持ちが、玲央さんに届いてほしい――
「……お願いします。」
すると、受付の人が内線に手を伸ばし、静かに話し出した。
「はい、ひより様という方です。……はい、確認いたします。」
沈黙の数十秒。受話器の向こうの声に、受付の人は軽く息を呑み、そして小さくため息をついた。
「……申し訳ありません。秘書の方が言うには、お時間は取れないとのことです。」
その瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちた。
でも、ここまで来たのに。何も伝えられないまま帰るなんて。
私は一歩前に出て、食い下がるように言った。
「それは、玲央さん本人に確認したことですか?」
受付の人は少し戸惑いながらも、視線を逸らさず答えた。
「それが……副社長は、先ほど外出されてしまいまして。秘書の方の判断とのことです。」
「外出……」
ああ、もうこのビルの中にはいないんだ。
せっかく目が合った気がしたのに。あれは……幻だったの?
11
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。
花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞
皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。
ありがとうございます。
今好きな人がいます。
相手は殿上人の千秋柾哉先生。
仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。
それなのに千秋先生からまさかの告白…?!
「俺と付き合ってくれませんか」
どうしよう。うそ。え?本当に?
「結構はじめから可愛いなあって思ってた」
「なんとか自分のものにできないかなって」
「果穂。名前で呼んで」
「今日から俺のもの、ね?」
福原果穂26歳:OL:人事労務部
×
千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)
クールなイケメン御曹司が私だけに優しい理由~隣人は「溺愛」という「愛」を教えてくれる~
けいこ
恋愛
マンションの隣の部屋に引越してきたのは、
超絶イケメンのとても優しい男性だった。
誰かを「愛」することを諦めていた詩穂は、
そんな彼に密かに恋心を芽生えさせる。
驚くことに、その彼は大型テーマパークなどを経営する
「桐生グループ」の御曹司で、
なんと詩穂のオフィスに課長として現れた。
でも、隣人としての彼とは全く違って、
会社ではまるで別人のようにクールで近寄り難い。
いったいどっちが本当の彼なの?
そして、会社以外で私にとても優しくするのはなぜ?
「桐生グループ」御曹司
桐生 拓弥(きりゅう たくみ) 30歳
×
テーマパーク企画部門
姫川 詩穂(ひめかわ しほ) 25歳
エリート御曹司に甘く介抱され、独占欲全開で迫られています
小達出みかん
恋愛
旧題:残業シンデレラに、王子様の溺愛を
「自分は世界一、醜い女なんだーー」過去の辛い失恋から、男性にトラウマがあるさやかは、恋愛を遠ざけ、仕事に精を出して生きていた。一生誰とも付き合わないし、結婚しない。そう決めて、社内でも一番の地味女として「論外」扱いされていたはずなのに、なぜか営業部の王子様•小鳥遊が、やたらとちょっかいをかけてくる。相手にしたくないさやかだったが、ある日エレベーターで過呼吸を起こしてしまったところを助けられてしまいーー。
「お礼に、俺とキスフレンドになってくれない?」
さやかの鉄壁の防御を溶かしていく小鳥遊。けれど彼には、元婚約者がいてーー?
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る
ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。
義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。
そこではじめてを経験する。
まゆは三十六年間、男性経験がなかった。
実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。
深海まゆ、一夜を共にした女性だった。
それからまゆの身が危険にさらされる。
「まゆ、お前は俺が守る」
偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。
祐志はまゆを守り切れるのか。
そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。
借金の取り立てをする工藤組若頭。
「俺の女になれ」
工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。
そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。
そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。
果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる