宮花物語

日下奈緒

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第8話 本当の自分

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「それに、私の気持ちも尋ねられました。黄杏様に言われたので、仕方なく妃になるのかと。」

「まあ。それで?」

「……私の一存であると申しました。」

しばらく、辺りが静まり返る。


一介の女人のくせに。

妃の前で、よくそんな事が言えるとでも、言いたいのか。

黒音は、わざと下を向いたままだった。


「そう。それならいいわ。」

「えっ?」

驚いて顔を上げた黒音。

「私はね、黒音。ここに嫁いで来た時は、正直他の女に信寧王を奪われる事に、胸が引き裂かれそうな思いだった。」

「はい。それほど黄杏様は、信寧王様をお慕い申しあげておいででした。」

「でもね。もう子ができないのではないかと思った時、王の為にも他のお妃との間に、子を設けてほしいと思うのよ。」

「黄杏様……」

黒音の前には、一途に信寧王を思う、黄杏の姿があった。

「あなたは、信寧王の事を慕っているわ。どうせ奪われるのなら、そう言う人がいいの。」

髪を結い終えた黄杏は、立ち上がると黒音の前に座り、手を握りしめた。

だが黒音は、ここではいとは言えなかった。

黄杏の中にまだ、信寧王への愛が、溢れだしていたからだ。

これが少しでも萎まない限り、自分の安定した妃の地位は、訪れないかもしれない。


「信寧王様と黄杏様は、相思相愛の仲なのですね。」

「そうかしら……」

黄杏は、悲しい顔を見せた。

「信寧王様は、私にはっきりと仰せになりました。新しい妃を、迎える気はないと。」

「……王が?」

黄杏の顔が、みるみる明るくなっていく。

「はい。おそらく信寧王様の胸の内には、黄杏様がおありなのだと思います。」

動揺する黄杏に、黒音は作戦が動き出した事を感じた。


「王はまだ……私の事を想って下さっている?」

「はい。」

黒音が返事をすると、黄杏は立ち上がった。

「今……王は、どこにいらっしゃるのかしら。」

黒音は、待っていたかのように答えた。

「どこかは分かりませんが、真っ直ぐ、お進みになっていらっしゃいました。」

黒音がそう答えると、黄杏は彼女の手を離し、屋敷を出て行った。

屋敷には、クスッと笑う黒音が残っていた。


屋敷を出て行った黄杏は、黒音が言った真っ直ぐに向かった場所を目指す。

と言っても、真っ直ぐ進む場所は、この広い庭の中にあって、一つしかない。

そう、白蓮の屋敷だ。


妃達は特別に、いつでも白蓮の屋敷の中に、入る事ができた。

黄杏も、何の疑いもなく、白蓮の屋敷の中に入った。


いくつかの部屋の中を見て廻って、黄杏は一つの部屋の前に辿り着いた。

「信志様……」

少し戸を開けた先に、白蓮の姿があった。

「白蓮様?」

もう少しだけ開けると、白蓮の膝の上に横たわる、信志の姿があった。


「なあ、白蓮。どうして妃達は、子を産む事しか、頭にないのだろう。」

白蓮は、信志の体を撫でると、こう答えた。

「……それが、妃に与えられた役目なのです。解って下さい。」

「ああ、解っている。」

すると信志は、白蓮の方を向いた。

「では私は、ただ子を作るだけの、道具なのか。」

「いいえ。そんな事は、ございません。」

白蓮は、信志に顔を近づけた。

「青蘭も紅梅も、黄杏も。皆、王の輝かしい人生の為に、お子を作らねばと奮闘しているのです。」

「私の為に?」

「はい。決して、自分の欲の為ではありません、この国の為に、皆、働いているのです。」

信志は、尚も白蓮に近づく。

「では、私が子を望まぬと申したら?」

「王?」

「正直、疲れた。子を作る為に皆、動いている。そして、子ができぬ我に、皆呆れているのだ。」

「そんな事は、ございませぬ!」

白蓮は思い余って、信志を抱き寄せた。

それは母とも、姉ともとれた。

「白蓮……そなただけは、子ができなくても、離れては行かぬな。」

「何を申されているのですか。本来ならば、子を生まなければならないのは、私でございます。私がこのように、歯がゆいばかりに、王にこのように悩ませているのです。」

「白蓮。そなたのせいではない。」

信志は、抱き寄せている白蓮を、その場に押し倒した。

「王!このような場所で……」

見れば、信志が押し倒したのは、椅子の前の床だ。

部屋の端には、白蓮付きの女人が、何人か立っている。

「拒まないでくれ、白蓮。お願いだ。」

信志は、白蓮に必死でお願いしている。


一国の王が、正妻に夫婦の営みを懇願している。

黄杏は、胸が張り裂けそうだった。

自分ならば、願い出る事など、必要ないのに。


「王……」

白蓮は王の気持ちを汲み取ってか、服を脱がされる事に、抵抗しない。

それを見て周りの女人は、顔を赤らめながら、部屋を出て行く。

黄杏は女人に気づかれないように、戸の影に隠れた。

「白蓮……」

「あぁ……」

影に隠れていても、白蓮の甘い声が分かる。

「この白い肌……いつまでも、顔を埋めたくなるよ……」

「お好きな程……愛でてください……」

黄杏が張り付くように、部屋の中を覗くと、半分裸になっている白蓮の体に、信志が絡み付いている。

まるで、夫婦と言うより、母に甘えている子供のようだ。


黄杏は、白蓮の屋敷を出た。

黒音から、信志の心の中には、自分がいると知らされた。

嬉しかった。

他の女なんて、いらない。

お前だけだと、言われている気がした。

だから来たのに。

自分に気づいてくれて、抱き締めてくれると思っていたのに。


見せられたのは、本当の信志の姿。

人間誰しれも、強い部分を見せるのは、当たり前の事。

弱い部分を見せられる相手がいる。

それが、自分ではない女性だと知った時。

愛していれば、愛している程、虚無感は増すのだ。

黄杏は、信志に会わないまま、屋敷へと戻ってきた。

「お帰りなさいませ。」

出迎えたのは、黒音だった。

彼女はいつも通り、水を差し出す。

「如何でしたか?」

黒音に尋ねられても、黄杏は言葉も出なかった。


自分は一体、何を信じたのだろう。

たった一つの愛?

愛って、

愛って……

何なのだろう。

黄杏の目から、スーっと涙が溢れた。


「黄杏様?」

「ごめんなさい、黒音。」

黄杏は、涙を拭いた。

「あなたはもし、愛する人に愛する相手がいたら、どうする?」

黒音は、うつ向いて考えている。

「……とても切なく思います。」

「そうよね。」

黄杏は、黒音の手の上に、自分の手を重ねた。

「ですが、愛する人に愛されていないと知った時に、本当の愛が試されるとも、申します。」

「えっ……」

黄杏の中でも、何かが波紋を広げた。

「恐れながら黄杏様は、自分が愛した分だけ、信寧王様からも、愛してほしいのでは?」

黄杏は、動揺した。

胸の中が、モヤモヤする。

「相手に求めるだけでは、本当の愛とは、言えないのではないでしょうか。」

黒音の真っ直ぐな意見に、黄杏は体ごと反らした。

「……黒音は、大人なのね。」

「いいえ、口だけでございます。本当は、黄杏様が羨ましいのです。お慕いしている信寧王様と、相思相愛の仲なのですから。」

黄杏と黒音は、主従の仲だと言うのに、既に同じ妃同士のような、感覚でいた。


「黒音。あなたの事は、もう一度頼んでみますから。」

「でも、信寧王様が……」

黄杏は、また黒音の手を握った。

「白蓮様にも、後ろ楯になって頂くように、お願いしてみます。」

「黄杏様……」

黄杏は小さく頷くと、寝所へと消えて行った。


自分以外の女を、新しい妃に推薦するなど、お人好しのにも程がある。

後に残った黒音は、一人微笑んだ。

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